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なでしこジャパン、なぜ下馬評を覆せたか?長谷川唯の「精強」と長野風花の天才的「丁寧」

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ロイター/アフロ)

なでしこが下馬評を覆す躍進

 女子W杯、なでしこジャパンが躍進している。

 グループリーグの最終節で格上スペインを撃破し、3連勝の1位でベスト16に進出。かつての女王ノルウェーも一蹴し、ベスト8に勝ち進んだ。

 大会開幕前の下馬評は高くなかった。2011年の世界一のチームの主力選手たちと比較され、「タレントがいない」や「キャラがない」といういわれなき評価を受けていた。世界一になったからこそ、タレント性もキャラクターもついてきたのである。これから戦う選手たちに浴びせる言葉ではなかった。

 もっとも、それだけ女子サッカー全体の興味、関心が低くなっていたことも問題だった。国内リーグはプロリーグ化して名称変更も定着せず、1試合ごとの集客数も1500人程度。ライトファンを取り込もうとして、うまくいっていなかった。代表もも低迷を続け、W杯直前まで「試合放送がないのでは!?」と心配されたほどだ(問題の核心はジェンダー差別を盾にしたFIFAの拝金主義にあるのだが)。

 しかし、多くの選手が海外に活躍の場を求め、サッカーの中身は確実に成長していた。長谷川唯(マンチェスター・シティ)、清水梨紗(ウェストハム)、長野風花(リバプール)、遠藤純(エンジェルシティ)、熊谷紗希、南萌華(ローマ)など主力の半数以上が、イングランド、イタリア、アメリカなどでプレー。異国で研鑽を積むことで、日本人の良さを出す術を身につけていた。

 海外経験の賜物か、選手が大舞台の試合にも適応できた。スペイン、ノルウェー戦はまったく違う戦術を運用。スペイン戦はプレッシング&リトリートで相手を焦らせ、トランジションに活路を見出していた。一方、ノルウェー戦は守りを固め、ロングボールで挑んできた相手に対し、しっかりボールをつなげただけでなく、サイドチェンジや裏へのボールなど目先も変え、見事に攻略した。

海を渡って成長を遂げた選手たち

 選手一人一人の技術、戦術が目を引く。異なる文化、リズムで戦うことで、適応力を身に付けたのだろう。高さ、強さに対しても、冷静に逆をとった。

 例えばノルウェー戦、屈強な体格の選手が潰しにきたが、長谷川はほとんどボールを失っていない。相手に触らせないコントロールと、重心の使い方で凌駕。的確にパスをつなげると、果敢に前進した。前半半ばには敵陣でのスローインを奪い、長めのスルーパスを出し、通らなかったが、連続性というか、トランジションも欧州で修羅場を戦う証だろう。高い強度の中で技術を出せた。前のスペースに力強く入ってゴールに迫るなど精強な選手で、その勇姿は欧州王者マンCのMFと重なる。

 ボランチで長谷川とコンビを組んだ長野は、エレガントな選手である。攻守にポジション取りがよく、パスも回転への気遣いまであり、味方にアドバンテージを与え、周りを生かせる。その丁寧さは、Jリーグのボランチも見習うべきだろう。一方で、時折見せるスルーパスには神気が漂う。ACミラン、ユベントスで君臨したイタリア人プレーメーカー、アンドレア・ピルロと比較するのは大袈裟か。

 また、ウィングハーフ、ウィングバックとも言えるポジションに入った左利き、遠藤のキックの質は特筆に値した。スペイン戦の先制点、左で受けると、相手の高いラインの裏にパス。コース、タイミングと抜群だった。ノルウェー戦も、決勝点につながったバックラインを横切るパスは戦術的に際立っていた(フリーになった宮澤は長谷川にパスをつけ、その落としは相手にあたるも、こぼれを清水が蹴り込んだ)。

再び女王になれるか

 こうした大会を勝ち抜くには、ラッキーボーイ、ラッキーガールのような存在が鍵を握る。

 なでしこのシンデレラは、5得点の宮澤ひなた(マイナビ仙台レディース)だろう。単純なスピードもさることながら、動き出しを含めたボールの呼び込み方が上手い。体の使い方に優れ、走り負けず、前を向いて最短距離でパスを受けられる。競り合いでコントロールが乱れず、シュート場面でも腰が強く、パワーを持って打ち込める。ノルウェー戦の先制点のように、ゴールに向かって蹴ったボールが相手のクリアでネットを揺らすなど神がかっている。

 なでしこは確実に、大会でセンセーションを巻き起こしつつあるが、再び女王になれるのか。

 8月11日、準々決勝。FIFAランキング11位のなでしこは、同1位のアメリカを下した同3位のスウェーデンと戦う。2021年東京五輪の準々決勝でも1−3と完敗した相手だが(決勝でカナダにPK戦の末に敗れて準優勝)、選手たちが本来の力を出し切ったら、十分に勝つ見込みはある。体格を生かしたプレーに劣勢に立つ可能性もあるが、引き摺り込まれないの懐の深さを見せられるか。

 スウェーデンを撃破することができたら…2011年に世界女王になった時の熱狂が戻ってくる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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