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「筋肉」は裏切らないが過度な筋肉「フェチ」に危険あり

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 たくましい胸板や二の腕といった筋肉に憧れる男性は多い。テレビでも逆三角性の体型を目指すエクササイズ番組が話題になったりしているが、米国の研究によれば筋肉強化への希求の強い男性は健康問題を抱えるリスクもあるという。

男性の体型についての理想的イメージとは

 痩せや栄養不足、摂食障害といった健康問題では、特に女性についての調査研究が多い傾向にある。一方、男性についてこの分野での評価はこれまであまり多くなかった(※1)。

 だが、男性にも食事や体型などについて悩みやストレスがあるのは当然だ。日本の青少年を対象にした調査研究によれば、男子高校生や大学生にも肥満への恐れや自分の体型への不満、外見を重視する傾向があることがわかっている(※2)。

 女性と男性とでは、例えば摂食障害になってしまう原因が少し違うようで、女性が内面的な動機から発症するのに比べ、男性の場合は異性に対する意識や周囲からの反応といった外側の影響が大きいという。また、ダイエットでも男性のほうが急激で過激な方法を選ぶ傾向にある。

 社会や文化によって国や地域で多少の差異はあるが、同じように体型への指向も男女では異なり、女性がより細くより小さく(軽く)を目指すのと逆に男性ではより太くより大きく(重く)を目指しがちだ。

 いわゆるマッチョでガッチリ体型(Muscular Mesomorph)だが(※3)、男性は女性がそうした男性を好ましく感じると思い込む傾向にある。実際、女性は体型が逆三角形で筋肉質の男性を好ましく感じるようだが(※4)、もちろんそうした女性ばかりではない。

 こうした体型に関する理想的なイメージは、テレビや映画、雑誌などからも文化的に強く影響され、特に西洋化による価値観の偏りも大きい(※5)。また、こうしたことから日本の男性にも欧米の男性のような摂食障害が増えていくのではないかという意見もある(※6)。

 体型や摂食障害には性差があると考えられているが、カナダの研究者が独自の「筋肉増強願望尺度(The Drive for Muscularity Scale)」を用いて高校生197人(女性101人、16〜24歳)を調べた研究(※7)によると、筋肉増強願望のある男性でうつ傾向が高く自己評価が低い傾向にあったという。

 この研究で用いられた筋肉増強願望尺度では、「私はもっと筋肉質になりたい(I wish that I were more muscular)」「私は筋肉増強のプロテインやサプリメントを使っている(I use protein or energy supplements)」「筋肉量が増えれば私はもっと自信を持てるようになる(I think I would feel more confident if I had more muscle mass)」といった15の項目に対し、「いつも(Always)」から「まったくない(Never)」までの6段階を選択して回答したものを評価する。

うつや大量飲酒のリスクも

 同じような調査研究が米国でも行われている。ノルウェーの科学技術大学などの研究グループによるもので、2013年と2014年に米国で行われた疫学調査(Growing Up Today Study)を用い、若い男性2460人(18〜32歳)を対象に前述の筋肉増強願望尺度の結果と健康状態やプロテインやステロイド使用などの関係を探ったという。

 すると、より筋肉増強願望の強い男性ほど、うつ状態になりやすく(1.23倍)、酒を多く飲み(1.21倍)、ダイエットを意識し(1.17倍)、筋肉増強プロテインやサプリメントを使用(4.49倍)していることがわかった(※8)。また、年齢を2歳ごとにセグメントして比較したが年齢による違いは少なく、ゲイとバイセクシャルの男性のほうが異性愛者の男性より筋肉増強指向が強かったという。

 調査研究参加者の20.1%が筋肉増強プロテインなどを使用し、筋肉増強願望の強い場合、そうでない人に比べて約4倍も多いことになる。また、研究グループによれば、この調査対象は学歴の高い米国の白人男性に偏っていたため、選択バイアスの危険性があり、身長や体重が自己申告なので正しい数値かどうか確かめられなかったようだ。

 いずれにせよ、マッチョでガッチリの逆三角体型に憧れを抱く男性の場合、栄養が偏ったり不健康な食生活になるリスクがあり、研究グループは女性のみならず男性に対しても知識の普及や啓発などを行っていく必要があると強調している。筋肉は裏切らないのかもしれないが、過度な筋肉フェチに陥ると、それだけを希求してバランスの取れた健康状態に目が向けられなくなるということだろう。

※1:Alison M. Darcy, et al., "Are We Asking the Right Questions? A Review of Assessment of Males With Eating Disorders." Eating Disorders, Vol.20, Issue5, 416-426, 2012

※2:佐藤由佳利ら、「高校生の摂食障害傾向─その性差について─」、心身医学、Vol.50, No.4, 2010

※3:Marc E. Mishkind, et al., "The Embodiment of Masculinity- Cultural, Psychological, and Behavioral Dimensions." American Behavioral Scientist, Vol. 29, Issue5, 1986

※4:M J. Tovee, et al., "Characteristics of male attractiveness for women." THE LANCET, Vol.353, Issue9163, 1999

※5-1:Laramie D. Taylor, et al., "Media violence and male body image." Psychology of Men & Masculinity, Vol.17(4), 380-384, 2016

※5-2:Cavel Whyte, et al., "A Confound-Free Test of the Effects of Thin-Ideal Media Images on Body Satisfaction." Journal of Social and Clinical Psychology, Vol.35, No.10, 822-839, 2016

※6:Naomi Chisuwa, et al., "Body image and eating disorders amongst Japanese adolescents. A review of the literature." Appetite, VOl.54, 5-15, 2010

※7:Donald R. McCreary, et al., "Exploration of muscle movement of adolescent boys and girls." American College Health, VOl.48, No.6, 2000

※8:うつ傾向(Depressive Symptoms)オッズ比(OR)1.23, 95%CI=1.05-1.44, p=.01、大量飲酒(Binge Drinking)オッズ比1.21, 95%CI=1.02-1.45, p=.03、ダイエット(Dieting)オッズ比1.17, 95%CI=1.01-1.35, p=.04、筋肉増強プロテインなどの使用(Use of Muscle-building Products)オッズ比4.49, 95%CI=3.74-5.40, p<.0001

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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