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書評:S. ホリグチ他編著 『日本の外国語教育』

寺沢拓敬言語社会学者

先日、日本教育学会の英文誌 Educational Studies in Japan Vol. 11 (2017) が発行された。

私は同号で以下の本の書評を寄稿させて頂いた。

Sachiko Horiguchi,Yuki Imoto,Gregory S. Poole. '''Foreign Language Education in Japan: Exploring Qualitative Approaches''' Sense Publishers. 2015.

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社会と外国語教育の関わりに興味を持つ人(とくに院生や研究者)にオススメしたい本である。というわけで、こちらでも簡単に紹介したい。

テーマは、書名の通り、日本の外国語教育である。計13名の人類学者(あるいは人類学のトレーニングを受けた応用言語学者)が寄稿している。このラインナップこそが、最大の売りであると思う。すべての論文が例外なく、人類学での標準であるエスノグラフィー(あるいはそれに準じる質的研究手法)をとっている。

なぜこれが画期的なのか「ソトの人」向けに少しだけ解説する。外国語教育研究・応用言語学は、伝統的に量的研究かつセオリー天下り型の研究が支配的な分野であり、人類学的な「質的かつセオリー生成型」の研究というのはほとんど行われてこなかった。

近年こそ、その反省にたった質的研究やフィールドワークが(特に欧米を中心に)流行りはじめている。しかし、個々の質的研究論文を読んでも多くの場合「うわあ・・・きついな・・・」という印象しかない。

もちろんほとんどの研究は、質的研究マニュアル等の手順を厳密に守っていて、一応、論文としての体裁は完璧。しかし、人類学者・人類学の院生にとってはごく当然のような「フィールドワーカーとしての覚悟」があまり感じられない。お手軽なインタビューや授業参観の記録がほとんどである。以前、某英語教育系の学会の質的研究を調べたところ、パーティシパントとの接触が数時間未満のものが大半で、呆れてしまったこともある。

ただまあ、こうした「お手軽」研究になってしまうのは研究者の能力やメンタリティの問題だけでなく、構造的問題もあるだろうが。つまり、質的研究の体系的トレーニングを受ける機会がないまま、学位取得のような差し迫った目的に対応せざるを得ないという状況が、この業界にはしばしば存在する(詳細はきな臭くなるので省略)。

前述の通り、この本の多くの章は人類学者が書いてるので当然ながらそういう「だらしなさ」が伝わってこなくて読後感がとても良い。

内容紹介

特に外国語教育研究者が参考にすべきだと思われる章はたとえば以下。

2章 Homeland Education in a New Home

日本語補習校を対象にしたもの。現地のニーズと文科省のニーズ(あるいは理念、イデオロギー)との板挟みの中で各アクターがどのように打開策/妥協案を模索しているのかを描く。

5章 Bringing a European Language Policy into a Japanese Educational Institution

日本の大学語学教育では、しばらく前から欧州評議会によるCEFR(ヨーロッパ共通言語参照枠)が大いに注目を集めている。本章は、その中でも比較的早い時期にCEFRを導入した大学でのフィールドワークの成果である。このような「舶来品」がなぜ魅力的な教育パッケージとして理解されたのか、関係者の証言を分析しながら検討している。

6章. Effecting the “Local” by Invoking the “Global”

国内の2つの「日本的」なインターナショナルスクール/イマージョンスクールのエスノグラフィー。調査対象の2校とも仮名になってるがググればわかるレベルの記述満載。群馬と沖縄。

理念的にはどんなに「グローバル/国際的」なものを追求したくても、ローカルとの力学との衝突で「日本的グローバル」に屈折させられてしまうという話が悲喜劇テイストで書いてある。痛快。ただ、ちょっと皮肉が効きすぎじゃないかと読んでるこっちがなぜかハラハラしてしまった。

8章 Two Classes, Two Pronunciations

日本で英語教育を受けた人ならおそらく多くの人が経験している「発音をめぐるアイデンティティポリティクス」の研究。短大英文科の学生を対象にしたエスノグラフィー。同じ人物の英語発音が授業によって一転するという「謎」を検討している。つまり、ある授業ではみながネイティブライクの発音を志向しているが、別の授業では典型的な日本人英語に変わるのはなぜか、という話。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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