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菅総理「五輪開催はワクチン接種で国民の雰囲気も変わる」発言、果たして本当に変わるだろうか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
バッハ会長と東京五輪の開催を約束した菅義偉総理(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 とうとう、2回目の緊急事態宣言が発出されました。1都3県に発出された緊急事態宣言ですが、日本全国でも感染拡大は急速に進んでおり、愛知県の大村知事は6日に「緊急事態宣言の対象に加えてもらうことも視野に」と述べたほか、大阪府も4日の時点では否定的だった形の緊急事態宣言発出を方針転換し、再発令を要請する方針を表明しました。近隣府県である兵庫県や京都府も足並みを揃える動きですので、今後更なる対象地域の拡大も視野に入ってくるでしょう。

 一方、7日の緊急事態宣言発出に伴う菅義偉総理の記者会見では、このような状況にあっても東京五輪の開催をするのかという質問に対し、「2月下旬にも始まるワクチン接種によりしっかり対応することで、国民の雰囲気も変わるのではないか」と答えました。

 これを聞いた多くの方は同じ疑問を思ったことでしょう。果たして、国民の雰囲気は変わるのか、と。

五輪開催までは残り200日

写真:ロイター/アフロ

 昨年延期を決定した東京五輪の日程は、オリンピックが2021年7月23日から2021年8月8日、パラリンピックが2021年8月24日から2021年9月5日とされています。開会日である7月23日まではすでに200日を切っていますが、世間の(良い意味での)関心は高まっていません。東京五輪のフラッグなどが街中に掲出されていることで五輪イヤーの継続を意識することはあっても、もはや1年以上もカウントダウンの続く五輪イヤーに対して期待をしている人よりも、いったいどうなるのかという不安が高まる人の方が今は圧倒的に多いと思います。

 菅総理は「国民の雰囲気」という言葉を使いましたが、ワクチン接種がはじまれば、本当に国民の雰囲気は一変するのでしょうか。筆者はそのようなことはないと考えています。ワクチン接種は確かに大事なファクターではありますが、それと同じぐらいに「経済的な回復」にも関心が集まるのが、まさにこの五輪開催に向けての時期だと考えています。

東京五輪開会直前に運営休止するグランドパレスの衝撃 

 昨年12月末に、東京・九段下にあるホテルグランドパレスが出したお知らせは、衝撃的なものでした。そこには、「財務状況の更なる悪化を食い止め、事業継続に関する検証を行う必要があるものと判断するに至り、2021年6月末日をもって、ホテルの営業を一旦休止すること」と書かれています。

 かつてはプロ野球のドラフト会議が行われた歴史あるホテルでもあり、また金大中事件の舞台ともなったホテルグランドパレスが営業を休止するというのも驚きですが、予定されている東京五輪の開会直前で営業を休止するという決断は、まるで東京五輪の開催が見込めないと判断した上での決断のようにもみえます。あくまで政府が東京五輪の開催を目指している中において、これだけ大きなホテルが直前に営業休止を決断するという事態は、もはや東京五輪に対する期待よりも「損切り」をどうするかというフェーズに入っていることを意味します。

 なお、都内のホテルのみならず、例えば北海道札幌では人気の観光地定山渓の定山渓ビューホテルが休館(2021年2月1日〜)を決定したことも業界関係者には大きな衝撃だったようですが、今後GoToトラベル事業の中断などにより、経済的損失によって今夏まで持たない事業者が一斉にギブアップする事態も想定されます。また、仮に東京五輪を開催したところで、無観客などの形式により訪日観光客が大幅に減るなど、経済的効果が想定を大きく下回ることで「持ちこたえ損」をする可能性も出てきているのです。

 「国民の雰囲気」という言葉がありましたが、菅総理は、この「国民の雰囲気」という言葉を、「(国民が)東京五輪をやるべきと考えるか、やらないべきと考えるか」という意味で使ったと思います。しかし、この東京五輪の開催の恩恵を受ける、もしくはかかわるはずだった事業者の体力はもはや限界に達しており、「東京五輪まで持ちこたえるべきか、いっそのこと諦めるべきか」という選択を迫られているのです。官邸は、国民の雰囲気、言い換えれば空気感を大事にしていることはわかりますが、現に事業者が迫られている選択はもっと厳しいものだということに目を向ける必要があると思います。

五輪開催可否の目安基準を明らかに

 政府がこれまでGoToトラベル事業を強く推進してきた理由のひとつに、安倍内閣から続くインバウンド施策による経済恩恵に対する期待があります。コロナ禍の直前までうなぎ上りであった訪日観光客が早期に回復すれば、日本経済の回復は諸外国よりも早いと考えられており、またその契機として東京五輪・大阪万博を最大限活用するためにも、コロナ禍が終わるまで観光産業には持ちこたえてもらう必要があるというのがその理由です。

 しかし、もはや再度の緊急事態宣言により、観光産業の事業者にとっては「チキンレース」となってしまいました。事業者にとっては、国の様々な施策に期待しながら借換を続けてしまった結果として、例えば東京五輪が不発となったり、GoToトラベルの再開が遅れたり、インバウンドの回復が遅れるようなことがあれば、借入金返済が厳しくなるどころか、倒産を招く可能性が出てきます。コロナ第3波の状況から、これらの想定を「すでに起こった未来」として捉えて、今の時点で事業休止や業態転換を行う事業者が連続することがあれば、実質的に空虚な東京五輪となることが考えられるでしょう。

 せめて政府は五輪開催可否の目安基準だけでも、IOCと話し合うべきです。例えば(「五輪開幕まで残り何日」などという)いつ時点で最終的な決定をするのか、感染者数などの数値的な判断目標は出せるのか、最終的な判断を出すときまで持ちこたえようとする事業者への営業補償はできるのか、などといった目安や基準を示さない限り、国のインバウンド施策や五輪誘致施策の被害者と言われても致し方ありません。本来想定していた「東京五輪」が出来なくなった時点でシミュレーションするべきだったと思いますが、せめてもの責任として、観光業界やインバウンド施策に関連するすべての事業者の生活のためにも、五輪開催可否の最終的な責任をIOC等のせいにせず、国、東京都、実行委員会、そしてIOCと共同でロードマップとして発表するべきです。

 NHKは、東京五輪の開催について世論調査を行っていますが、昨年12月の調査では「開催すべき」が27%、「中止すべき」が32%、「さらに延期すべき」が31%で、「中止すべき」が「開催すべき」を上回っていました。これは10月の調査(「開催すべき」が40%、「中止すべき」が23%、「さらに延期すべき」が25%)よりも後ろ向きな結果であり、またこの状況から感染拡大が急速に進んでいることを踏まえれば、当面は国民の雰囲気は厳しいものと考えます。繰り返しになりますが、政府が国民の雰囲気を変えたいのであれば、ワクチン接種の早期実現だけでなく、国民全員が安心して五輪を待つことができるための更なる情報発信、エビデンスに基づく説明と経済施策が政府には求められています。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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