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落合博満のリーダーシップ1——11点リードの9回二死でマウンドへ

横尾弘一野球ジャーナリスト
長嶋茂雄監督は、「若い選手に生き様を見せてほしい」と落合博満を口説き落とした。

 落合博満は、現役時代から「プロ野球にチームリーダーはいらない」と言う。「プロ選手は一人ひとりが自立し、自分の野球人生に自分で責任を持たなければならない。そして、仕事場であるグラウンドの上でも、監督の指示に従いながら自分で考えてプレーしなければならない」からだ。

 ただ、時代の変化とともにスポーツ界でも「選手の中にしっかりとしたリーダーがいるチームは強い」と見られるようになり、40代になった現役の晩節で落合も独自のリーダーシップを発揮している。そのいくつかを紹介しよう。

 1993年のシーズンオフ、落合は導入されたばかりのフリー・エージェント権を行使して、中日から巨人へ移籍した。巨人の長嶋茂雄監督から「若い選手に生き様を見せてほしい」と言われたからだ。そして、1994年4月9日、広島との開幕戦で早くも落合の存在感が光るシーンがあった。

 開幕投手の斎藤雅樹が1回表を3者凡退で片づけると、その裏の巨人は先頭のダン・グラッデンが中前安打を放ち、川相昌弘はバントと見せかけてヒットエンドラン。川相の打球は三塁手・江藤 智のグラブを弾く二塁打となり、グラッデンが長駆、先制のホームを踏む。これで開幕特有の硬さが取れた松井秀喜が2ラン本塁打を叩き込み、背番号60の四番・落合もライトフェンス直撃の安打で続く。果たして、広島のエース・北別府 学に対して、打者一巡で5点を奪う。

 さらに、2回裏には落合が第1号2ラン本塁打、4回裏には松井の2号2ラン本塁打で着々と加点。8回裏にも2点を追加して11点となり、斎藤は無失点の好投を続ける。開幕戦での完勝まで、残るは9回表を残すだけだ。

もう勝ちは見えているけれど、絶対に完封しろ

 9回表も二死まで漕ぎ着けたが、斎藤は連打を許して一、三塁となる。打席には小早川毅彦を迎えたものの、11点差の試合には何ら影響のない場面と思えた。だが、落合はここでタイムを取ってマウンドまで足を運び、斎藤に何か話をする。のちに落合は、「もう勝ちは見えているけれど、絶対に完封しろ」と声をかけたと明かした。

「普通ならば、誰もマウンドには行かないケース。ベンチからも何の指示も出ていなかったし、それまでのジャイアンツならなかったことでしょう。でも、私にとっては、あそこで斎藤にひと声かけるのが普通のこと。たとえ、斎藤が小早川に3ランを打たれても11対3。その次の打者で恐らくゲームは終わる。私だって、あれが開幕戦ではなく2試合目だったら、マウンドには行っていないと思う。でも、長いペナントレースの1試合とはいえ、勝ち方ってあるじゃない。幕開けのゲームにエースが投げて打線が爆発したんだから、そのまま11対0で終わるのと、1点でも取られるのでは大いに意味が違うんだ。

 あの完封勝ちで、『今年のジャイアンツはひと味もふた味も違う』と広島も観客も感じただろうし、他球団でも先乗りスコアラーが報告する。『今年のジャイアンツは、大勝していても相手に1点もやらない野球をする』と思わせただけでも、大きな意味があったと思う。それにしても、私が声をかけたからと言って、気持ちを入れ直して完封した斎藤は本当のエースだと感じたよ」

 このシーズン、巨人は4年ぶりにセ・リーグ優勝を果たし、長嶋監督にとって初めての日本一も勝ち取るのだが、こうした落合の行動はことごとく勝利に直結したため、メディアから「落合効果」と呼ばれた。

(写真=K.D. Archive)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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