「再現実験」は国民の期待を鎮める儀式
2014年8月27日、理化学研究所(理研)は、丹羽仁史博士らが進めているSTAP現象の「再現実験」(理研は検証実験と言っている)の結果の中間報告を行った。
科学者の多くはこのことを予想していた。3月に丹羽博士らが発表した実験手技(7月3日に取り下げ)が、STAP細胞なるものに「TCR再構成」がみられないことを報告した時点で、科学者の多くはSTAP細胞はない、と思った。この時点で、STAP細胞(あるいはSTAP現象)は、世の中にあまたある仮説の一つになったのだ。
STAP細胞なるものがES細胞等をすり替えたものではないかという疑義があるわけで、それを調査しないでなんで「再現実験」をするのか。それはもはや「再現」ではなく新たな実験なのではないか。日本分子生物学会や日本学術会議が声明を出すなど、科学界はこの「再現実験」に否定的だ。
8月27日に理研が公表した「研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン」では、理研は不正の検証とともに、再現実験を続けるとしている。
今回の実験は、もはや科学ではなく、高まった国民の期待を鎮めるための儀式にすぎないことを、理研自身が明言しているのだ。
理研は、STAP細胞の論文を、再生医療に使えると宣伝し、病に苦しむ患者さんや国民に希望を与えた。とくに患者さんは、心からSTAP細胞に期待されたのだ。
虚偽の論文で患者さんの期待を高め、なかったです、とその期待を地の底に叩き落とす…それはあまりにむごい。希望を絶望に変えることだ。だから理研は、時間をかけてその期待を「ソフトランディング」させ、患者さんや国民に徐々にSTAP細胞がないことを理解してもらおうとしているのだ。
だから、この儀式が無意味だとは言わない。記者会見では、1500万円の予算のうち、すでに800万円ほど使用されたというが、これは必要な経費なのかもしれない。
けれど、この経費を出さざるを得なかったこと、そして丹羽博士という世界有数の研究者がこの実験に関わらざるを得ないという状況をつくった責任は誰が取るのか。丹羽博士がより重要な実験に取り組み、優れた成果をあげたかも知れない機会を奪っているのだ。
これから丹羽博士らは、肝臓や心臓の細胞を用いた実験、マウスの種類を変えた実験を行うという。
これらは当初の論文には書かれていないことも含まれ、もはやこれは「再現」ではなく、新しい実験だ。
ないことを証明するのは難しい。どこかで区切らないといけない。組織はたくさんあるし、マウスの種類も複数ある。マウスではない動物ではどうか、など言い出したらきりがない。今回の中間報告までの実験で、ある程度の区切りはできたのではないか。もう儀式は十分なのではないかと思ってしまう。
「研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン」は、もし実行されれば素晴らしいと思う。けれど、モヤモヤした気分が晴れないのは、誰も今回の問題の「けじめ」をつけていないからだ。
いったいいつ誰がどのような形でけじめをつけるのか。誰もけじめをつけなければ、どんな立派なプランを出しても、組織が変わったとは思えない。