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日本10連勝とスクラム文化の醸成

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

これほどスクラムが脚光を浴びたことがあっただろうか。21日、ラグビーの日本代表が強豪イタリアに26-23で競り勝ち、6回目の対戦で初白星を挙げた。これで日本のテストマッチ(国代表同士の試合)10連勝。自信と共に『スクラム文化』が醸成されつつある。

赤く染まった東京・秩父宮ラグビー場が、スクラムの度に大きく揺れた。勝利はもちろんだが、欧州六カ国対抗でも強力といわれるイタリアのスクラムを押したことも大きい。勝因を聞かれると、エディー・ジョーンズヘッドコーチは「スクラム」と即答した。

「スクラム以外では、相手に勝てる要因がなかった。ハンドリングミスも多く、いいプレーは少なかった。でもイタリアが人生をかけて押しているスクラムで勝てたことは良いステップになります」

FWの平均体重がイタリアの111キロに対し、日本は107キロだった。サイズで劣る分、8人の結束とテクニックでカバーした。ジョーンズHCの言葉を借りると、「足のポジション、ボディーポジション、姿勢がすごくよくなってきた。マインドセットも成長した。からだが小さくでも良いスクラムが組めるんだというマインドだ」となる。

この日のスクラムは、日本ボールが11回、イタリアボールは6回の計17回である。スクラムの回数が減っても、そのゲームにおける重要さは変わらない。イタリアは右プロップ(3番)が日本の左プロップ(1番)を絞り込んで内に入るカタチ、つまり相手フッカー(2番)側に圧力をかけて、エリアによって左右に揺さぶっていくスクラムを組んできたが、1番の三上正貴が低い姿勢で我慢し、2番の堀江翔太は三上に堅く寄り、3番の畠山健介がよく前に出た。

日本のスクラムの成長を象徴するスクラムは3度、あった。まず開始直後のファーストスクラム。日本陣左中間の22メートルラインあたりの日本ボールだった。1番の三上は内側に押し込まれたが、3番の畠山は逆にぐいと前に出た。結果、安定した球出しで右に回して、長いタッチキックで陣地を戻した。

「きょうのスクラムはイケる」と、ファーストスクラムの後、畠山は周りに声をかけている。なぜか。畠山の述懐。

「イタリアの重さは感じたけど、こちらもバック5(ロックとバックロー)の重さを十分、感じることができたからです。これは良いスクラムが組める、自分たちでコントロールしてボールを出せると感じました」

2つ目は、前半30分ごろのセンターラインの真ん中あたりのスクラムである。これも日本ボール。がんと組んだあと、相手のフランカーがスクラムから肩を外しているのに、日本は両フランカーもプロップのでん部をしっかりプッシュし、ざっと10メートルをずるずると押し込んだ。

スタンドから「おお~」という感嘆の声が漏れた。イタリアの看板である右プロップのカストロジョバニがいないとはいえ、あの「スクラム命」のイタリアFWを押しているのだ。相手にとっては屈辱だったであろう。最後はスクラムからボールがこぼれて、相手SHに拾われたが、ハードなスクラム練習に耐えてきた日本FWの面目躍如だった。

かつての日本のスクラムならフランカーの押しがなくなることもあった。でもいまは「8人で押す」という文化が生まれている。これもマルク・ダルマゾ鬼コーチの理不尽な指導のおかげか。フランカーのリーチ・マイケル主将が言う。

「練習でマルクが時々、スクラムの上に載ってくる。フランカーが崩れると、スクラム全体も崩れる。いま、ジャパンのスクラムではフランカーがものすごく大事なのです」

3つ目が、後半15分の敵陣に深く入った右中間のスクラムである。日本ボール。右の畠山から相手スクラムをあおるカタチで押し込み、1番の三上も前に出ていく。相手3番がたまらず右手を地面について、コラプシングの反則をもらった。

ここで日本はスクラムを選択した。点差(19-16)からいくとPGで3点を加えるという手もあった。でもスクラムである。おそらく、もうイタリアFWは怒り心頭だったに違いない。でも日本としては痛快、そのスクラムからナンバー8のホラニ龍コリニアシが右に持ち出し、16フェーズ(展開)という連続攻撃のあと、CTBマレ・サウがトライを奪った。ゴールも決まり、10点リードとした。

最後は日本ボールのスクラムで約4分間、時間をつかった。組んだスクラムが4回。うちフリーキック1回、ペナルティー1回をもらった。「世界でイチバン長い時間のスクラムがあった」とジョーンズHCは笑ったが、最後にここまで押せるというのは、体力、フィジカルがついた証拠でもある。

スクラム練習はウソをつかない。組んだ数が多ければ多いほど力になる。イタリアはスクラムで左右に揺さぶってくるチームだが、その左右、上下の動きに日本はちゃんと対応できていた。これはフロントロー(両プロップとフッカー)個々のフィジカル、下半身の筋力、とくに股関節を屈曲させる腸腰筋が強くなっているからだろう。

ついでにいえば、組む前に離れてあたる激しいヒットをなくし、プロップ同士が手を組んで組むルール変更が日本に有利に働いている。技術と結束がよりものをいうからだ。

三上が説明する。「ヒットがほとんどない状態で組んでいるけど、実は組む前から押し合っているんです。足の位置、ポジション取りが優位に立てるようになりました」と。

試合後のミックスゾーンのテレビインタビューでは、なんとフロントロー3人がそれぞれインタビューを受けた。史上初か。「初めてなんで」と、ライトを浴びた三上が額に汗を浮かべながら照れた。

「うれしいですね。中盤で押した場面も会場が沸いていて。ああ、みんながスクラムにも注目してくれているんだと感激しました」

堀江は、サッカーのワールドカップ(W杯)の盛り上がりに刺激されている。

「サッカーに負けないよう、ラグビーも注目されるようにがんばりたい」

もちろん、ラグビーはスクラムだけではない。この日はラインアウト、ブレイクダウン周りでは課題を残した。バックスもプレーの精度や判断などまだまだ、である。スクラムでも、敵ボールのスクラム、球出しのタイミングなど改善すべき点は多々、ある。勝負は来年のW杯イングランド大会である。

それでも、勝って反省できるのだ。さらには日本に「スクラムを8人で押すぞ」という文化が生まれた意味は大きい。最後に、そう問えば、畠山は冗談っぽく笑った。

「いえいえ、その答えはワールドカップが終わってからにします。サッカーの本田くん(圭佑)みたいに大きなことを言えませんから。結果を出してからにします」

結果とは、来年のラグビーW杯でスクラムを押して、準々決勝に進出することである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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