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農薬から「永遠の化学物質」 食品への残留懸念 米国で問題に

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

発がん性が強く疑われている化学物質「有機フッ素化合物(PFAS)」の水道水への混入が日本各地で問題となっているが、米国では飲み水への混入に加えて新たに農薬の原料として使われている可能性があることが相次いで報道され、環境や人への影響を心配する声が一段と高まっている。連邦政府や州政府は規制強化に乗り出した。

幅広い用途

PFASは水や油をはじく特長を備えていることから、フライパンなどの調理器具や食品の保存容器、衣類、化粧品など様々な日用品に使用されている。また、半導体や、飛行場で使用される泡消火剤の製造にも使われるなど、非常に幅広い用途がある。

だが、何らかの経路で人の体内に入ると長期間、体内にとどまり、がんや免疫機能の低下、脂質異常、胎児の発育不全など人の健康に様々な影響をもたらす恐れがあることが多くの研究者によって指摘されている

また、その極めて分解しにくい性質のため、工場などから排出されると、地下水や河川、土壌に何十年単位で滞留することが確認されている。こうした特徴から「永遠の化学物質」とも呼ばれている。

「人に対して発がん性がある」

PFASは5千種類とも1万種類とも言われているが、世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)は、特に毒性の強いPFOAとPFOSについて発がんの危険性(ハザード)を評価し、昨年12月1日に結果を発表した

会議は11月7~14日、フランスのリヨンで開かれ、世界11カ国から30人の専門家が集まり議論した。その結果、PFOAは最も危険性が高い「グループ1」(人に対して発がん性がある)に分類、PFOSは3番目に危険性が高い「グループ2B」(人に対して発がん性がある可能性がある)に分類された。

PFOAについては動物実験に基づいた十分な証拠に加え、人が曝露した場合に遺伝子の発現が影響を受けたり免疫力が低下したりする発がんのメカニズムが確認できたと説明。さらに、腎細胞がんや精巣がんとの直接的な関連を示す証拠もあったと述べている。

PFOSに関しては、発がんのメカニズムは明確に確認できたものの、動物実験に基づく証拠は必ずしも十分ではなく、がんとの直接的な関連を示す証拠は不十分だったと説明した。

水道水だけではなかった

PFOAとPFOSは日本も加盟する「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」で、すでに製造や使用が原則禁止となっている。

しかし、その分解しにくい性質ゆえ、今もそれらによる地下水や河川の汚染が人の健康に影響を及ぼし得るレベルで続いている。日本でも汚染地域の住民の血液から高濃度のPFASが検出されている

PFASが人の体内に入る経路はこれまで、主に井戸水や水道水、PFASを原材料とした調理器具やプラスチック製の食品保存容器などが指摘されてきた。

しかし、実はそれだけでなく、農業に利用される農薬にもPFASが成分として含まれている場合があり、その農薬が残留した野菜や果物を口にすることで体内に入る可能性があることが、米国で最近、報道されるようになってきた。

トウモロコシなどから高濃度で検出

例えば、テキサス工科大学の研究チームが農務省の実験圃場(畑)を調べたところ、いずれも平均でトウモロコシから3230ppt、さや豆から4260ppt、落花生から407pptの濃度のPFOSが検出された(1pptは1兆分の1)。

単純比較はできないが、環境保護庁(EPA)が2022年に水道水の安全性の目安として定めた0.02pptの数万倍から数十万倍にあたる。

PFOAもトウモロコシから349ppt、さや豆から176ppt、落花生から162pptの濃度で検出された。これもPFOAの水道水における安全性の目安である0.004pptの数万倍だ。

土壌に残留した農薬が原因か?

また、圃場内に保管されていた10種類の希釈前の農薬を調べたら、6種類から検出限界を上回る濃度のPFOSが検出された。濃度は392万~1,920万pptだった。他のPFASは検出限度以下だった。

6種類のうちの1種類は日本でも使用量の多いネオニコチノイド系殺虫剤のイミダクロプリドで、検出濃度は1,330万pptだった。

圃場内の水や化学肥料からはPFASが検出されなかったため、研究チームは過去に散布された農薬が土壌に残留し、それを植物が吸い上げた可能性が高いとみている。実際、最高1,720pptの濃度のPFOSが検出されるなど、何種類ものPFASが土壌に残留していた。

PFASの問題に取り組む市民団体PEERが、メリーランド州政府が蚊を駆除するために使用している殺虫剤を調べたところ、3,500pptの濃度のPFOAが検出された。マサチューセッツ州など他の州で使われている別の種類の殺虫剤からもPFASが検出されている。

12種類のPFASをリストから削除

EPAは2022年12月、農薬に使用できる添加物のリストから12種類のPFASを削除すると発表した

農薬は主に、主成分である有効成分と有効成分の効き目をよくするための添加物からできている。有効成分は表示義務があるが、添加物は原則、表示義務がない。このため、実際にどんな化学物質が使われているかは製造元しかわからない。

12種類以外にも農薬として使用可能なPFASはまだ数多くあるとみられ、市民団体は情報開示を求めている。

農薬からPFASが検出されるのは、農薬の保存容器からPFASが溶け出して農薬に混入するケースもあるとみられている。いずれにしても、農薬を使用することにより農作物がPFASで汚染される点では同じだ。

メーン州など全面禁止へ

欧州連合(EU)がPFASの全面禁止を検討していると報じられている一方、米政府は規制強化こそしているものの、全面禁止を検討するまでには至っていない。ただし、州レベルでは大幅な規制強化に動き始めている。

例えば、メーン州ではPFASを原材料に使用したあらゆる製品の販売を2030年から原則禁止する州法が成立。対象の中には農薬も含まれている。

ミネソタ州でも2032年までにPFASを使用した製品を原則禁止する州法が昨年成立した。同法は、PFASが原因の可能性がある繊維層状肝細胞がんを発症し、昨年4月に20歳でこの世を去った女性が亡くなる直前に行った必死の議会証言が成立の決め手となったことから、彼女の名前をとって「アマラ法」と名付けられた。

ニューヨーク州でもPFASを使用した調理器具や化粧品、カーペットなどの販売を禁止する法案が議会に提出されるなど、各州で具体的な規制強化の議論が活発化している。

日本は実態調査も含めた国や自治体の対応が欧米に比べて明らかに遅れており、国民の健康への影響が懸念される。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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