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児童福祉法違反でジャニーズ事務所を取り締まれなかった理由 元検事はこう見た

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロ)

 元ジャニーズJr.のタレント、カウアン・オカモトさん、橋田康さん、二本樹顕理さんの3名が、6月5日、児童虐待防止法改正を求める約4万人の署名を国会に提出しました。ジャニーズ性加害事件を取り締まれなかったのは法律に不備があったからなのでしょうか。これとは別に今年は性犯罪に関する法改正もあるなど、わかりにくい状況になっているため、整理が必要と考え、元検事で現在弁護士の村上康聡先生にお聞きすることにしました。

■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)

https://www.youtube.com/watch?v=DypSqYQyblc

児童に淫行させてはならない、と法律に明記

石川:ジャニーズ性加害事件で私がもっとも衝撃を受けているのは、年数の長さと被害者数の多さです。映画「スポットライト」にもなった米国カトリック教会神父による児童への性的虐待では数十名の神父によるもので被害者数は1,000人程度とされ、英国の人気司会者ジニー・サビル(2011年84歳で死去)の性的虐待の被害者児童は200人以上とされています。一方、今回はカウアンさんの証言では4年間で100-200人、常時20名の合宿参加者が被害を受けていたと証言したこと、また、最近になって石丸志門さんが40年前の被害を告発したこと、ジャニーズ事務所設立が1962年、ジャニー喜多川氏死去の2019年まで57年を考えると、一人で1,000人以上に性加害をしていた可能性があります。ジャニー喜多川氏の子どもへの性犯罪を憎むことはもちろんですが、性犯罪における法律整備の遅れなのか、法改正の動きを起こせなかったからなのか、どうすればよかったのかと考え込んでいます。村上弁護士はどのように見ていらっしゃいますか。

村上弁護士:今回の事件は、既存の児童福祉法や児童買春・児童ポルノ禁止法で取り締まりができる案件です。児童福祉法34条1項6号は18歳未満の児童に淫行させる行為を規制しており、これに違反すると同法60条1項により10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれらの併科という重い刑罰が科せられます。

この「淫行」の定義について、最高裁判所は「児童を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような者を相手とする性交又はこれに準ずる性交類似行為」は「淫行」に該当すると判断しています。そして、この「淫行させる罪」は、児童の相手方となった者であっても成立するとしています。同意があってもなくても関係ないんです。

もう一つの法律、児童買春・児童ポルノ禁止法は、1999年に制定されたもので、同法2条2項で児童買春を「児童、周旋者又は保護者若しくは支配者に対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門、乳首をいう。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。)をすること」と定義しています。

そして、これに違反すると、同法4条により5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれらの併科の刑罰を科せられます。仕事やお金といった報酬を約束してこれらの行為をすると処罰されるわけです。そして、児童福祉法違反も児童買春・児童ポルノ禁止法も、いずれも、相手が18歳未満の者であれば、男女の区別なく犯罪となり、さらに、児童に対して暴行や脅迫をしていなくても、また、同意があっても処罰されるのです。

石川:橋田さんらが改正のための署名活動していた児童虐待防止法に不備があったのかと思っていました。児童福祉法は、1947年にできていますから、ジャニーズ事務所が設立された1962年よりも前ですね。カウアンさんは2012年、橋田さんは1999年、二本樹さんは1997年なので、いずれも児童福祉法違反になっていたということですね。法律がありながら取り締まれなかったのはなぜですか。

村上弁護士:当該児童は、仕事をもらえる約束を受けたり、お金をもらう約束をして性行為を受けるわけですから、そのことに抵抗したり、訴えたり、親に相談することは難しい環境にあったわけです。ジャニーズ事務所には内部通報やセクハラの被害を受けた者に対する相談、訴えを調査して適正に処分するような会社内の内部規程もなかったのではないでしょうか。また、当該児童は法定代理人の親がいるのですから、事務所と契約しているのは親になります。仮に親が被害を知ったとしても、契約や子供の仕事の将来のことを考えると、あえて無視することも考えられなくはありません。つまり、児童も親も誰にも訴えられなかった環境にあったということが原因でしょう。

石川:カウアンさんは親に言えなかったと言っています。多くの少年達が言えなかったのかもしれません。言っても我慢させられたりした可能性はあります。社長に歯向かえばデビューはできないですから。単なる被害者という側面だけではなく、大きな見返りがあったという構図。だから、法律はあっても取り締まれなかった。でも、辞めてからなら訴えることもできそうです。先日損害賠償を求めるとコメントしていた元ジャニーズ事務所のタレントがいました。

村上弁護士:刑事罰以外であっても、民事上の不法行為として社長や会社の損害賠償責任を問うことはできます。しかし、不法行為責任の消滅時効期間は、以前は被害を知ったときから3年で、数年前に民法改正により5年に延びましたが、表沙汰にできるようになったときには既にこの消滅時効にかかってしまい、民事的にもどうしようもできなくなっていると思います。刑事罰でも、時効になっていないとしても、過去の犯罪被害の立証ということでの供述の信用性、裏付け証拠の散逸の問題があり、極めて厳しい状況にあるわけです。

17歳も児童福祉法で保護される

石川:もう一点確認があります。今回、性犯罪の不備かとも思って調べてみたのですが、強姦罪が2017年になってから改正されたとのこと。明治以来、110年ぶりだったそうですね。それまでは女性のみが対象で、男性同士は取り締まる対象ではなかった。処罰の対象となる性行為も限定的だったと知り驚きました。

村上弁護士:2017年の改正では、男性も対象となり、肛門性交、口腔性交も含まれることになり、被害者の告訴がなくても容疑者を起訴できる非親告罪となりました。その結果、強姦罪から「強制性交等罪」に変わり、刑罰も3年以上の有期懲役から5年以上の有期懲役に変わりました。また、18歳未満の人については、監護者が性的虐待を行った場合は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象になりました。ただ、課題も残りました。被害者が13歳以上の場合、同意のない性行為であっても激しい抵抗がないと無罪になるなど。施行後3年を目途に見直すという附則がつき、2020年に法務省は見直しの検討会を設置しました。

石川:それが、今年の3月14日の性犯罪の実態に合わせた刑法改正案の閣議決定につながったわけですね。名称が「強制性交等罪」が「不同意性交罪」に変わり、具体例が示された案だという報道を見ました。6月16日に改正成立したようです。詳しく教えてください。

村上弁護士:被害者が「同意しない意思」を表すことが難しい場合を具体的に8つ示しました。暴力や脅迫だけではなく、心身の障害を用いた場合、アルコール・薬物の影響を用いた場合、睡眠や意識不明瞭を用いた場合、相手の気をそらしたり、他のことに集中したりしているときに不意打ちで性交等をする場合など、同意しない意思の形成・表明・全うするいとまがない状態の場合、予想とは異なる事態に直面させて恐怖・驚愕させた場合、虐待に起因する心理的反応を用いた場合、経済的・社会的関係上の地位を用いた場合。

石川:性交同意年齢も引き上げられましたよね。13歳なら同意できるという今までの考え方に違和感を持ちます。そもそも文科省では性教育の中で「性交」を教えてきていません。国として性交を教育しないのに、法律では同意とみなされてきた状態に憤りを感じます。

村上弁護士:条件付きで13歳から16歳に引き上げられました。中学生に相当する13歳から15歳も保護対象となりました。保護対象者と5歳以上離れている者が性行為を行った場合は、同意があっても処罰されます。なぜ今まで13歳だったのかというと、おそらく初潮の時期に合わせているのだろうと思います。では、17歳だったらどうなるかというと、児童福祉法は18歳以下なので、17歳も児童福祉法で保護することができます。児童福祉法は処罰するためだけの法律ではなくて、児童をどう守るかという発想なので、行政システムや制度についても規定しています。

石川:児童福祉法は頼りになる法律ですね。今回の問題は法の不備が原因ではないことがよくわかりました。とはいえ、性犯罪に関する法律改正が110年ぶりといったことを考えると、報道や世論喚起がもっと早い段階でなされていればとも思いました。

村上弁護士:残念ながらショッキングな事件でようやく改正の動きが出てくるといえます。予防的な動きとして求められるのは、まずは国際社会の中で人権、国民の権利についての動きをキャッチしていくことです。国連等の国際会議において、日本は「立法事実がない」として国際的な歩調を合わせることをしていない傾向がありますから、そこを改善していくこと。それと警察の対応にも課題があります。性犯罪が事件化しないのは、警察の事情聴取において、ホテルに一緒に行ったのだから同意があったのではないか、数カ月前のことなのになぜ今頃訴えるのか、示談金目的で訴えようとしているのではないか、などとステレオタイプに判断され、被害者として訴えても被害届を受理しないというスクリーニングの処理が多いからです。こういった警察の対応が続く限り、事件化しない、報道されない、改正されない、といった状況が続いてしまいます。性犯罪では、被害の訴えがあった場合には、原則に立ち返り、全件被害届を立件し、捜査して検察庁に全件送致し、検察官に最終的に判断してもらうべきだと思います。

石川:性犯罪は、警察も報道も臆病なのかもしれません。何を報道すべきなのか、といった報道のテーマ、質が問われている時代です。そういえば、文春では、自社メディアでのスクープ報道だけではなく、国会質問されるように仕組んでいくそうです。議員の活用です。カウアンさんの外国特派員協会における記者会見も文春からアドバイスを受けたと本人が明らかにしています。報道による被害はBPO(放送倫理・番組向上機構)がありますが、報道されないことによる被害拡大についてはどうするのか、はメディア業界そのものが検証する必要があります。報道や世論構築がもっと必要だと思われる分野はありますか。

法改正においては報道が重要な役割を果たす

村上弁護士:法律の制定・改正、行政の施策の変更は、世論が大切ですし、それが立法事実となるのですから、国会の議論で取り上げられるにはマスコミの報道がとても大きな役割を果たすことになると思います。合意・協議制度、いわゆる司法取引についても、実施件数がまだ3件と少ないですが、それには様々な問題や課題が発生しているからであり、その点などはマスコミに報道されることによって世論を構築していく必要があります。

また、私は、我が国の贈賄罪の個人は処罰されて法人は処罰されないという状況は、国際的にも問題であるとともに、外国公務員に対する贈賄罪の場合には法人も処罰されていることとの均衡上も問題があることや、スポーツにおける八百長を処罰する法律がなく、国際的にも遅れている状況にあり、本当は東京オリンピック誘致の際に世論が形成されて国会で取り上げられるかと思いましたが、この点に関するマスコミの報道はほとんどなく、現在に至るまで何の対策も取られていません。財源確保の問題も、様々な法律を駆使して法人を処罰して多額の罰金を取ればこれは国の財源になり、贈賄罪で法人が処罰されればそれだけ財源も増えることになるのです。これらのことについては、今後も報道していただき、世論が構築されればと強く願っています。

石川: 個人と法人の処罰のあり方はもっと議論が必要でしょうね。私は評判や信頼を守る立場でのコンサルタントですから、法人への法的処罰がなくても社会的信用失墜は企業の存続に関わると常々考えています。ジャニー喜多川氏は経営者でもあったわけですから、企業の社会的責任の側面からジャニーズ事務所をチェックすべきだったといえます。芸能界を特別視する習慣もあったと思います。今回の事件で何を変えていく必要があると思いますか。

村上弁護士:被害者の声が刑事事件として取り上げられやすくする環境や仕組みの整備、会社におけるより一層のコンプライアンスと内部通報制度の活用への変化に大きな影響があると思います。そして、このような性犯罪の被害を起こすジャニーズのような会社に対し、不倫問題を起こした芸能人の活動停止などの問題以上に、活動停止を含め、各テレビ局や取引銀行等は厳しい対応を取るべきであり、そのためにもマスコミによる報道は極めて重要だと思います。

石川:私もそこに違和感があります。不祥事があった場合、営業自粛はしますから。ジャニーズ事務所の組織としての反省と償い、説明責任をどう果たしていくのか、一方、マスメディアも今度こそチェック機能を果たすことができるのか、注視したいと思います。本日はありがとうございます。

<参考サイト>

児童福祉法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000164

児童虐待の防止等に関する法律(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv22/01.html

児童買春・児童ポルノ禁止法

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=411AC0100000052

学校の性教育で性交を教えられない「はどめ規定」ってなに?(NHK)

https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20210826a.html

衆議院 第211回国会 強制性交等を不同意性交等に改める法律案

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21109058.htm

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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