コロナ禍の年の「パリ祭」 医療従事者がセレモニーの第一線に
今年の7月14日はいつもと違うものになった。
「パリ祭」「革命記念日」、あるいは「バスティーユデイ」とも言われるフランス共和国の誕生を祝うこの日には、パリのシャンゼリゼ大通り(凱旋門からコンコルド広場まで)のパレードが毎年恒例になっている。早朝の準備からパレードの一部始終を主要テレビ局が生中継。多くの国民がそれに釘付けになるというのも例年のことだ。
マクロン大統領が就任した2017年は、アメリカの新大統領トランプ夫妻も出席した華々しいものだった。
フランスにおけるジャポニズムの年だった2018年には安倍首相が招待されていたが、日本での災害対応のために首相の出席は叶わず、河野外相が代理でひな壇に並んだ。
そして今年。コロナ禍の最中ということで、第二次世界大戦以来初めてシャンゼリゼ通りでのパレードは行われず、コンコルド広場だけで規模を縮小したセレモニーが行われた。
フランスでは今でも、5000人以上の規模の集会は禁止されていることもあり、セレモニーへの出席者も例年の半分ほどに限定された。しかも、地方自治体の長などが招待されるところ、今年は新型コロナ患者治療中に感染して亡くなった医療関係者の遺族をはじめ、ロックダウン中の市民生活を支えた人たち、具体的にはスーパーのレジ係やゴミ収集の職員らもこの席に招かれたという。
そもそもこの日のパレードは、共和国の成り立ちを象徴して軍が中心になって行うものだ。空軍の精鋭たちがパリの空にトリコロールの筋を描き、映画のシーンから抜け出たかと思うほど麗麗しい騎馬衛兵たちの行進があり、最新鋭の戦闘機と戦車が、シャンゼリゼ通りの上空と石畳に続々と登場する。
だが今年は、そんな壮麗なパレードはなかった。代わりに白衣の医療従事者たちが最前線に歩み出て、軍人たちと一緒に国旗を囲むという前代未聞のフィナーレとなった。とりわけ多くの感染者治療に追われたイルドフランス(首都圏)、フランス東部の医療現場の代表が、そのまま病院から抜け出してきました、という出で立ちでコンコルド広場に立った。
国旗を囲み、国家『ラ・マルセイエーズ』を合唱。
誰のスピーチもなく、ビジュアルと音楽だけのセレモニーなのだが、画面に映し出された一人一人の表情からこみ上げるような気持ちがみてとれる。それがテレビカメラマンの手腕によるものだけでない証拠に、ひな壇に並んだ要人たち、そして招待された人たちからの拍手が長く長く続き、その場にいる人たちの無量の思いが一つになる様が伝わってくるようだった。
さて、パレードのあとはエリゼ宮でのガーデンパーティーが恒例行事だったが、今年はそうではない。
コンコルド広場の様子を映していたテレビ画面は、お昼のニュースを挟んで約20分後にはエリゼ宮の映像に切り替わり、主要テレビ局のジャーナリスト2名による大統領インタビューが生中継された。
医療従事者にスポットがあたったセレモニーを受けて、インタビューの最初のテーマは新型コロナ対策について。
マクロン大統領からは、今後の方針として次の具体的な発言があった。
感染拡大がまだまだ予断を許さないことから、公共の屋内の場ではマスク着用が近々義務付けられること。
施行はおそらく8月1日からになる見込みだ。
また、第二波がやってきた場合、第一波の時のような医療物資の不足はないのかという質問には、万全の備えができていると回答。
仮にふたたびロックダウンが必要になる場合には、前回のように全国一律ではなく、可能な限り部分的なものにする方針だとも発言した。
ところで、フランスでは「ヒドロキシクロロキン」が新型コロナに有効だと早い段階から提唱していたマルセイユのラウト医師が時の人になり、マクロン大統領自身が彼を訪ねた経緯があるのだが、「もしもあなたが陽性と診断されたら、『ヒロドキシクロロキン』を服用しますか?」というジャーナリストの問いに、彼ははっきりと「ノン」と答えた。
インタビューのテーマはさらに、今後の大量失業の危機、増税があるのかないのか、年金制度の改革、環境問題、新しい内閣人事へと続き、先の全国一斉地方自治体首長選挙の棄権率の高さに触れつつ、民主主義が健康な状態にないのではないかという懸念も大統領は口にした。
ジャーナリスト2人の手もとにはメモがあるのがわかるが、マクロン大統領のほうは資料もカンペもなくまっさら。その状態で予定の1時間を超えて濃密な応酬が続いた。
そんな多難なご時世でも、7月14日が祝日であることに変わりはない。
例年通り、夜にはエッフェル塔の花火も上がるし、その下のシャン・ド・マルス公園でのコンサートも開催される。
ただし、コンサート会場に観客はなく、もっぱらテレビ中継でという2020年のパリ祭である。