「ブラック企業、辞めました」奪われた“人生“は取り戻すことができるのか
「ブラック企業」という言葉は、いまや誰もが知るところだろう。しかし、ブラック企業を辞めた後のことは意外と知られていない。
ブラック企業は、被雇用者のその後の人生に悪影響を及ぼす。最たる例が、うつ病などの精神疾患を発症し、就労困難な状態に陥るパターンだ。加えて、現在社会問題になりつつある「中高年引きこもり」も生み出している。ただし、中には能力や特技を生かし、ブラック企業を辞めた後に人生を好転させている人もいる。
本記事では「ブラック企業を経験した人のその後」について紹介していく。
■精神疾患を発症、5年経っても社会復帰が難しい
最初に紹介したいのは、大手コンビニフランチャイズ店舗で正社員として働いていた田中(仮名)さんのケースだ。
求人で出ていた賃金は18〜32万円という条件、福利厚生も充実していることにも惹かれた。しかし、実際には各種社会保険への加入はなく、休憩はほとんど取れない。休日は2週に1日で、月200時間近い過労死レベルの超長時間残業を課され、「おでん」を自腹で100個購入するなどのいわゆる「自爆営業」も行われていた。
入社4年目にとうとう限界を迎え、心療内科を受診。精神疾患の診断がおりた。
ところが、会社は休職を許してくれる雰囲気ではなく、働き続けた田中さんが治療薬の副作用によってパニックになり、倒れたのはその後すぐだった。結局、休職をして実家近くの精神科病院に入院し、会社を退職せざるを得なくなってしまった。
現在は、実家に帰り、親と暮らしながら療養している。退職後約5年経過したいまも、病状は回復していない。焦りが募り、職業訓練校に申し込もうとしたが、不眠などうつの症状によってあきらめざるを得なかった。長時間労働や売り上げノルマの記憶がフラッシュバックしてしまうのだ。
これだけ働いても、辞めたときの月給は額面で22万円(基本給18万円、業務手当2万円、役職手当2万円)にすぎなかった……。
社会復帰したい気持ちは強いものの、体調が悪すぎて復帰できず、自分を責める悪循環。精神状態も乱高下しており、精神科病院への短期入院を繰り返したり、自宅にて自殺未遂も起こして救急搬送されたりすることもあるという。
田中さんは次のように語る。
「被害で一番大きいのは、人格否定などにより『人間不信』になってしまったことです。退職後、携帯電話に入っていた連絡先を全て消してしまいました。誰とも関わりたくない、誰にも知られていない、何者でもない存在になりたいと思い、実家に引きこもらざるを得なくなってしまいました。
一時、引きこもり経験者の当事者会などに参加しましたが、そこでも人を信じることができず、人と話すのにものすごく神経を使うようになり、人と関わった後に疲労しやすくなってしまいました」
いまでもひどいときには、「社会から消えたい」気持ちになってしまうという。社会復帰の目処は立っておらず、今後の人生の出口が見えない状況が続いている。
■「中高年引きこもり」の温床に
田中さんの事例は、過酷な労働に「耐え続ける」リスクの大きさがよくわかる。
また、こうした労働環境の過酷化は社会問題となりつつある「中高年引きこもり」の遠因でもある。ブラック企業が「引きこもり」を生み出しているのだ。
実際に、2018年に行われた内閣府の「中高年のひきこもり調査」の結果によれば、そもそも「ひきこもりになったきっかけ(複数回答)」は、仕事に関係する理由が多数を占めている。最も多かった回答は「退職」36.2%であり、さらに「人間関係がうまくいかなった」21.3%、「病気」21.3%、「職場になじめなかった」19.1%と続く。「ひきこもり」の一般的イメージとは異なり、「一度も働いたことがない人」は2.2%と少ないのである。
■語学力がアダになる
まず、ブラック企業によって困難な状況に追い込まれてしまう事例を紹介したが、中には特別な能力で転職したり、ブラック企業と闘ったことが、人生の新たな契機になったりした人もいる。
鈴木(仮名)さんは東京外国語大学卒業後、番組制作会社のアシスタントディレクター(AD)として就職を決めた。ドキュメンタリーなどを制作する会社なら、自分の語学能力を生かした面白い仕事ができると期待していたのだ。しかし、待っていたのは長時間労働やパワーハラスメント、暴力が横行する過酷な労働現場だった。語学能力は、海外とのやりとりなど余計な仕事を任される口実となった。「他の人の1.5倍は働かされ、語学ができる自分を恨んだ」と振り返る。休日はただベッドで眠るだけだった。
仕事上のミスをきっかけに「お前は無能なADだ」「役に立たないカスだ」などの暴言を伴う暴力を受け続けた結果、「自分はなんて無価値な人間なんだと絶望し、生きていても仕方がないのではないか」と考えるようになった。
入社して間もない頃は、大人が大人を本気で殴っていることに衝撃を受けたというが、「自分が暴力の対象にならないよう仕事をこなすのに精一杯で、同期や後輩にふるわれる暴力にもだんだんと無関心になってしまった」と語る。
最終的に、鈴木さんは会社から逃げ出すように退職し、そのまま半年間の引きこもり状態に追いやられた。「1年半で辞めてしまった自分が情けない」という思いから、家族にすら相談することができず、身動きがとれずにいた。
これだけ働いて、給与は額面で月給24万円(うち固定残業手当5万9千円)だった。
■ブラック企業から大学院進学へ
鈴木さんはついに転職を決意し、ハローワークへ向かった。ハローワークで今の仕事について「残業代の未払いがあるのでは」といわれたことをきっかけに、ネットで労働問題の情報を調べるようになった。
手はじめに労働基準監督署に相談に行ったが、まったく相手にされなかった。さらに情報を集める中で、筆者の記事(過酷化する映像業界 違法なサービス残業を蔓延させる「構図」)を読み、「まったく自分と同じ問題だ!」と驚いたという。
そこで、記事に紹介されていた「ブラック企業ユニオン」に相談することを決めた。これが彼の人生の転機となる。
同ユニオンへの相談を通じて、鈴木さんの認識は変わった。
「長時間労働で休みも取れず、寝不足で疲労が溜まっており、さらにパワハラもあるような環境では、ミスが生じるのは当然。むしろ、そのような環境をつくり出している企業の側に問題があると考えられるようになったんです」。
そして鈴木さんはユニオンに加入し、団体交渉をすることになった。最初は違法行為を指摘すれば、会社はそれを認めて謝罪するだろうと考えていたが、会社は違法行為を認めず、鈴木さんの目の前で労働時間の証拠を隠滅した。
「闘わないと未払い残業代すら支払われないのか……」。
企業側の心無い対応に思わずため息が漏れた。しかし、そこから権利を取り戻すための闘いが始まった。同じ職場で被害を受けたADたちに声をかけ、仲間を募った。違法行為を訴える街頭での行動も行なった。気がつけば、団体交渉の場で、社長に対しても臆せず堂々と発言するようになっていた。
この結果、会社は未払い残業代やパワハラの事実を認め、鈴木さんに対して鈴木さんの納得がいくだけの賠償金を支払うことで合意した。それだけではなく、全社員に対する未払い賃金の支払いなど、鈴木さんの起こした行動は職場環境を大きく改善させた。
会社の改善が見えてきた頃、ハローワークの職員からは「まだ若いから早く動けばチャンスはある」と転職を急かされた。
しかし、ユニオン活動を通じて、鈴木さんの考えにも、ある変化が起きていた。
「転職してもうまくいくとは限らない。自分がたまたま不幸な目にあったのではなく、日本社会全体に蔓延する問題なんだと思うようになりました」。
そんな中、ユニオンなどの活動を通じて外国人労働者の問題を目の当たりにする。ブラック企業では長時間労働の要因となった語学能力を生かし、鈴木さんも相談に乗る側に回るようになっていた。
「あるとき、強制帰国を迫られたフィリピン人の相談者が、目に涙を浮かべ『同じような被害を受けている外国人のためにも、私は正義のために闘いたい』と話をしてくれて……。その姿がずっと脳裏に焼き付いているんです」。
ここで鈴木さんは決断を下す。
「取り戻した未払い残業代を元手に、大学院生として労働問題について学ぶことにしました。ブラック企業で働いているときは未来が見えなかったが、いまは創造的に将来を考えることができて毎日が充実している。自分の力を社会に生かしていきたい」
そう意気込み、4月の入学に向けて準備を進めている。
ここまで、ブラック企業に勤めてしまった人たちの「その後」を紹介してきた。
「ユニオンで闘ったからこそ、いまの僕がいる。ブラックな環境で苦しんでいたり、引きこもり状態に追いやられてしまった人のことを他人事とは思えない。そんな人たちにこそ、ユニオンに相談してもらいたい。僕のように、ユニオンを通じて、働いていたときには見えなかった可能性と出会えるかもしれません」。鈴木さんはそう語る。
未払い残業代を取り戻せるか、あるいは労災保険や雇用保険などの社会保障を利用できるかによって、ブラック企業がその後の人生に与える影響が大きく変わってくる。
人生は一度しかない。ブラック企業に使い潰されて、その後の人生を棒に振ってしまうことがないように、被害者の法的権利行使のサポートが社会に広がっていかなければならない。
(紹介した事例は、個人が特定されうる情報については加工・修正しています)
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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】