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政策形成をDX化する…リキタスCEO栗本拓幸さんの挑戦(上)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
DXが社会を大きく変えようとしている。(提供:イメージマート)

 今社会は大きく変わろうとしてきている。特にこの5~10年の変化は大きい。それは、テクノロジーにおける大きな革新が起き、安価でかつ容易に活用にできるようになり、私たちが知らない間にも、生活に浸透してきているからだ。ICT(注1)、IoT(注2)、AI(注3)やスーパーコンピュータ(注4)などの急速な発展で、これまで活用できなかったビッグデータを活用し、新しいビジネスやサービスおよび活動などができるようになってきたのです。

 このようにして、社会におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション、注5)化が起きてきているのです。

 DX化は、これまではどちらかというと企業の組織やビジネス活動などが中心であったが、最近は政府組織などでも進められてようになってきた。されに、DXを政策形成に活かす試みも始まっている。そこで、本記事では、学生起業家として、テクノロジーで民主主義を身近にするために、「株式会社Liquitous(リキタス)」を設立し、最高経営責任者(CEO)として活躍されている栗本拓幸さんにお話を伺った。

政策形成をDX化するリキタスの活動について

鈴木(以下、S):栗本さんは、テクノロジーを活用することで、住民がより容易に政策形成にかかわったりできるようにして、民主主義とより身近にしたいと考えて、「株式会社Liquitous(リキタス)」を中心に活動されています。栗本さんの最近の活動について教えてください。

栗本拓幸さん(以下、栗本さん):Liquitousは、「一人ひとりの影響力を発揮できる社会をつくる」ことをビジョンに、オープンかつ対話に基づく政策形成を実現する「市民参加型合意形成プラットフォーム」である「Liqlid(リクリッド)」の開発・社会実装に取り組んでいます。

「Liqlid」のイメージ図 写真:「株式会社Liquitous(リキタス)」提供。以下同様。
「Liqlid」のイメージ図 写真:「株式会社Liquitous(リキタス)」提供。以下同様。

 このプラットフォームは、市民参加型のアイデア発散や、具体的なプロジェクトについて、市民と行政が対話を積み重ねながら、施策のたたき台となる文書を共創してブラッシュアップしていくことができます。また、意向調査(注6)を目的に委任投票(注7)・クアドラティック投票(注8)なども含めた投票機能や、結果をデータ出力することもできます。

 このプラットフォームを社会実装することで、自治体が、透明性原則(transparency)・説明責任(accountability)を意識しながら、市民の皆さんからの共感、そして創発を促し、より良いまちをつくるための「知識創造」を後押ししていけるようにしています。

 私たちLiquitousは、このプラットフォームを開発・提供するだけではなく、そのプラットフォームが実際に利活用されるようにするために、例えば住民や職員の皆さんを対象としたワークショップの実施、ファシリテーションから、大学等の外部機関と連携した効果分析・インパクト評価まで、一気通貫で導入・運用支援も行っています。加えて、パブリックアフェアーズや海外事例の調査研究にも取り組んでいます。

 私たちはすでに20弱の国内の基礎自治体(市町村)とご一緒しています。具体的には、埼玉県横瀬町・高知県土佐町をはじめ、特に大阪府河内長野市・千葉県木更津市・高知県日高村と連携協定を締結しながら、例えば「未来ビジョン」や総合計画、スマートシティ計画、都市計画などの計画策定や、公有地利活用検討、公共施設マネジメントにおけるアイデア募集・対話、自治体が開発する健康アプリのニーズ調査・対話などに活用いただいています。

DX化をする栗本さんの背景やモチベーションなどについて

S:ありがとうございます。栗本さんは、そもそもなぜテクノロジーを活用して民主主義を身近にすることに関心をもたれたのですか。しかも、栗本さんは、現在学生(休学中)で起業されています。栗本さんのこれまでの経歴や経験などとも絡めながら、なぜ現在のような活動をされているのかお聞かせください。

栗本さん:私の母方、父方の祖父母ともに、先の大戦を経験している世代です。

 母方の祖父は昭和2年生まれの予科連(甲飛)16期で、昭和20年8月に、いわゆる蛸壺作戦(注9)の要員として、出撃命令を受けるはずでした。また、父方の祖父は、昭和6年生まれで、軍歴はありませんが、北海道・計根別飛行場建設に学徒勤労動員で駆り出されるなどしていたと聞いています。祖母も、東京大空襲を直接経験しています。

 私は、このような話を聞く環境で成長してきたなかで、無自覚のうちに、私の身近な親族などと同世代の多くの方々が命を賭して守ろうとしてきた、この国や社会を、どのようにより良くして次の世代にバトンパスしていくか、という問題意識が芽生えてきていたのだと思います。それが、私のバックボーンになってきていると思います。

 そして、今から約8年前、横浜にある中高一貫校に在籍していた当時に、生徒会活動に携わっていたことが、私にとってのもう1つの原点です。

 私は当時、学校の中では、学校の指定カバンの改良を実現したり、生徒会会則改正を実現したりしていました。そして、学校の外では、全国にある高校の生徒会役員有志による「全国高校生徒会大会」を開催し、各学校の中の課題についてディスカッションしたり、より普遍的な課題については文部科学省や校長協会などに提言したりしていました。

 また、ちょうど高校1年生の時に、18歳選挙権が実現しました(注10)。その直後から、シティズンシップ教育や、若者の社会参画への興味関心から、NPOや一般社団で活動を始めました。

 18歳になってからは、さまざまな国会議員や地方議会議員の皆さんの政治や政策に関する「お手伝い」に取り組んでいました。2018年の各種選挙、2019年統一地方選や、同年参院選など、さまざまな選挙に関わりました。例えば、国政では超党派議員連盟にリサーチャーとして参画したり、地方議会議員の皆さんと一緒に、代表質問/一般質問をはじめとする議員活動をサポートしたりしていました。同時期には、高校での出前授業で、キャリア教育に関する授業をしたり、民間企業の皆さんを対象とした「創発の場」でファシリテーターをしていたりもしましたね。

 そうした経験の中で、民主主義や公共の意味・意義を肌で感じていました。他方で、さまざまな方からが「市民の皆さんの声は大事だ」「声なき声を大事にしなければならない」という意見や主張を伺いながらも、そのような声を聞くための活動などには多くの時間や費用もかかり、実際にはそのような手間やコストをかけられていない現状を目の当たりにしてきました。

 Society5.0(注11)が到来する、と言われている中において、「市民の皆さんと、行政・政治の間のコミュニケーションを分厚くできる、新しい回路をつくろう」という思いで、起業を決めたのです。

現在の政治や政策の状況について

S:ありがとうございます。私も、日本の政治や政策にかかわってきていますが、その変化やダイナミズムがないというか、海外と比べても、遅れていると感じます。栗本さんは、若い世代として、そのような日本の政治や政策の状況をどのように見ていらっしゃいますか。

栗本さん:社会が成熟していて、変化を予感させる出来事が必ずしも多くないと感じます。結果として、この社会を構成する私たち一人ひとりが、この社会に対して、自分は全く無力であると感じやすい傾向にあるのではないでしょうか。

 デジタル化やDXの必要性がいわれても、実際にはそれがなかなか進まないことも同じ構造があるのではないかと感じています。今の制度や仕組みが大きな支障もなく、それなりにうまく回っているのだから、デジタルという新しい仕組みに移行する必要性は感じられない、ということです。

千葉県木更津市との提携協定締結式の様子。左が渡辺芳邦市長、右が栗本さん。
千葉県木更津市との提携協定締結式の様子。左が渡辺芳邦市長、右が栗本さん。

 ただ、私自身は実感を持って、現在も進行中のコロナ禍は、私たちや私たちの社会から「変化をしないままで良いという理由」を取り除いたと考えています。

 今取り組んでいるプロジェクトを、コロナ禍以前の、2018年後半などにもいくつかの自治体や、組織に持ちかけていましたが、実は当時は全く反応が悪かった。「30年後なら、可能性があるかもね」といわれたことが今も鮮明に記憶に残っています。

 ところが、コロナ禍以降は、先ほども少しご説明したように、私たちの仕組みなどを活用したいという自治体や組織がでてきていて、その状況に明らかに変化が生まれてきているように思います。

 またさまざまな自治体の首長さんや、職員さんの中には、そのまちをより良くしたいというモチベーションをお持ちの方々は少なからずいらっしゃいます。その意味でも、地域から一歩ずつ始めていくことは、極めて現実的だと確信しています。

 今、取り組みを進めている自治体さんの中には、首長さんに強くご理解をいただき、「このまちから、住民の皆さんも巻き込んだ新しい仕組みをつくっていこう!」と仰っていただいています。

 このようなことから、私自身はなかなか変化しない現状に対して決して悲観していませんし、一歩一歩前に進めていける手応えをかなり感じてきています。

S:興味深いですね。

 …「政策形成をDX化する…リキタスCEO栗本拓幸さんの挑戦(下)」に続く…

(注1)ICT(Information and Communication Technology)は、「『情報通信技術』の略であり、IT(Information Technology)とほぼ同義の意味を持つが、コンピューター関連の技術をIT、コンピューター技術の活用に着目する場合をICTと、区別して用いる場合もある。国際的にICTが定着していることなどから、日本でも近年ICTがITに代わる言葉として広まりつつある。

 ITは、コンピューターやデータ通信に関する『情報技術』を意味し、パソコンやインターネットの操作方法から、それらを構成するハードウエア、ソフトウエアの応用技術までの幅広い範囲の総称である。日本では、2000年11月にIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)が制定され、01年1月に『e-Japan戦略』が策定された頃からITという言葉が広まった。…以下、略…)」(横田一輝  ICTディレクター / 2010年)(出典:「知恵蔵」((株)朝日新聞出版)

(注2)IoT(Internet of Things)とは、「日本語では『モノのインターネット』と言われている考え方。従来のパソコンやスマートフォンなどの通信機器ではなく、世の中に存在する様々なモノにインターネット通信機能を持たせることによって、インターネット経由で情報のやりとりを行い、自動認識や自動制御、遠隔操作などを行っていく。この言葉は、1999年に無線IDタグの専門家であるケビン・アシュトンが初めて使った。例えば、ビルの空調システムの状態を常にセンシングし、その情報をインターネット上にアップして常に状況を把握できるようにし、故障などの際に原因究明や修理の方法を的確に診断できる、といったことにすでに利用されている。(2015-7-13)」(出典:「知恵蔵mini」(朝日新聞出版))

(注3)AI(artificial intelligence)とは、「人間が持っている、認識や推論などの能力をコンピューターでも可能にするための技術の総称。人工知能とも呼ぶ。AIを応用したシステムには、専門家の知識をデータベース化して問題解決に利用するエキスパートシステムなどの例がある。」(出典:デジタル用語辞典(ASCII.jp))

(注4)スーパーコンピュータ(supercomputer)とは、「並列計算処理などを活用し、膨大なデータを超高速演算できる大型コンピュータ。略称スパコン。明確な定義はないが、家庭用のコンピュータ(パソコン)の少なくとも1000倍以上の演算速度があるものをスパコンと一般的によんでいる。

 スパコンは、パソコンと異なり、コンピュータの命令・解読などを行うCPU(中央処理装置)を複数もち、同時(並列的)に複数のタスクを実行する「並列処理機能」をもつ。性能を示す代表的な指標として演算速度があり、1秒間に四則演算を何回できるかで計る。1秒間に1回できることを1FLOPS(フロップス)(Floating-point Operations Per Second)という。

 理化学研究所(理研)と富士通が開発した次世代スパコン「富岳(ふがく)」は、2021年からの本格運用に向け調整(試運転)中だが、2020年(令和2)6月、1秒間に41京(けい)5530兆回(415.53PFLOPS(ペタフロップス))の演算を実行し、計算速度を競う世界ランキング「Top500」(ドイツとアメリカで、それぞれ6月と11月に開催されるスパコンの国際会議で公表)の1位を獲得した。日本勢が1位を獲得するのは、先代のスパコン「京(けい)」の2011年(平成23)11月以来、8年半ぶりとなった。計算速度は、「京」の約40倍、2位のアメリカのスパコン「サミット」の2.8倍を誇る。」[玉村 治 2020年12月11日](出典:日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館))

(注5)DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、「IT(情報技術)を有効かつ継続的に活用することで、企業の業務のあり方から組織・文化・風土までを変革し、それによって企業が新たな価値を創出し、社会や人々の生活を向上させるという考え方、またはそうした取り組みのこと。略称は、DX(しばしばXは、transの略語として用いられる)。スウェーデンのエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱したといわれる。その後、クラウドサービス、ブロックチェーン、ドローン、IoT(モノをつなぐインターネット)、AI(人工知能)、RPA(代行ロボットによる自動処理化)などの新しい技術やサービスが進化・普及し、同時に加速したビッグデータの集積も伴って、10年代半ばから注目を集めるようになった。DXは、デジタル技術の単なる利用推進を意味するものではない。企業に対しては、IT投資、システム刷新、人材確保・育成、組織再編、ビジネスモデルの転換まで、絶え間ない変革を促すものと捉えられている。

 デジタル技術は当初、業務の効率化を主目的とする「補助的な道具」として導入された。しかし、UberやAirbnb(DXの成功事例の代表)の登場が、旧来のタクシー、ホテル業界に大打撃を与え、人々の日常生活まで変えつつあるように、情報・通信サービス分野だけでなく、今やあらゆる産業・分野において、DXをベースにしたデジタル技術は、企業の存続や新しい価値創出に欠かせない「中核エンジン」になっている、とされる。…以下、略…」(大迫秀樹 フリー編集者/2019年) (出典:「知恵蔵」((株)朝日新聞出版))

(注6)意向調査とは、自分あるいは相手(本文脈では市民)がどうしたいのかという思惑について調べることである。

(注7)委任投票とは、ある当事者(有権者)が自分に代わって投票することを別の有権者に委託し、その有権者がこれを承諾することによって、その効力を生ずる投票の行為のことである。

(注8)クアドラティック投票とは、自分の関心に応じて重み付けした票を複数の選択肢に入れることが可能な投票の仕方のこと。

(注9)蛸壺作戦とは、第二次世界大戦末期に実施されたという作戦である。それは、爆雷を渡され、蛸壺で待機させられ、戦車がその蛸壺の上を通過する直前に、安全ピンを抜いて、戦車の土手っ腹にそれを貼り付けるという決死の作戦であった。

(注10)18歳選挙権を実現する改正公職選挙法は、2015年(平成27年)6月19日に公布され、2016年(平成28年)6月19日に施行された。それを受けて、同年6月22日から適用されることとなったのである。

(注11)Society5.0については、次の記載を参考のこと。

「日本政府が策定した『第5期科学技術基本計画』(2016年1月閣議決定)では、Society5.0を次のように定義づけている。

 Society5.0

 =サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。

 つまり、最新技術を活用することで、私たちの暮らしをより快適にしつつ、地域間の格差や気候変動といったあらゆる社会課題の解決を目指すのが、Society 5.0なのである。

 内閣府は、社会のあり方を5つの段階に分けて説明している。1つ目は狩猟社会(Society 1.0)、2つ目は農耕社会(Society 2.0)だ。これに続き、産業革命以降の工業社会(Society 3.0)となり、現在はインターネットの普及などにより4つ目の情報社会(Society 4.0)の段階にあるのだという。

 現在の情報社会(Society 4.0)には、文字通りありとあらゆる情報が存在しており、とても便利だ。しかし、情報が多すぎるために、『必要な情報や正確な情報を見分けるのが難しい』『地域や世代間で、共有される情報の量や質にばらつきがある』など、課題も多く残されている。

 このような現在の社会(=Society 4.0)の課題を、AIやIoT、VR、ブロックチェーンなどの最新技術を活用しながら解決していこうとする『未来の社会のあり方』こそが『Society 5.0』なのだ。」(出典:「SDGs達成に向け日本が目指す「Society5.0」とは?わかりやすく解説」(IDEAS FOR GOOD))  

インタビュー対象者の略歴:

栗本 拓幸(くりもと・ひろゆき) 株式会社Liquitous(リキタス)最高経営責任者(CEO)

栗本拓幸さん 写真:本人提供。
栗本拓幸さん 写真:本人提供。

 1999年生まれ。市民の社会参加/政治参加にかかる一般社団法人やNPO法人の理事、地方議員コンサルタントなどとして活動。現場の声や自らの経験をもとに、デジタル空間上に、市民と行政をつなぐ「新しい回路」の必要性を確信し、2020年2月にLiquitousを設立。現在は、大阪府河内長野市・千葉県木更津市・高知県日高村などと連携協定を締結しながら、日本全国の20弱の自治体と取り組みを進める。慶應義塾大学総合政策学部休学中。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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