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過酷化する映像業界 違法なサービス残業を蔓延させる「構図」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

連日ヤマトの過酷な労働環境が報道されている。運輸業界の過酷さは以前から指摘されてきたところだが、過酷な労働を強いる業界は運輸に限らない。

私たちのNPO法人POSSEには、日々長時間労働や残業代未払いの相談が寄せられているが、とりわけ過酷な労働相談が多いのが映像業界だ。

私自身、多くのテレビ番組に出演して「ブラック企業」について告発してきたが、現場のADからは、毎回のように「私たちの方がブラックですよ」と自嘲気味に語られたものである。

そこで本記事では、最近の私たちに寄せられた映像制作会社で働く方からの相談事例を紹介し、映像業界が「ブラック化」する構図について考えたい。

映像制作会社で働いていた2名の相談事例

まずは、映像業界の具体的な労働環境を把握するために、映像制作会社で働いていた2名の相談事例を見ていこう。

Aさんの事例

Aさんは、50名ほどが働く映像制作会社でディレクターとして働いていた。映像制作の専門学校を卒業し、正社員として約9年働いてきた。

Aさんの業務は、夜からのニュース報道がメインで、毎日それに合わせて仕事を進めることが多かった。「自律的な働き方」とみられがちなディレクターの仕事だが、実際には毎日の仕事はルーティンワークとなっていることが多く、自分自身の裁量はほとんどない状況だった。

上司のプロデューサーが全体のコーディネートをしており、その指示を受けて取材の準備や取材を行い、撮影した映像を編集する。慢性的な人不足の中、毎回1〜2名という極端な少人数体制で、日々変わる企画内容に合わせた膨大な資料を調べ、当事者や専門家にインタビュー等をし、映像編集を行う。その上、プロデューサーの鶴の一声で大幅に内容の修正を強いられることも多々あり、業務量に際限がなかった。

ディレクターとは名ばかりで、番組の内容にもまったく口を出せなかった。その一方で、番組の放送に間に合うよう進めるのは毎日が締め切りとの戦いであり、決して「落とす」ことはできない。すぐに別の下請け制作会社に仕事を奪われてしまうからだ。

1日の労働時間はお昼頃から深夜まで12時間程度で、おおよその定時が決まっており、休憩時間も何か明確に時間が区切られることもなく、ほとんど取れない状況が続いていた。また、番組作成の進捗状況によって強制的に休日出勤を入れられてしまい、仮に自宅に帰っても会社へ呼び戻されたり、徹夜での作業というのも日常茶飯事であった。

しかし、そのような月100〜150時間近い残業をしていたにも関わらず、残業代については、「裁量労働制」(後述)であることを理由に一切払われていなかった。月給は総支給額で25万円程度、手取りだと22、23万円ほどの低賃金だった。

Bさんの事例

Bさんも映像系の専門学校を卒業後に学内の求人に応募し、10名程度の映像制作会社にアシスタントディレクターとして入社をした。

Bさんの会社はテレビや企業のインターネット配信向けなど様々な番組を制作しており、テレビ番組は、全国ネットの情報ドキュメンタリー番組などを手がけていた。

このケースでも、企画内容はすでにプロデューサーやディレクターが決めており、Bさんの業務はそれに沿って、撮影の準備段階では素材集めや台本の資料を作成し、収録では機材の準備や撮影のサポートから出演者のお出迎え・お見送り、食事の準備などの雑用も含めた幅広い補助的業務をしていた。

労働時間は、平均すると10〜22時頃まで、番組の収録があるときは、朝6、7時に集合して22時頃までかかり、会社に機材を持って帰ってから帰宅すると終電になることも多かった。休憩もほとんど取れることはない。

特に、締切前は特に激務で、徹夜で編集作業をし、始発で家に帰ってシャワーを浴びてまた出勤をするということを繰り返していた。

しかし、Bさんも最長で150時間近い残業をしていたが、残業代を一切払われることはなかった。

この会社も裁量労働制を導入していたのである。実は、Bさんはそれを入社後初めて知った。また、この会社は、固定残業代という制度も導入しており、求人では月給20万円と記載があったが、実際には基本給が13万円、固定残業代が7万円でその固定残業代は70時間分の残業代に相当するということだった。

このようなやり口は、求人段階で残業代を込にした給与を水増しで表示する、いわゆる「求人詐欺」である。しかも、残業分を含めて時給に換算すると、最低賃金を割ってしまっている状態だ。

Bさんは、最終的には過労から精神疾患を発症してしまい、休職後退職に追い込まれてしまった。

映像業界が長時間労働になる構図

以上の二つの例からは、映像業界の長時間労働が、ADに多くの業務が集中してしまっていることに起因していることが分かる。

重要なことは、彼らには「業務量」も「業務内容」もコントロールできないができないということだ。必要とされる映像の内容や納期はすでに決まっている。その中で、「歯車」として大量の仕事を要求されるわけだ。

しかも、納期は厳しい上に、上からふってくる番組内容の変更にも対応しなければならない。業務の「帳尻」を合わせる役割を一心に担っているのである。

では、このような働かせ方は、ヤマトや電通のように法律上の問題にならないのだろうか。

裁量労働制と映像制作会社の労働者との関係は?

実は、映像業界の過重労働を促進しているのが、残業代不払いの根拠となっている「裁量労働制」という法制度だ。

裁量労働制とは、上司から直接の指示を受けることなく、自律的に働く労働者に適用される特別な制度だ。2名とも「裁量労働制」が適用されることで残業代が一切払われず、長時間労働を強いられていた。

例えば、月に50時間残業するものと「みなす」ことで、残業代はこの50時間分に固定され、実際に50時間以上残業しても支払われないことが一般的である。

しかし、末端の「帳尻」を一心に背負うADに対し、このような制度が「合法」に適用されるとしたら、あまりに不合理だろう。映像業界に広がる裁量労働制は、本当に合法なのだろうか? 検証していこう。

まず、裁量労働制が適用できる業務は、厚生労働省令及び厚生労働大臣告示によって定められている。

対象となる業務は、その性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある特別な業務に限られている。

映像制作会社で働く労働者は、このうちの「放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務」に分類されている。

さらに、「放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務」にはより詳細な規定がある。

  • a,「放送番組、映画等の制作」には、ビデオ、レコード、音楽テープ等の制作及び演劇、コンサート、ショー等の興行等が含まれるものであること。
  • b,「プロデューサーの業務」とは、制作全般について責任を持ち、企画の決定、対外折衝、スタッフの選定、予算の管理等を総括して行うことをいうものであること。
  • c,「ディレクターの業務」とは、スタッフを統率し、指揮し、現場の制作作業の統括を行うことをいうものであること。

これを見ると、確かに映像業界のADには裁量労働制ができそうに見える。多くの労働者も「法律でディレクターは裁量労働制にできると決まっている」と言われてしまえば、「仕方ない」とあきらめてしまいがちだ。だが実は、ADだというだけで裁量労働制の適用はできないことになっているのだ。

専門業務型裁量労働制の導入要件はとても厳しい!

裁量労働制が有効とされるためには、以下の要件「全て」を満たす必要がある。

(1)対象業務であること

  • a,業務の性質上、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があること
  • b,業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し具体的な指示をすることが困難な業務であること
  • c,厚生労働省が定める19業務であること

(2)次の事項を定めた労使協定を締結し、所轄労基署に届け出ること

  • a,制度を適用する業務の範囲
  • b,適用者には業務遂行の方法・時間配分の決定等に関する具体的な指示をしないこと
  • c,1日あたりのみなし労働時間数
  • d,労使協定の有効期間
  • e,健康・福祉確保措置
  • f,苦情処理措置
  • g,e及びfに関し労働者ごとに講じた措置か記録を、協定の有効期間およびその期間満了後3年間保存すること

(1)では、仮に厚生労働省の定める対象業務であったとしても、対象業務の付随的・補助的な業務であった場合は、導入要件を満たしているとは言えないということがポイントになる。

今回見てきたように、プロデューサーから全面的に指示を受けて「歯車」のように働いているディレクターは、「名ばかりディレクター」であり、対象業務に挙げられていたとしてもこの要件を満たしていないと考えられる。 

また、ディレクターのさらに下にいるアシスタントディレクターは業務内容はもちろん、対象業務にも挙げられていないため、裁量労働制の適用はさらに困難であろう。

(2)では、「b,適用者には業務遂行の方法・時間配分の決定等に関する具体的な指示をしないこと」が重要になり、実際に労働者に業務の遂行方法、出勤退勤等の労働時間の決定に関する自由裁量がないにも関わらず、bの趣旨を労使協定に定めても導入要件を満たしているとは言えない。

これについても、遂行方法や業務量などにディレクター、アシスタントディレクターが裁量を持っていないケースが多々あるだろう。以上から、今回のケースも不適法である可能性が高い。

映像制作会社の人のほとんどは残業代を請求できる

私たちNPO法人POSSEには裁量労働制が適用され固定給のまま長時間労働をしている映像制作会社の方からの相談が多数寄せられている。

裁量労働や固定残業代の事例は違法なケースがほとんどである。未払い賃金の請求権は2年あるので退職時や退職後に支払いを請求することができる。特に、転職する際などにまとめて請求することが効果的だろう。

また、もちろん会社を辞めずに、職場の改善をさせることも可能だ。労働組合に加入して会社と交渉し、違法な裁量労働制を撤廃させた事例もある。

とはいえ、証拠の取り方、請求の仕方、改善の求め方はそれなりに高度だ。個人だけで対応できる問題ではない。したがって、大切なことは外部の専門機関に相談し、違法な状況に専門家とともに対処することだ。

職場環境に疑問を感じている方には私たちのような相談機関へ相談をしてほしい。不当な環境に泣き寝入りをしてしまうのではなく、相談に乗ってくれる専門家につながれば、必ず解決の糸口が見えるはずだ。

末尾に外部の無料相談窓口を記載しておいた。ぜひ活用し、権利の行使に役立てていただきたい。

=無料労働相談窓口=

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

残業代請求サポートセンター(NPO法人POSSE)

03-6600-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/zangyoudai/index.html

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

介護・保育ユニオン

TEL:03-6804-7650

メール:contact@kaigohoiku-u.com

HP:http://kaigohoiku-u.com/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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