『刃牙』シリーズの範馬勇次郎は、パンチで地震を止めた! そんなコトが可能なのかッ!?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
『バキ』シリーズ・範馬勇次郎の超絶エピソードは、枚挙に暇がない。
1人でアメリカの軍隊を壊滅させたり、握力で石炭をダイヤモンドに変えたり、雷に打たれても平然としていたり……。「地上最強の生物」との異名も深々とナットクしているのだが、そんな筆者でも、これまで触れてこなかったエピソードがある。
それは、勇次郎がパンチで地震を止めたこと!
息子・刃牙との初めての戦いのさなか、突然の地震が起こった。かなり大きい。だが、勇次郎は慌てず騒がす「邪ッ」と叫んで拳を構えると、「ッチェリアアアァッ」と気合一閃、地面に拳を打ち込んだ。
すると……、なんと地震が止まった! 勇次郎は余裕の表情で「もう……心配ねェ」と言うのだった。
――というエピソードなのだが、いやいやいや、こればかりは無理だろう。
地震が起きたということは、地震のエネルギーはすでに放たれてしまったのだ。それを鎮めるというのは、いくら勇次郎でも無理では……。
筆者はそう思うしかなく、この件については、沈黙するしかなかったのである。なぜなら、このヒトに対して「不可能」という言葉は使いたくないッッッ。
ところが! 筆者がこの問題をその後もしつこく考え続けたところ、「もしかしたら、勇次郎なら可能かも……」という気がしてきちゃったのである。
それはいったい、どういうことか? 本稿では「勇次郎なら、パンチで地震を止められるのか?」について考えてみたい。
◆パンチと地震のエネルギー
地震が止まったとき、近くで見ていた人々の反応は二つに分かれた。
「おさまったぞ」「彼が……」「とめた……」と、勇次郎が地震を止めたと信じて疑わない者たちと、「ヘッ てめェのパンチが地震を止めたっていうのかい」と単なる偶然と考える人たち。勇次郎は自分が止めたつもりでいるが、地震とパンチの因果関係はハッキリしない……という描かれ方である。
そうなるのは、地震のメカニズムを考えれば、当然だ。
地球は「プレート」に覆われている。厚さ100kmほどのこの岩盤は、十数枚に分かれ、その下のマントルの流動で、世界各地でぶつかり合っている。
これによってプレートが変形し、ついに破壊に至って、大きな振動が発生するのが地震である。つまり、地震とは地球規模の現象なのだ。
一方、勇次郎は厚さ20cmほどもある鉄の扉をパンチで破る。
とても人間ワザとは思えない行為で、このパンチのエネルギーは1200万J(ジュール)。荷物を満載した4tトラック(総重量8t)が時速200kmで衝突するのと同じだ。
とはいえ地震のエネルギーは、それよりもずっと大きい。2011年に東日本震災を起こしたマグニチュード9.0の地震のエネルギーは、200京Jだ。
両者を、算用数字で比較するとこうなる。
厚さ20cmの鉄扉を破るパンチ:12000000J
マグニチュード9.0の地震:2000000000000000000J
あまりにも規模が違う。
しかも、問題はエネルギーの差だけではない。
地震は岩盤を「波」として伝わっていく。勇次郎のパンチの振動も、波となって伝わるだろう。二つの波は、地下でぶつかるが、だからといって何も起こらない。それらは、ぶつかっても互いにはね返ったりすることはなく、スッとすれ違う。
これが「波」の一大特徴なのだ。たとえどんなにエネルギーが大きくても、パンチが起こした波は、地震の波とすれ違うだけで、まったく効果がない。つまり、地震は止められない。残念だッ。
◆ユージロー不連続面とはッ!
にもかかわらず、筆者はなぜ「勇次郎なら可能かも」と考えるのか? それは、こういう理由による。
プレートは地下数十kmで「地殻」と「上部マントル」に分かれていて、上部マントルのほうが、密度が大きい。両者の境界が「モホロビチッチ不連続面」で、伝わってきた地震波は、この不連続面で一部が反射し、残りが屈折する。
とくに、不連続面より上で起きた地震から、不連続面に対して39度以下の浅い角度でやってきた地震波は、まったく屈折せず、すべて反射する「全反射」を起こす。
そこで、筆者が考えるのは「勇次郎のパンチによって地面が圧縮され、その密度が上部マントルと同じくらいに大きくなったのでは?」という可能性だ。
そうなったら、地面のなかに密度の違いが生じて、不連続面が生まれ、そこでは地震波の反射も起こるはずである。
地下から39度以下の浅い角度でやってきた地震波は、全反射して地表には届かない。つまり、勇次郎はパンチによって、地震を止められる……はず!
だとしたらスバラシイではないですか。それはぜひとも「ユージロー不連続面」と名づけていただきたい!
◆新たな地震が起こる!
もちろん、人間にできるレベルの話ではない。地上最強の生物なら可能、というレベルですらない。
だが『刃牙』を熱烈に応援したい筆者としては、あの勇次郎ならもしかして……と、一縷の希望を抱いてしまうのだ。
ただし、それが可能だとしても、問題はある。
マントルの密度は地殻の1.22倍で、それと同じにするには岩盤の体積を82%に圧縮する必要がある。そんなコトをすると、たとえば「ユージロー不連続面」が地下100mにできたとしたら、周囲の標高はググっと18mも低くなる。
おそらくモーレツな揺れが起こる。自然界の地震は止めたけど、その代わり、もっと激甚なユージロー地震が発生するのだ。たぶん周囲は壊滅状態に……!
などと考えると、心配は尽きないし、そもそも乱暴な見解である。
だが、勇次郎が信じられないほどのパンチを放てば、地震を止められる可能性もゼロではないとしたら……。期待したい。筆者は勇次郎にモーレツに期待したい。