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まだ見てないなら、お急ぎを! 今期ドラマ「最終案内」

碓井広義メディア文化評論家

10月に始まった今期の連続ドラマが、いずれも終盤に入った。「下町ロケット」ばかりが話題になっているが、中には隠れた名品もある。まだ見てないなら、お急ぎを。

●「コウノドリ」TBS系

綾野剛がノンシャランと魅せる異色の産科医

「下町ロケット」の大ヒットで影が薄くなっているが、同じTBS系の隠れた佳作としてオススメしたいドラマがある。「コウノドリ」だ。

まず、主人公である鴻鳥サクラ(綾野剛)のキャラクターが興味深い。患者の気持ちに寄り添い、出産という大事業をサポートしていく優秀な産科医である。しかも天才ピアニスト(病院にはナイショ)という別の顔も持つ。実の親を知らずに育つ中で、自分の思いをピアノで表現することを知ったのだ。この謎の部分が物語に陰影と奥行きを与えている。

毎回の読み切り形式だが、一組の夫婦の症例を軸にしながら、他の患者たちの妊娠や出産をめぐるエピソードも同時進行で織り込んでいく。思えば、妊娠・出産は病気ではない。だから健康保険などは適用されない。しかし、さまざまなリスクを伴うことも事実。産科には日常的に生と死のドラマが共存するのだ。この構成は、「ゲゲゲの女房」(水木しげる先生に合掌)などの脚本で知られる山本むつみのお手柄である。

産科医にもわからないことはあるし、出来ないことも多い。当然のことだ。だが、鴻鳥はその当然を真摯に受けとめ、自分たちに何が出来るかを徹底的に考えていく。生まれたばかりの新生児も含め、毎回本物の赤ちゃんが多数登場するのもこのドラマの特徴だ。リアリティーを追求する制作陣の細部へのこだわりが、十分な効果を生んでいる。

●「サムライせんせい」テレビ朝日系

タイムスリップしてきた幕末コンビの“競演”

2013年から14年にかけて放送された「信長のシェフ」(テレビ朝日系)。料理人の若者(玉森裕太)が戦国時代にタイムスリップし、なんと織田信長の“お抱えシェフ”となる奇想天外な物語だった。この「サムライせんせい」は、その逆パターンだ。突然、幕末から現代へ、時空を超えてやってきた志士たちが巻き起こす珍騒動である。

切腹したはずの武市半平太(錦戸亮)は、ちょんまげ姿のまま神里村の路上で目覚める。そして、人の良い元小学校校長(森本レオ)が経営する学習塾の臨時講師となった。半平太が今どきのヒトやモノに驚く様子や、周囲の村人たちとの間で起こす摩擦が、我々が当たり前だと思っている社会や常識へのプチ批評になっているところがミソだ。

半平太より先にタイムスリップしてきていた坂本龍馬(神木隆之介)との対比も効いている。この龍馬、すっかり現代に馴染んでおり、パソコンやスマホも駆使するフリーライターになっていた。神木の演技は相変わらず達者だ。武士のままの半平太とは異なる軽さと如才なさで笑わせる。錦戸も神木とからむシーンが一番いきいきとしており、いわば男2人のダブル主演作である。

なぜタイムスリップしてきたのか。どうしたら過去に戻れるのか。戻ったとして彼らの運命は変わるのか。そんな疑問はひとまず置いて、のんびり楽しむ深夜ドラマだ。

●「孤独のグルメ」テレビ東京系

目立たぬように高めている“ドラマ度”

「孤独のグルメ」が登場したのは3年前のことだ。今回は、堂々の第5シーズンである。しかも、これまでの深夜バラエティ枠から、「ドラマ24」というブランド枠へと移行した。局内外で、テレビ東京の“看板ドラマ”として認知されたことになる。

とはいえ、主人公の井之頭五郎(松重豊は完全に一体化)自身に大きな変化はない。例によって仕事で訪れた実在の町で、偶然見つけた大衆的な店(こちらも実在)に入り、ひたすら胃袋を満たすのみだ。そのシンプルな構成と潔さがファンには堪らない。

それでいて、新たなシリーズに全く手が加わっていないかと言えばウソになる。例えば「千葉県いすみ市大原」編では、五郎が港で伊勢エビを見かける。おお、今回は「千葉で伊勢エビ?」という意外性で来たかと思いきや、それはフェイントだった。結局、飛び込んだ食堂で食べたのは「ブタ肉塩焼きライスとミックスフライ」である。この地元いすみ産のブタ肉、厚切りの塩焼きが何ともうまそうで堪らない。

また食堂に至る過程で出会う、市役所職員(塚地武雅)とのやりとりもおかしい。どこから見ても地元民という風貌にも関わらず、東京からの移住者だという。やや自慢げに語る「都会っぽさが抜けなくて」のセリフに、五郎が口には出さず心の声(これが見る側の楽しみ)で、「抜けてます、抜けてます」とつぶやくのだ。塚地も朝ドラ「まれ」以上のハマリ役だった。目立たぬよう、しかし確実に“ドラマ度”を高めた今シーズン。まだ見てないなら、お急ぎを。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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