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FACTAが「米CDCがPCR廃止」と虚報 記事削除、お詫びへ【追記あり】

楊井人文弁護士
FACTA2021年11月号に掲載され、削除が決まった記事(筆者撮影)

 月刊誌FACTA(ザ・ファクタ)が11月号で、米国CDC(疾病予防管理センター)が新型コロナウイルスを確認するためのPCR検査を年内に中止すると発表した、などとする記事を掲載した。現時点でこのような事実はなく、その他にも重大な事実誤認が複数あることがわかった。FACTAのサイトから削除された。

 FACTA編集部は、筆者の取材に対し「当該記事は、事実誤認がありましたので、ネットから削除しております。次号(11月21日号)の誌面でお詫びを掲載する予定です」としている。 

「CDCが、PCR検査は新型コロナとインフルの区別がつかないと説明した」という事実はない

 問題が判明したのは「米CDC『PCR廃止』の謎解き」と題する記事。サブタイトルに「新型コロナとインフルエンザの区別もつかず、擬陽性が9割との指摘も」と書かれ、冒頭は次のように書き出している。

米疾病予防管理センター(CDC)が今年7月21日、新型コロナウイルスへの感染を確認するためのPCR検査を年内に中止すると発表し、各国の政府や医療関係者を驚かせた。各国政府もこの決定の影響を受ける可能性は非常に高い。CDCは食品医薬品局(FDA)に対する緊急使用許可の申請も取り下げた。昨年以来、これだけ世界中で必死に推進、拡大されてきたPCR検査をCDCがなぜ突然、廃止する決断を下したのか。

 まず、CDCが今年7月21日にPCR検査そのものを年内に中止すると発表した事実はない。

 8月に同様の言説がネット上で広がったため、InFactが詳細にファクトチェック済みだ。

 CDCが発表した文書は、2020年2月に導入された最も古いタイプのPCR検査法(CDC 2019-Novel Coronavirus (2019-nCoV) Real-Time RT-PCR Diagnostic Panelと名付けられた検査法)は廃止するが、それに代わって新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの両方を同時に検出できる新しいタイプの検査法を推奨するとし、その中にPCR検査法も含まれている(具体的には、CDC Influenza SARS-CoV-2 (Flu SC2) Multiplex Assayと呼ばれる方法)。

 記事ではさらに、

CDCはこの発表の際、「PCR検査は新型コロナとインフルエンザの区別がつかないため、それぞれを検出できる検査に切り替えることを検討している」と説明した。そのような可能性は従前から世界の研究者らによって指摘されていたが、これを追認した形だ。

とも書かれているが、CDCがそのような説明をした事実もない。

 翌月発表された補足文書では、従来のPCR検査も正確なものであり、インフルエンザと新型コロナを混同するものではない、と強調している。米国のファクトチェック団体も記事化し、CDCのコメントも掲載している(Factcheck.orgHealth Feedback)。

「NYT紙が、PCR検査陽性の90%が偽陽性という専門家の指摘を報じた」という事実もない

 FACTAの記事では、他にもいくつもの重大な事実誤認がみられる。

 たとえば、次のような記載がある。

実は、今回のCDCのPCR検査廃止決定の背後には、より大きな別の理由があると世界の専門家らは指摘している。偽陽性の割合がきわめて高いことだ。米ニューヨークタイムズ紙(今年8月29日付)は、ある専門家は「PCR検査陽性の90%は擬陽性」と指摘し、8月27日の米国の新規感染者は4万5604人と発表されているが、実際に感染しているのはおそらく4千5百人程度であると、大胆な主張を展開した。

 しかし、これもInFactが同様の言説をファクトチェック済みだが(この事案は私がInFact共同編集長として担当した)、ニューヨークタイムズは、米国のPCR検査は精度が高すぎるため、ウイルス量が少なく隔離などの処置の必要がない人が多数含まれる可能性があると報じたに過ぎず、「9割が誤診」とは書いていない。

 そもそも「今年8月29日付け」の記事ではなく「昨年8月29日付け」の記事だ。文中には「偽陽性」「擬陽性」と用語の不統一もみられる。

 さらに、次のような記述がある。

実際に、WHOも新型コロナワクチンが承認を受けて以降、PCR検査の偽陽性の割合が高いことと、CT値(ごく微量のDNAを高感度に検出するため増幅する程度)を低く設定すべきであることの警告を発し始めていた。CT値は各国によって異なる設定がされているが、CT値を下げるとどうなるのか。検出される「陽性者」数はガクンと減ることになる。

 WHOがPCR検査のCt値を低く設定すべきであるとの警告を発したという事実も確認できない。

 これもネット上で広がった言説だが、ロイター通信のファクトチェック記事で、発端となったWHO文書は、PCR検査のサイクル数を減らすべきとは言っていないことが明らかにされている。

 実際に文書を見てみれば「ウイルスを検出するために必要なCt値は、患者のウイルス量に反比例する」として、検査結果が臨床症状と一致しない場合は再検査する必要がある、などと指摘し、正確な結果を得るために適切に検査を行うようアドバイスしたものにすぎないことがわかる。

 なお、PCR検査では「Ct 値が大きくなるに従いウイルス分離の可能性は低下する、すなわち感染性が低下する」ということは、多くの感染症専門家が認めている事実だ。最近も、舘田一博東邦大学教授(日本感染症学会前理事長)が厚労省アドバイザリーボード提出資料(10月20日、資料3-7)の中で言及している。

 これまで、日本では、検査のCt値が比較的高いため、感染性のない死んだウイルスも陽性として報告され、隔離の対象になってしまっている、という問題が指摘されてきた。これは、あながち的を外れたものではない(昨年11月の日経記事、今年3月の慶應義塾大学医学部の発表も参照のこと)。

 筆者(私)自身、従来のPCR検査に基づく陽性者を単純に「感染者」ととらえ、その数をメディアが日々速報してきたことなどの問題性は、繰り返し指摘してきたところだ(Yahoo!ニュース個人コロナ禍検証プロジェクト)。

 問題を指摘するなら、事実に基づかなければならない。事実と、検証されていない仮説や意見は区別しなければならない。いかなる立場であれ、事実誤認があれば訂正し、無用な誤解や混乱を避けるべきことは、いうまでもない。(PCR検査に関するファクトチェック済みの情報は FIJのファクトチェック・ナビ も参考のこと)

問題記事の筆者はFACTA以外に登場せず

 本件記事には、他にも疑義のある記述がある。

 筆者は、FACTA編集部に具体的にどのような事実誤認を確認したのか質問した。だが、冒頭で紹介したとおり、編集部は事実誤認があることは認めたものの、具体的な回答を避けた。

 記事は、FACTAオンライン版に遅くとも10月18日ごろに掲載されていたと確認できるが(全文は会員限定)、10月30日に削除したという。しかし、削除前、同記事はSNS上でもシェアされていた。オンライン版には現在のところ記事の削除や訂正について記載はない。次号の紙面上で明らかにするとしている。

 記事末尾には「筆者紹介 八木沢安石 科学ジャーナリスト」と記されている。だが、国立国会図書館リサーチでは一つも記事や著作物がひっかからず、新聞雑誌のデータベース「G-Search」でも、FACTA以外の媒体にこの名前はヒットしなかった。

 FACTA編集部に「八木沢安石」氏はペンネームなのか、本名や経歴、採用理由を聞いたが、返答はなかった。

 FACTA誌には、「八木沢安石」氏の記事として「米ロックフェラー財団の恐るべき「未来シナリオ」『1984年』の現代版。 コロナ禍で監視・検閲が横行する全体主義国家への移行をまざまざと予言」など、本件を含めて6本掲載されている。すべて今年のものだ。

 本件以外の5本の記事にも問題は見つかっていないのか、編集部に質問したが、答えは得られていない(追加の回答があり次第、追記する)。

 FACTAは、企業の経営層や政財界のリーダーを読者層とする年間予約購読制の月刊誌だ。『選択』編集長だった宮嶋巌氏が15年前に創刊した(現在、代表取締役兼編集長)。

 メディア業界でよく知られている雑誌で、多くの著名なジャーナリストが執筆し、影響力は小さくない。

 筆者も長らく読んできた。徹底した検証が待たれる。

【追記】11月6日までにオンライン版に本件記事を「取り消し」にするとの「お詫び」が掲載された。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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