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賃金だけじゃない!? あらゆる待遇に関する「非正規差別」は違法(解説)

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:Paylessimages/イメージマート)

 先日も、パート・アルバイトなどのシフト制の非正規雇用労働者90万人が、一切の休業手当を支払われないまま、事実上の失業状態に置かれていることが明らかになり、「見えない失業」として話題になったばかりだ。

参考:パート・アルバイト女性「見えない失業90万人」の孤立

 また、二度目の緊急事態宣言下において、テレワークへの移行についても「非正規差別」が多発している。正社員はテレワークに移行したが派遣社員は今もフル出勤といった職場が少なくない。

参考:派遣は「出勤者7割」にカウントされない? 正社員の分まで働かされる理不尽さ

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、こうした「非正規差別」に納得がいかないという当事者から、差別是正を求めるための法的根拠や方法について多くの問い合わせがある。

 そこで、今回は、「非正規差別」に立ち向かうための法的根拠と方法について、紹介していく。

「同一労働同一賃金」という言葉が生む誤解

 雇用形態による差別の法的規制に関して最も有名な言葉は「同一労働同一賃金」だろう。「同一労働同一賃金」とはその名の通り、同一の労働であれば、同一の賃金を支払わなければならないという原則を示した言葉だ。とてもシンプルで分かりやすいため、この言葉が持つ啓発の効果は大きい。

 他方で、「同一労働同一賃金」という言葉だけが独り歩きすることで、賃金に関する差別は違法だが、その他の労働条件に関する差別は禁止されていないという誤解が広まっている。

 労働相談の現場では、「非正規雇用の社員にも平等にテレワークを認めてほしい」と訴えたら、上司や人事労務担当から、「賃金以外のことについては雇用形態によって異なる取り扱いをすることに問題は無いから、会社の指示に従ってもらいます」と言われたという趣旨の相談が複数件寄せられている。

法律はあらゆる待遇について差別を禁止している

 だが、実は「同一労働同一賃金」を根拠づけるパートタイム・有期雇用労働法は、賃金だけでなく、あらゆる待遇について不合理な差別的取り扱いを禁止している。具体的な条文は下記の通りだ。

短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)

(不合理な待遇の禁止)

第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

 また、派遣法第三十条の三や派遣法第四十条では、それぞれ派遣元事業主の「不合理な待遇の禁止等」と派遣先事業主の「適正な派遣就業の確保等」が定められおり、派遣労働者についても、あらゆる待遇について不合理な差別的取り扱いが禁止されている。

 このように、雇用形態による差別(不合理な格差)は、賃金だけでなく、あらゆる待遇面について法律で禁止されているのだ。

 さらに、パートタイム・有期雇用労働法第十四条二項によれば、事業主は、雇用している非正規雇用労働者から求めがあれば、正社員等との待遇の相違の内容や理由等について説明しなければならないとされている。

「非正規差別」を無くすためにできる具体的な行動

 では、以上の法律を踏まえ、非正規雇用は待遇格差についてどのような権利行使ができるだろうか。

 上述の規定にもとづいて、事業主に対して、正社員等との待遇格差の内容や理由等について説明を求めることができる。そして、事業主によるその説明が合理性を欠いていれば、不合理な差別的取り扱い=法律違反に当たるため、改善を求めることができる。

 まず、テレワークについての相談事例から具体例をあげてみよう。

 事務職で働く契約社員のAさんは、同じ部署の正社員がテレワークに移行しているにもかかわらず、出勤を命じられたうえ、正社員が在宅ではできない仕事を代わりに行うように指示されている。

 このケースでは、まずAさんは会社に対し、テレワークに関する待遇格差の理由の説明を求めることができる。そして、その理由が不合理なものであれば、違法行為にあたる可能性があり、Aさんは強く格差是正を会社に求める権利がある。

 次に休業補償に関する差別の例についてはどうか。

 飲食店で働くパート労働者のBさんは、緊急事態宣言中、店舗が一時閉鎖となるのに伴って、休業を命じられた。会社からは「正社員には休業手当を全額支払うけど、パート・アルバイトには休業手当を平均賃金の6割(労働基準法が定める最低限度の額)しか出せない」と言われている。

 このケースでは、Bさんはこの理由を会社に尋ねる権利があり、会社が合理的な理由を説明できなければ、不合理な待遇格差であり違法である可能性が高い。そうだとすれば、正社員と同様、休業補償を全額支払うべきだと、よりいっそう主張しやすくなるだろう。

労働組合には使用者の報復行為を「抑止」する力がある

 だが、こうした権利を行使することで、仕事を続けなられなくなることを心配する人も多いだろう。法律の上では正しい主張であると確信していても、報復的に雇い止めにされたり、職場に居づらくされたりする恐れを感じて、現実にはそれを強く主張することが難しいということが少なくない。

 使用者による報復、不利益な取り扱いという現実のリスクが、非正規雇用労働者を黙らせてしまうのだ。

 こうした、立場の弱い労働者のこうしたジレンマを解決するために、「労働組合法」という別の法律が存在する。労働組合は、ユニオン(個人加盟の労働組合)など労働組合に団体交渉権・団体交渉権という特別な権利を付与している。

 労働者個人が使用者に対して労働条件の改善を強く要求をすると、報復を受けるリスクが高いし、報復から労働者を守る手段が限られている。だが、ユニオンでの要求や交渉であれば、それを理由とした不利益な取り扱いが法律で明確に禁じられているうえ(労働組合法第七条一項)、行政機関である労働委員会による指導・命令の対象にもなる。

 そのうえ、多くのユニオンは、SNSやマスコミ等を通じた宣伝・情報発信によって、使用者の法違反を「抑止」する力を持っている。もしも使用者側が声をあげた労働者に対して不利益な取り扱いすれば、違法行為をしていると社名を公表して宣伝・情報発信をして対抗するのだ。

 使用者側もこうしたユニオンの「闘い方」を知っているため、迂闊には報復行為ができなくなる。こうして、個人交渉とは異なり、ユニオンを通じた交渉の場合、使用者の報復行為は強力に「抑止」されるのだ。

 だから、非正規雇用労働者がユニオンに加盟して「非正規差別」を無くすための要求・交渉を使用者と行うことは、無謀なことでは決してない。このように「労働組合法を活用する」ことが、「パート・有期労働法」を活用していくための一つの手段だ。

 こうした法律に基づいた労使交渉に関心のある方は、以下の記事を参照してみてほしい。

参考:テレワークの「導入」を会社にどう求めればいい? 実際の成功事例から学ぶ

「社会的なキャンペーン」として「非正規差別」と闘う方法

 ここまで、主として「非正規差別」に遭っている当事者が職場で差別を是正させるための方法を解説してきた。

 だが、これだけでは「非正規差別」を無くすための取り組みとしては不十分だろう。というのも「非正規差別」は、数十社、数百社といった規模の問題ではない。個別企業との交渉だけで解決できるような問題では到底ないからだ。

 この社会の広範に深く浸透した「非正規差別」を根絶するためには、当事者による雇用主に対する権利行使と同時に、「社会的なキャンペーン」として展開していく必要もある。

 ここでいう「社会的なキャンペーン」とは、特定の職場や雇用主の問題としてではなく、社会問題として広く情報発信したり、国や経済団体へ働きかけたりすることなどを通じて、多くの人を巻き込む取り組みのことである。

 こうした「社会的なキャンペーン」として「非正規差別」に抗議する取り組みも、実はすでに始まっている。

 まず、本日1月29日(金)には、20時から21時半まで、Twitterデモ「#非正規差別を許さない」が企画されている。この時間帯に #非正規差別を許さない というハッシュタグをつけたツイートをするというものだ。

 さらには、同時間帯に、個人加盟の労働組合である総合サポートユニオンが、匿名で参加できる緊急のオンライン集会「#非正規差別を許さない」も企画しているという。「非正規差別」に遭っている当事者はもちろん、当事者以外でも「非正規差別」を無くしたいと考えている人ならば誰でも、気軽に参加できる(参加方法の詳細は以下のブログ記事を参照してほしい)。

Twitterデモとオンライン集会に関する総合サポートユニオンのブログ記事

 また、「テレワーク差別」を無くすことを呼びかけるオンラインでの署名活動もスタートしている。

「非正規雇用労働者等にもテレワークを認めてください!テレワークの不合理な差別を無くしたい」

 総合サポートユニオンによれば、このオンライン署名が一定数集まった時点で、厚生労働省や日本経済団体連合会に署名を提出するとともに、すべての企業に対して「テレワーク差別」を行わないよう指導することや、指導に従わない企業の名称を公表することなどを要請する予定だという。

 このように「非正規差別」を無くすための取り組みが始まっているが、こうした活動にはだれでも参加できる。Twitterデモの呼びかけをしたり、オンライン集会の運営をしたりと、多くの非正規や、彼らを支援したい人たちがかかわっている。

 多くの人々が非正規差別問題に積極的にかかわっていくことを期待したい。

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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