Yahoo!ニュース

金与正氏演出?前代未聞「未明パレード」――正恩氏「住民ねぎらい」演説/新型ICBMで「軍事強国」誇示

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
10日未明に開かれた軍事パレード=朝鮮中央テレビの映像より筆者キャプチャー

 北朝鮮は朝鮮労働党創建75周年記念日(10日)の大規模パレードを「未明」に実施するという異例の対応を見せた。国連制裁や新型コロナ対策の国境封鎖、水害・台風被害による困難に向き合う中での開催とあって国威発揚を主眼に置いた内容だった。一方、そんな中でも自国は「軍事強国」である点を強調するため、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を表に出して、軍事力向上も誇示した。

◇10日未明に開催

 北朝鮮はこれまで軍事パレードを午前10時前後に開始してきたが、今回は異例の未明開催となった。朝鮮中央通信は10日夜、「10日零時に開かれた」と伝え、北朝鮮専門の米ニュースサイト「NKニュース」も「おそらく深夜から午前2時の間に開かれた可能性がある」とみている。

 未明の開催には、演出効果を狙ったとの指摘がある。国営朝鮮中央テレビには、花火や発光ダイオード(LED)を駆使した派手なネオンに加え、ドローンや航空機などによる空中からの映像が多数映し出されていた。

 朝鮮労働党は8月13日に開いた党政治局会議で「すべての祝賀行事を、最上の水準で、特色あるものになるよう準備し、党創立75周年に立派な贈り物として出せる大政治祭典とするため対策を講じた」と伝えられていた。

 今回の演出に、金委員長の実妹、金与正・党第1副部長がかかわっている可能性がある。金与正氏は7月10日の談話で「数日前、テレビで見た米国の独立記念日行事に対する所感を伝えようと思う。可能であれば、今後、記念行事を収録したDVDを個人的にぜひ手に入れようと思っている」と表明していたためだ。

 米国では独立記念日に合わせて盛大な花火大会などの行事が開催されている。北朝鮮が今回の行事の参考にした可能性があり、米国を意識した演出を前面に出すことで米国に前向きなメッセージを送ろうとしたという推測も成り立つ。

◇金委員長演説は抑制的内容

 軍事パレードを前に、金委員長が演説に臨んだ。金委員長は人民服ではなく、祖父・金日成国家主席を意識するかのようにグレーのスーツに身を包んでいた。

 演説では、新型コロナや水害・台風に苦しむ住民へのねぎらいに力点を置き、「感謝」という言葉を多用した。

 新型コロナに言及した部分で、金委員長が語気を強めて「一人の陽性被害者もなく、みなが健康でいてくれ、本当にありがとう」と叫ぶと、広場には「万歳」の声がとどろいた。また、演説の途中で涙声になり、「栄光の夜に彼ら(防疫現場と災害復旧現場で苦労する将兵)と一緒にいることができず、心痛い」と述べる場面もあった。

 さらに「この瞬間にも、新型コロナウイルスと戦っている全世界の人たちに、温かい心を送り、幸せな笑いが守られることを切に願っている」と述べ、国際社会との連帯を強調した。

 一方、安全保障に関しては「戦争抑止力を引き続き強化する」と主張。ただ「これを濫用したり先制的に使用したりするようなことはない。誰かを狙って戦争抑止力を高めているのではない。自分たちを守るためだ」と念押しした。そのうえで「いかなる勢力であれ、われわれの国家安全を損ねるならば、最も強い攻撃的な力を、先制的に総動員して報復する」と強調した。

 米国を念頭に置いた発言とみられるが、トランプ米大統領との良好な関係を意識してか名指しをすることはなかった。

 また韓国に向けては、新型コロナに言及しながら「南側の同胞にも温かい心を伝える。危機が克服され、北と南が手を取り合う日が来るのを願う」と述べ、融和ムードを演出した。

◇新型ICBMは公開

 演説後の軍事パレードでは、新型ICBMが披露された。これまでのICBM「火星15」型に使われた移動式発射台(TEL)の車輪の軸は9だったが、今回は11に増えており、射程距離を長くした様子がうかがえる。

 また新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も公開され、テレビ映像に「北極星4」という文字が浮かび上がった。

 パレードの最後に巨大な新型ICBMが登場すると、金日成広場の住民たちはみな身を乗り出して歓声を上げた。新型ICBMが見えなくなってパレードが終了すると、金委員長は満足げな表情を浮かべ、主席壇のバルコニーを歩いて参加者に手を振り、右手で拳をつくったりして笑みを浮かべていた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事