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「男性器の挿入が条件はおかしい」性犯罪の刑法改正から3年、取り残された課題とは

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
岡田実穂さん(本人提供)

明治40年から110年ぶりに改正された「性犯罪」に関する刑法。それまで性暴力の被害者は「女性」のみとされていたが、性別にかかわらず適用されることになった。

しかし「実際には性差がなくなったとは言い切れない」と語るのは、性的マイノリティの性暴力被害支援に関わる「Broken Rainbow- japan」の岡田実穂さん。

2017年の法改正の際に「3年の見直し規定」が設けられた。今年6月から、法律を見直す検討会が行われている。

岡田さんは「男性器の介入を要件としないこと、手指器具による性暴力も規定すべき」だと話す。

なぜ2017年の法改正では、性差が撤廃されたと言い切れないのだろうか。

「性器規定」の撤廃、「手指器具等」の規定を

刑法改正により「強姦罪」は「強制性交等罪」に変わり、最低量刑が3年から5年に引き上げられた。

それまでは、被害者みずからが被害を訴えなければ加害者を処罰できないため、逆恨みなどを恐れ、訴えることが難しい状況が続いていた。

法改正で「非親告罪」に変わり、強盗などと同じく、被害者が意思を示しているかどうかにかかわらず処罰ができるようになった。

また、性暴力の被害は「女性」のみと定義され、適用範囲は「膣に対する男性器の挿入」に限られていたが、強制性交等罪に変わったことで、肛門や口腔内に男性器を挿入される/させられることも対象になった。

これにより性差が撤廃され、被害者の性別が問われなくなったと言われている。

附帯決議でも「被害の相談、捜査、公判のあらゆる過程において、男性や性的マイノリティに対して偏見に基づく不当な取扱いをしないことを研修等を通じて徹底」という内容が明記された。

しかし、岡田さんは「これでは性差が撤廃されたとは言えない」と話す。

「例えば、『口に男性器を無理やり挿入される』ということがあった場合は強制性交等罪になりますが、『女性器に"舌"を入れられた場合』は強制性交等罪にはあたらないことになってしまいます。ここに違いを設けるのはなぜでしょう」

性暴力全般において、必ずしも被害は男性器を挿入されることだけではない。特に性的マイノリティの被害は、男性器が介在しないこともある。

今の規定のままでは、指や器具を入れられたとしても、強制性交等罪には当たらないことになってしまう。

「場合によっては男性器よりも、割り箸やナイフなど、より危険なものによって傷つけられたとしても、強制性交等罪には当てはまらないことになってしまいます。

男性器の介入が要件になっているこの『性器規定』を撤廃し、『手指器具等による性暴力』を規定すべき」と岡田さんは話す。

限定的な「性交」の範囲

なぜ男性器が要件となってしまっているのか。岡田さんは「”性器主義”になってしまっている点が問題」と指摘する。

「セックス、つまり『性交』というのは膣に陰茎を入れることだけを指している点に問題があります。

法改正により『強制性交等罪』になりましたが、あくまでも肛門や口腔への男性器の挿入は、『性交』である膣への挿入とは別だ、という意味で『等』がついているようです」

こうした基準は「実際に起きている性被害を軽視、矮小化してしまっています」と話す。

もちろん男性器が介在しない性暴力も、強制わいせつ罪や傷害罪にあたる可能性はある。

しかし、「性器がよくある形と似ていないことや、手指器具等による被害であることで、何が変わるのか、どこに違いがあるのかが分からない」と岡田さんは疑問を投げかける。

「(違いを設ける理由の一つとして)”妊娠可能性”というラインがあるのかもしれませんが、前回の法改正で男性の被害者も含まれることになり、肛門や口腔への挿入も適用範囲になりました。だとしたら、妊娠可能性が理由にはなりません。

挿入するものは男性器だけだという前提では、被害の実態に即しているとは言えないのです」

性器の形で判断することのリスク

さらに、岡田さんは「そもそも性器とは何か」という点を指摘する。

「例えば、トランスジェンダーの男性が、ホルモン治療によってクリトリスが肥大化した状態であった場合、または排泄のためのミニぺニスを形成している場合も、『男性器ではない』と判断され、該当しないそうです。しかし”完全な状態”で陰茎形成術を施していれば、『似ているから』という理由で適用されます。」

こうした性器で判断すること自体に、岡田さんは「あまりに人の身体を馬鹿にし、性の多様性を無視している」と話す。

「性器規定により、性暴力の被害者の中には『自分の身体の状態は、マジョリティのいう”性被害”にあたらないのでは』と思ってしまう人もいます。また、被害を訴えることで『自分の性のあり方が社会に暴かれてしまう』という不安から、自分の被害を訴えることができなくなってしまうのです

また、膣に陰茎を挿入することを”性交”とする規定は「そうではない形のセックスをしている人に対して『あなたたちのセックスは、セックスではない』と言うことにもなってしまいます」

「男性器の挿入だけを想定することは、性的マイノリティの人たちが多くの場合、この要件に当てはまらないことになってしまうのです。」

韓国では、性暴力の構成要件を「口腔、肛門等の身体の内部に性器を入れ、又は性器、肛門に指等の身体の一部又は道具を入れる行為をした者」としている。他の国々でも「性的行為」や「性交を含む性的接触を行う性的暴行」などと明記しているという。

岡田さんは「男性器の挿入と、手指器具等を分けて規定し、手指器具の中にも、より危険なナイフや拳銃といった所で分ける国もあります。日本のような”性器主義”の一辺倒という国はあまり聞いたことがありません」

「(他の要件も含め)2017年の刑法改正で、多少世界の基準に追いついたとはいえ、依然としてレベルが低い状態です」

被害を訴えづらい現状

今月4日には、元中学校教師の男性らが、男性に睡眠薬を飲ませ性的暴行を加えた疑いなどで逮捕されたというニュースが報じられた。被害者は100人以上にのぼるという衝撃的な事件だ。

岡田さんはこの事件についても「そのうち何人が今後被害について名乗り出れるのか、それは社会の受容度にかかっています」

特に性的マイノリティの場合は、被害を訴えることが、例えば同性との性行為があったということの公表、つまりカミングアウトに繋がってしまう。これを恐れて被害を相談できないというケースも多いという。

他にも、DV被害のケースなどでは、加害者が同性パートナーである場合、被害を訴えることが加害者の「アウティング」に繋がってしまうことから言えないということもある。

「多くの性暴力支援団体は、”女性の性暴力被害”を前提としている所が多く、男性や性的マイノリティの相談が断られてしまうこともあります。2017年の法改正の附帯決議によって多少改善は見られましたが、まだ(断るところは)残っているようです」

数を比較する問題ではない

女性の性暴力被害のうち警察に訴えられているケースはごくわずかであるように、そもそも女性の被害も訴えづらい現状。性暴力の被害者は女性、加害者は男性が多いというのも事実だ。

しかし、岡田さんは「マイノリティ同士で数を比較すること自体が問題」だと話す。

「女性の被害が多く、大変なのはその通りです。でも、実際に被害にあった人はその人の性のあり方が何であれサポートが必要で、被害の大小を比較する話ではありません。比較するのは支援者側、社会側の勝手な視点の問題です。

被害にあった人たちに適切なサポートがある社会にしないといけない。孤立しないようにしないといけない。そう思ったときに、誰が多いという話ではなくて、”誰もが被害にあう可能性がある”という前提に立たなければいけません」

前回の法改正の際に「男性も性的マイノリティも被害に含まれる」と報じられたが、これについて岡田さんは「実際には守られていないのに、多様性を担保するフレーズとしてのみ”LGBT”といった言葉が使われてしまうことがある」と警鐘を鳴らす。

「性暴力被害の実態を見れば、加害者が被害者の”弱者性”や”脆弱性”を狙ってくることは明白です。女性や子ども、性的マイノリティや障害者、こうした社会的マイノリティが狙われるのは、そこに差別構造があるから。

この脆弱性のある社会構造こそ考えなければならない問題ではないでしょうか」

性暴力の問題と性的マイノリティの関わりについて話す際、「『LGBT』と『(シスジェンダー・異性愛者の)女性』のどちらを優先するかという対立構造のように語られることがありますが、それは違います」と岡田さんは話す。

性的マイノリティだけでなく、女性の性被害においても、男性器が介入しない形での暴力もある。

男性器の介入という『性器規定』を撤廃し、『手指器具等による性暴力』を規定することは、「女性」を含む、さまざまな性のあり方を持つ人たちの性暴力被害の実態を捉え、適切に対処するために必要な要件だ。

「もっと自分たちが考えるよりも広く性暴力を捉えるべきです。一つの法律の中で、一部の人たちが排除されてしまう状態は止めなければいけない。

全ての人のための法律が、一部を排除してしまっているというのは人権侵害なわけですから、法律の抜け道を埋める作業をしなければいけないと思います」

検討会で議論を

「性器規定」の撤廃と「手指器具等による性暴力」の規定以外にも、今回の刑法の見直しにおいて、検討が必要な要件はたくさんある。

例えば、性暴力被害者が”抵抗できなかった”ということを証明しなければいけない「暴行脅迫要件」の撤廃や、パートナーなど親密な関係性における性暴力(IPV)を規定すること。性交同意年齢の引き上げや、監護者からの性暴力について、親などだけでなく医療従事者や教師などの”優位性”を利用することに対して規制をかけるべきだという議論もある。

ただ、岡田さんは、「検討会の委員の方々の中でも、性器規定の撤廃と手指器具等の規定にあまり関心がない人が多いことに懸念を感じています」と話す。 

今回の法律見直しの検討会で議論されなければ、今後具体的に進んでいく法改正の際に、加えられることはない。

そこで、岡田さんらは9月23日(水)に緊急院内集会「想定されず、軽視される被害 被害の実情を反映した法制度を」を開催する予定だという。

集会では、性的マイノリティの性暴力に関する実情の解説や、強制性交等罪改正への要望だけでなく、性的マイノリティの性暴力被害当事者からのスピーチも予定している。

院内集会は9月23日(水)14時から、参議院議員会館B104で行われる。

緊急院内集会「想定されず、軽視される被害 被害の実情を反映した法制度を」
緊急院内集会「想定されず、軽視される被害 被害の実情を反映した法制度を」

性暴力に関する相談は、内閣府「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」一覧へ。

Broken Rainbow- japanでもメールでの相談を受け付けている

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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