ネット広告透明性ツールは「見つけ出すことすら難しい」、調査結果が示すその実態とは?
ネット広告透明性ツールは、欧州で設置が義務化されたものの、「見つけ出すことすら難しい」――。
米NPO「モジラ財団」は4月16日付で公開した報告書の中で、そんな指摘をしている。
世界50カ国超で国政選挙が実施され、有権者は20億人に上る「選挙の年」に注目されるのが、ネット広告を通じたフェイクニュース(偽誤情報)の拡散だ。
ユーザーごとにターゲティングされ、実態が見えづらいフェイク広告への対策として進められてきたのが、「広告ライブラリ」の整備と公開だ。
EU(欧州連合)では違法・有害情報対策のプラットフォーム規制法「デジタルサービス法」で、超巨大プラットフォームにこの「広告ライブラリ」公開が義務付けられている。
だがモジラ財団の報告書は、その実態は「どれも十分に機能していない」と述べている。
しかも、報告書が取り上げた「広告ライブラリ」の大半は「デジタルサービス法」の対象となる欧州向けで、日本を含む他の国々はほぼ蚊帳の外だ。
●「十分機能する広告ライブラリではない」
モジラ財団とフィンランドの偽情報調査会社「チェックファースト」は、4月16日に公開した報告書で、プラットフォーム企業のネット広告ライブラリの実態について、そう指摘している。
調査対象としたのは、プラットフォームの違法・有害情報対策などを定めたEUの「デジタルサービス法」で、域内ユーザー4,500万人超の「超巨大オンラインプラットフォーム・検索エンジン」に指定された以下の11社によるプラットフォーム・検索サービスだ。
アリババ傘下のネット通販「アリエクスプレス」、アップル・アプリストア、マイクロソフトのビングと同社傘下のリンクトイン、旅行予約サイト「ブッキング・ドットコム」、アルファベット傘下のグーグル検索とユーチューブ、メタ傘下のフェイスブックとインスタグラム、ピンタレスト、スナップチャット、ティックトック、X、独ネット通販「ザランド」(※調査時点<2023年12月~2024年1月>では、アマゾンは、デジタルサービス法の規定そのものの有効性を争っていたために、含まれていない)。
「デジタルサービス法」は広告を掲載する超巨大プラットフォームに対し、広告コンテンツ、掲載代表者、掲載期間、ターゲットの有無とその基準、広告リーチ数のデータを含むライブラリ(リポジトリ)の設置と、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じた公開を義務付けている。
報告書では、この「デジタルサービス法」の規定と、モジラ財団が2019年に示した広告ライブラリの設置ガイドラインをもとに、その透明性検証を行っている。
報告書は、この2サービスに加えて、ビング、スナップチャット、ザランドを「重要なデータや機能が不足」とし、最低クラスにランクしている。
さらに、「必要最小限のデータと機能」とされたのが、アルファベット、ブッキング・ドットコム、ピンタレスト。より高い評価として「データと機能になお大きな空白」とされたのが、アップル・アプリストア、リンクトイン、メタ、ティックトック。「十分な性能」と合格点がついたプラットフォームはなかった。
報告書はその上で、こう述べる。
●政治広告の偽情報
プラットフォームのネット広告が注目を集めるのは、それが選挙介入のツールとなることが懸念されるからだ。
特にネットのフェイク広告は、ターゲティングによってユーザーに広まり、しかもそれが表面化しにくい、という問題を抱える。
そのきっかけの1つとなったのは、2016年米大統領選に対する、フェイクニュースなどを使ったロシアによる介入だ。ソーシャルメディアなどを舞台に、公開の投稿に加えて、ネット広告を使った介入も明らかになった。
フェイスブックでは、ロシアによって3,500件超の社会分断を狙った政治広告が掲載され、推定で1,000万人の目に触れていた。そしてフェイスブックは、議会などからその対策を強く迫られた。
※参照:米社会分断に狙い、ロシア製3,500件のフェイスブック広告からわかること(05/14/2018 新聞紙学的)
2018年に明らかになったフェイスブックのユーザーデータ大量不正流用「ケンブリッジ・アナリティカ事件」では、そのデータが、2016年米大統領選で、トランプ陣営による有権者へのターゲティングに使われた疑惑が浮上。ネット広告の透明性を求める機運をさらに後押しした。
※参照:トランプ大統領を誕生させたビッグデータは、フェイスブックから不正取得されたのか(03/18/2018 新聞紙学的)
批判の中で、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が2017年9月に表明したのが、広告ライブラリの整備と政治広告審査の厳格化だった。具体的な規制策を打ち出したのは2018年4月で、翌5月から運用を開始した。
政治広告を巡っては、ツイッターCEOだったジャック・ドーシー氏が、翌年の米大統領選を控えた2019年10月末、世界的に掲載の停止を宣言し、フェイスブックとの立場の違いを見せた。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
ただ、2020年の米大統領選が過熱する中で、フェイスブックもトランプ陣営の政治広告の削除に踏み切るなどの取り組みを見せた。
※参照:AIがターゲティングするフェイク広告が選挙をゆがめるのか(11/13/2019 新聞紙学的)
※参照:フェイスブックが「政治広告」の削除に踏み切った、その事情とは?(06/19/2020 新聞紙学的)
フェイスブックは2019年6月から広告ライブラリの提供をグローバルに拡大。政治広告の認証とラベル表示の義務付けは、日本も対象に含まれている。
そしてEUが2024年6月の欧州議会選挙も見据えて整備したのが、2月に全面適用された「デジタルサービス法」だった。
●ネット広告規制と緩和
これらのネット広告透明化の取り組みの一方で、フェイク広告の広がりは続いている。
偽情報対策に取り組むNPO「リセット」が2023年10月に公開した調査報告によれば、24万件超のフェイスブック上のフェイクページを使った広告ネットワークが確認され、親ロシアのプロパガンダや消費者詐欺などを拡散していた、という。
フェイク広告の広がりは、EU域内の22カ国を含む32カ国超に及んでいたとしている。
一方で、ツイッター時代は政治広告を禁止してきたXは、2023年にはその復活を明らかにしている。
そして、モジラ財団の報告書が示すように、Xの広告ライブラリは、最も利用しにくいものの1つとなっている。
●日本への適用は
これらの広告ライブラリの、日本への対応はどうなっているのか。
前述のように、メタは、すでに日本のネット広告にも対応している。一方で同社は、著名人の名を騙った広告の氾濫でも、批判が集まっている。
産経新聞の4月14日付けの調査で、メタの投資広告に登場する著名人として最も多く名前が使われていたのが経済アナリストの森永卓郎氏だった。
メタの広告ライブラリで「森永卓郎 投資」で検索すると、掲載中、掲載終了のものも含めて約5,000件がヒットした。
このほか、アルファベット(グーグル)も2018年から選挙広告の透明化の取り組みを始め、2023年3月にはグローバルに対応する広告ライブラリ「広告透明性センター」を開設し、日本にも対応している。
だがモジラ財団の調査対象のプラットフォームで、日本に対応しているのは、この2社だけだ。
ユーザー数が米国に次いで日本が世界2位のXも含め、ほとんどのプラットフォームは、いずれも広告ライブラリの対応がデジタルサービス法の対象国となるEUの27カ国と、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを含む欧州経済領域(EEA)、もしくはさらに英国とスイスを加えた32カ国に焦点が絞られている。
リンクトインは約250の国・地域に対応しているが、なぜか日本は含まれていない。独ザランドは、広告ライブラリのサイトに不具合があるようで、対応国の検証ができない。
欧州以外の、日本を含む大半の国々は、モジラ財団が「不十分」と指摘したネット広告ライブラリ提供の、対象にすらなっていないのだ。
日本のLINEヤフーはどうか。
日本では、偽情報対策に特化した法整備はまだない。ただ、競争政策上のプラットフォーム規制法「デジタルプラットフォーム取引透明化法」では2022年10月、規制対象として、それまでのオンラインモール(アマゾン、楽天、LINEヤフー)、アプリストア(アップル、グーグル)に加えて、広告デジタルプラットフォームとして、グーグル、メタ、LINEヤフーを指定し、広告に関する透明性の向上を求めている。
だが同法では、広告ライブラリの設置までは義務付けていない。
LINEヤフーでは、広告取引の透明性の取り組みとして、「透明性レポート」なども公開しているが、広告ライブラリは見当たらない。
[※情報開示:筆者が運営委員を務める日本ファクトチェックセンターは、Google.org、LINEヤフー、Metaから資金援助を受けている]
(※2024年4月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)