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強く言っても、ケガをさせても、パワハラじゃない?厚生労働省の事例は他人事ではない。

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
厚生労働省のパワハラ認定に異議が多く出ている。それはなぜだろうか。

・具体例に批判が

 厚生労働省が、10月21日に開催された労働政策審議会雇用環境・均等分科会において、パワーハラスメント防止策の具体的内容を定める指針の素案が議論を呼んでいる。

 今年5月29日には、企業にパワハラ防止の取り組みを義務付ける「パワハラ防止法」(労働施策総合推進法)が成立した。厚労省は、大企業では2020年4月、中小企業でも2022年4月に施行する計画だという。

 また、6月21日には、国際労働機関(ILO)の年次総会で「働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)を撤廃するための条約」が採択された。この条約には日本も賛成しており、批准するための国内法整備は急務となっている。

 そのために厚労省は指針作りを行っており、今回、パワハラ行為の定義や具体例などを示した指針の素案を提示したのである。ところが、この素案が議論を呼んでいる。

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・「誤ってぶつかる、物をぶつけてしまうなどしてケガをさせること」はパワハラではない?

 「これは実際にはなにをやっても言い訳すれば、パワハラでなくなりますよ」と言うのは、40歳代の女性会社員だ。

 具体的事例が逆に「言い訳」になる可能性を大きくしているという批判が大きくなっている。例えば、「社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者」や「重大な問題行動を行った労働者」に対し「強く注意」することは良いということになる。この「強い注意」とわざわざ書いたことから、パワハラとの境目があいまいになる。

 「個室で研修」というのもパワハラではないし、「能力に見合わない簡易な業務に就かせること」もパワハラではない。「これでは、しばしば問題になったリストラ部屋での退職強要もパワハラではないとお墨付きを与えるようなものだ」と、社労士の男性は疑問を呈する。

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・基準を定めることは経営者にとっても悪いことではない

 パワハラの定義(パワーハラスメントの概念)については、2018年3月に厚生労働省の検討会が「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」ですでに次のように示されている。

 『職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』

 さらに、「上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間などの様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。」つまり、上司だけではないということも示し、さらに「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらない。」としている。この「業務上の適正な範囲」が議論の元だ。

 関西地方の中小企業経営者は「なんでもかんでもパワハラだと言われるのも困る」と懸念を持つが、一方で「経営者としても、こうした基準を政府で示してくれることによって、従業員に徹底し、職場環境を整備することができる」とも言う。しかし、「当てはまらない事例の記述は、経営者から見ても、なぜここにこの言葉をわざわざ入れているのか、理解に苦しむ。これでは経営者としてパワハラをしている従業員に注意しようとしても、言い訳に使われてしまう危険性が出る」と言う。

 職場のパワーハラスメントの6つの行為類型というものも示されている。「これらで充分だし、変な事例を示さない方が良いのではないか」と、別の中小企業経営者も指摘する。経営者サイドがパワハラを隠蔽するために使われるのではないかという意見も出ているが、経営者側にも、社内のパワハラ対策にこうした事例はむしろマイナスに映っているようだ。

・経営者も従業員も、他人事とせず議論に参加すべき

 実は、今回の法律ではもう一つ、問題がある。この法律で、企業がパワハラ防止策を義務づけられる労働者は、正社員、パートタイム、契約社員などの非正規雇用者も含んでいる。ところが、個人事業主、フリーランスやインターンシップ生などは対象外とされており、「必要な注意を払うよう配慮」が企業に対して求められるだけになっている。この点にも様々な意見があるだろう。

 ネット上でも「トンでも事例」などと批判が集まっているが、厚生労働省では今後も議論と検討を行うとしている。しかし、政府は国際労働機関(ILO)の条約批准を急いでいる。時間的余裕はないにしても、経営者も従業員も、多くの人たちが自分に関係することとして、広く議論に参加すべきだ。

 大学生や中途採用の際に求職者が気にするのは、「職場の雰囲気や人間関係」というのは多くの調査で明らかになっている。パワハラを職場で防止することは、経営者にとって良好な「職場の雰囲気や人間関係」を維持し、求人難に対応する有用な手段になっている。今回の議論は、従業員だけではなく、経営者、個人事業主、フリーランス、インターンシップ生と多く、広く行われるべきだ。

 実際に最も影響を受ける多くの人たちが「難しいことは偉い人が決めてくれる」では、せっかくのパワハラ防止法も、それを具体化する防止策も「画竜点睛を欠く」事例になってしまう。

【参考】

 ・厚生労働省労働政策審議会 (雇用環境・均等分科会(旧雇用均等分科会))

 ・厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書(2018年3月)

 ・厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書・参考資料」

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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