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世界で2枚。ポコラ本が認めるヘヴィ・サイケの極レア盤。グリット『不屈のブリティッシュ・ハード』発売

山崎智之音楽ライター
Grit circa 1972 / courtesy P-Vine Inc.

ハンス・ポコラの著書『Record Collector Dreams』シリーズは古今東西のフォーク/サイケデリック/プログレッシヴ/ガレージ/ビート・ロックのレア盤レコードを紹介するディスク・ガイド本だ。

オーストリアのウィーンで育ったポコラは1960年代後半からザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズを聴き始め、それが昂じて世界中のビート・グループに没入。サイケデリックやプログレッシヴ・ロックの到来により、よりアンダーグラウンドなロックにも手を伸ばすようになった。それから各国のマニア達と情報交換を始め(まだインターネットなどなかったため郵便によるレコードやテープのトレード)、1980年代には海外への“レコード・ハンティング旅”を行うようになった。

彼は1995年に初の監修本『Rare Record Cover Book』を刊行。ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズなど有名どころはキッチリ押さえながらもレアな各国盤ジャケットを掲載、レコード・コレクター達を騒然とさせた。

その発展形としてポコラがスタートさせたのが、彼のライフワークである『Record Collector Dreams』シリーズだ。

細かいアーティストのバイオグラフィなどはなく、ただタイトルと発表年、最低限のジャンル分けのみのミニマルな作りの本書だが、マニアの心を捉えたのは千枚以上のフルカラーのジャケット写真、そしてレア度のランキングだった。“レア度1=興味深い(ランク入り間近)”、“レア度2=レア”、“レア度3=とてもレア”、“レア度4=おめでとう、真のレア盤だよ”、“レア度5=ベイビー、君は金持ちだ”、“レア度6=レコードの王冠”と掲載レコードを6段階に分けたことで、マニア達は自宅のレコード棚にあるレコードのレア度を確認してニタニタしたり、まだ見ぬコレクターズ・アイテムに夢を馳せたりしたものだった。

シリーズ第1弾『1001 Record Collector Dreams』が都内の輸入レコード/CD店に出回り始めたのが1998年か1999年だったと筆者(山﨑)は記憶しているが、その時代はまだ欧州でユーロ導入前。レア度ランキングでは“相場”がドイツマルクで記載されている。“レア度6”が2,000ドイツマルク(約15万円)以上というのは、2022年の感覚からするとそれほど目玉が飛び出るほど高くもないかも知れない。もちろん十分高いのだが。

それから『2001〜』『3001〜』とシリーズが進み、2022年12月には最新刊の第9弾『9001 Record Collector Dreams』が刊行される。まだ現物は確認していないが、どんなレア盤が紹介されるのか、楽しみである。

Hans Pokora『9001 Record Collector Dreams』表紙(Hans Pokora / 2022年12月刊行予定)
Hans Pokora『9001 Record Collector Dreams』表紙(Hans Pokora / 2022年12月刊行予定)

日本の音楽ファンの間でも“ポコラ本”として愛されてきたこのシリーズだが、第1弾から20年以上を経て、その楽しみ方も変化してきた。

『1001〜』が刊行された頃、掲載されているアンダーグラウンドな音楽を聴こうと思ったら大枚をはたいてオリジナル盤LPを買うか、そろそろ活発になってきた再発盤CDで聴くか、マニア同士のテープ・トレードで音源を手に入れるしかなかった。

だが2022年現在、“幻”といわれてきた激レア盤が次々とCDあるいはLP復刻され、ストリーミング・サービスで配信、あるいはYouTubeで容易に聴くことが可能だ。そのため我々は“ポコラ本”を片手に“レア度6”のアルバムを片っ端から聴くという、昔だったらあり得ない豪奢な楽しみ方を出来るようになった(もちろんネットに上がっていない音楽もいくらでもある)。

ただ実際に“レア度6”のアルバム音源を聴くと、内容的にキツイものが少なくなかったりすることも事実だ。レア盤がレアなのは、中身が良くないためにリリース当時売れなかったから市場に出回った枚数が少ない、という場合も多い。

もちろん例外はある。ダークの『Dark Round The Edges』(1972)はオリジナル盤LPが64枚限定というウルトラ・レア盤だったが、その内容の良さゆえに評判が評判を呼び、1990年代に再発が実現。今日ではブリティッシュ・ハード・ロックの古典として多くのファンに高く評価されている。

もちろんそれが例外中の例外であることは承知している。だが我々は奇跡を求めて、“レア度6”の音源を聴きまくるのだ。

グリット『不屈のブリティッシュ・ハード』ジャケット(P-VINEレコーズ/2022年12月2日発売)
グリット『不屈のブリティッシュ・ハード』ジャケット(P-VINEレコーズ/2022年12月2日発売)

2022年12月に日本盤発売が実現したグリットの『不屈のブリティッシュ・ハード / Grit』はそんな奇跡の1枚である。1972年に2枚の片面アセテート盤(3枚という説もあり)がカットされたのみで、正式なレコード・デビューはならず、翌1973年には解散。ブリティッシュ・アンダーグラウンド・ロックのコアなマニアのレーダーにすら引っかかることのない存在だったが、2015年にハンス・ポコラがドイツのノミの市でアセテート盤のひとつを発見。『7001 Record Collector Dreams』にウルトラ・レア級の“レア度6”として掲載された。その時点で世界の廃盤マニアの注目を集めたグリットだが、2019年に入って当時のギタリスト、フランク“スパイダー”マルティネスが音源をYouTubeで公開したことで、その名前が一気に拡がることになった。

ファズを効かせたヘヴィなギター・リフと鋭角的に斬り込むリード、ロバート・プラントを彷彿とさせるヴォーカルのシャウト、プログレッシヴな要素もある曲展開などをフィーチュアするハード・サイケデリック・ロックは高いレベルにあり、それでいて濃厚なアンダーグラウンド臭を漂わせている。

Grit circa 1972 /  courtesy P-Vine Inc.
Grit circa 1972 / courtesy P-Vine Inc.

オリジナル曲の充実ぶりに加えて、デンマークのジャズ&ブルース・ロック・バンド、バーニン・レッド・アイヴァンホーの「アクロス・ザ・ウィンドウシル」をカヴァーしているのも、好き者のハートをくすぐるものだ。

このYouTube音源を聴いたスペインの“グェルセン”レーベルがすぐに連絡を取り、アセテート盤の4曲に未発表リハーサル・トラックを加えてリリースするのがアルバム『不屈のブリティッシュ・ハード』なのだ。

“Grit=不屈の精神、やり抜く力”をバンド名に冠したグリット。短命に終わり、時代に埋没してきた彼らだが、50年の月日を経てアルバム発売までこぎつけたのは、その不屈の精神によるものだ。“レア度6”の中にも、優れたバンドがまだまだ隠れているかも知れない。ロックとはかくも掘り下げがいのある音楽である。

【アルバム紹介】

アーティスト:グリット

タイトル:不屈のブリティッシュ・ハード

発売日:CD 2022年12月2日 / LP 2023年5月24日

品番:CD PCD-27067 / LP PLP-7938

【日本レーベル公式サイト】

https://p-vine.jp/news/20221102-130000

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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