マドリディスタに愛されたK・ナバス。色褪せないCL3連覇の記憶。
ケイロール・ナバスが、レアル・マドリーを去った。
マドリーでティボ・クルトゥワに正GKの座を譲ったK・ナバスは、移籍先を模索していた。パリ・サンジェルマンが移籍金1500万ユーロ(約17億円)とアルフォンソ・アレオラを1年レンタルで譲渡することで、交渉が成立した。
■守護神論争を鎮めるために
K・ナバスはマドリーに在籍した5年間で12タイトルを獲得している。だが当初、彼に対する期待値はそれほど高くなかった。
2014年のブラジル・ワールドカップで好守を連発してコスタリカ代表のベスト8進出に大きく貢献。大会終了後、レバンテからマドリーに移籍した。しかし、イケル・カシージャスの控えGKという立場だった。
マドリーでは、正守護神が定まらない状況が長く続いていた。カシージャスとディエゴ・ロペスのGK論争を鎮めるため、フロレンティーノ・ペレス会長はK・ナバスを獲得したのである。
そして、ペレス会長が2015年夏にマドリーの象徴的存在だったカシージャスを放出する決意を固めると、K・ナバスに新たな問題が降りかかった。かの有名な「FAX事件」である。
■デ・ヘアとFAX事件
トップレベルのGKを獲得したいという欲望を、ペレス会長は抑えられなかった。
そこでペレス会長に選ばれたのがダビド・デ・ヘアだった。アトレティコ・マドリーのカンテラ出身で、スペイン代表の未来を担うと目されていた守護神を、ペレス会長は手に入れようとした。
2015-16シーズン開幕前、マドリーはデ・ヘア獲得に動いていた。だがマンチェスター・ユナイテッドとの交渉は難航する。大詰めを迎えた移籍市場の最終日。トレード要員としてオペレーションに含まれていたK・ナバスはマドリッドの空港にいた。プライベートジェットでマンチェスターに向かうためだった。
しかし、FAXを通じて送信されるはずだった書類が期限内に届かず、移籍は破談に終わった。かくして、「望まれない」GKとしてマドリーに残留したK・ナバスだが、15-16シーズン途中に追い風が吹く。
ジネディーヌ・ジダン監督の就任である。
■ジダンの信頼
2016年1月。成績不振で解任されたラファエル・ベニテス監督の後任に、ジダン監督が就いた。
ジダン監督はK・ナバスを信頼した。2014-15シーズン(公式戦11試合出場)と比較して、2015-16シーズン(45試合出場)、2016-17シーズン(41試合出場)、2017-18シーズン(44試合出場)とジダン政権でナバスのプレータイムは格段に増えた。
2018年1月にマドリーがケパ・アリサバラガ獲得に動いた際にも、ジダン監督が難色を示したため、取引は不成立に終わった。だが2017-18シーズン終了時にジダン監督が辞任。クルトゥワの加入とフレン・ロペテギ監督の就任で、2018-19シーズン(21試合出場)は出場機会が減った。
カルロ・アンチェロッティ、ベニテス、ジダン、ロペテギ、サンティアゴ・ソラーリ...。幾度となく監督交代が行われる中で、K・ナバスに絶対的な信頼を寄せたのはジダン監督だけだった。しかし、そのジダン監督が率いるチームで、K・ナバスはチャンピオンズリーグ3連覇を経験した。
特筆すべき点が、もうひとつある。
5月19日に行われた昨季のリーガエスパニョーラ最終節ベティス戦。本拠地サンティアゴ・ベルナベウのラストマッチで、K・ナバスに対して観衆から拍手喝采が送られた。それは彼がマドリディスタの愛と敬意を勝ち取った証であった。
カシージャスというマドリディスタのアイドルから正GKの座を引き継いだK・ナバスは、良い意味で周囲の期待を裏切った。チャンピオンズリーグ3連覇という偉大な記録は色褪せない。決して消せない印を、彼はマドリッドに残していった。