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ベトナムが日本に支援要請!新幹線建設はそんなに喜ぶべきことなのか?

山田順作家、ジャーナリスト
鉄道後進国からの脱皮を目指すベトナム(ベトナム鉄道公社のHPより)

■ハノイ発のニュースを大歓迎するメディア

 ベトナム政府は、1月13日、国内を縦断する南北高速鉄道(ハノイ−ホーチミン新幹線)の建設に関して、日本政府に支援を要請したことを発表した。

 この日、日本の鈴木俊一財務相がハノイを訪れ、ファム・ミン・チン首相と会談。この会談後に、ベトナム政府が発表したもので、これを現地メディアがいっせいに伝えた。

 これを受けて、日本のメディアも報道。その報道ぶり、論調を見ると、どこも「大歓迎」といった様子だった。

 報道に対するコメント、ツイッターなどのSNSに寄せられた声なども、歓迎ムードに満ちていた。

「やはり日本の技術が信頼された証拠」「中国のやり方はアコギだから、日本が選ばれるのは当然」「これを機に東南アジアにおける日本の存在価値を高めるいいチャンス」「ベトナムを南北に日本の新幹線が走るのを想像するとワクワクする。ぜひ、成功させてもらいたい」「日本外交の勝利」-----など、挙げていけばきりがない。

 しかし、そんなに浮かれていいものだろうか? 現在の日本の状況から見て、ベトナムでの高速鉄道建設は、利のあるものなのだろうか?

 ここでは、冷静に考えてみたい。

■東南アジア各国で中国勢の後塵を拝する

 なぜ、日本のメディアをはじめとして、国民の多くが今回のことに浮かれるのか? その理由は、なによりも中国に一矢を報いたことにあるだろう。

 これまで、アジアにおける高速鉄道建設において、日本は中国にことごとく負けてきた。日本人の誇りとも言える新幹線の技術を中国に提供したために、中国製新幹線が本家本元を追い越してしまったのだ。

 インドネシアにおいても、マレーシアにおいても、そしてタイにおいても、高速鉄道計画が持ち上がるたびに、日本の新幹線は最有力とされた。ところが、フタを開けてみるとことごとく中国勢に奪われ、中国の後塵を拝してきたのである。

 その顕著な例がインドネシア高速鉄道だ。首都ジャカルタから西ジャワ州の州都バンドンまでの約150キロを結ぶ高速鉄道の入札において、当初は日本勢が最有力視された。日本は、技術力と安全性を訴えた。

 ところが、中国は、インドネシア政府の財政負担を求めず、日本より安価な条件を提示した。

 これでは、日本勢が勝てるわけがない。

 タイ高速鉄道もマレーシア高速鉄道(シンガポール–クアラルンプール、2021年中止)も、同じような経緯で、日本勢は見る影もなかった。

■大幅遅れのインドネシア新幹線の教訓

 中国に負けたインドネシア新幹線だが、日本にとって負けてよかったという出来事が続出した。なにより、2016年に起工されたものの、工事が遅れに遅れ、いまだに完成していない。当初計画では2019年の開業だった。

 工事の遅ればかりか、昨年12月には、作業中だった中国人作業員2人が死亡、5人が負傷するという大事故が起きている。それでも、今年の6月には開業するというから、関係者はみな首をかしげている。

 こうした事態に、日本勢は「それ見たことか。中国に頼むからこうなる」と溜飲を下げている。しかし、工事の遅れ、トラブルの続出は、中国のせいばかりとは言えない。

 たしかに中国が提示した建設計画と工事はずさんだった。しかし、それ以上にインドネシア政府の計画がずさんだった。

 土地収用は遅れ、資材価格は高騰、建設費は膨れるばかりになった。そのため、当初の「政府負担なし」は反故にされ、インドネシア政府は日本円で350億円あまりを負担せざるをえなくなった。さらに、工事は環境問題も引き起こした。

 こうしたことから言えるのは、東南アジアにおける高速鉄道建設に利はほとんどないということだろう。

■高速鉄道(新幹線)はベトナム人の夢

 今回、ベトナムがあえて日本に支援を要請したのは、インドネシアが教訓になったと言われている。「中国に発注したら大変なことになる」と、ベトナム政府が判断したと伝えられている。

 もともと、ベトナムは中国に対する警戒心が強い。なにより、地続きであり、かつて中越戦争で戦火を交えている。

 しかし、ハノイとホーチミンを結ぶ高速鉄道は、ベトナム政府、いやベトナム国民の夢だった。なにしろ、ベトナムにはまともな鉄道はなく、ハノイもホーチミンも、バイクとバスが主な交通手段である。

 ハノイとホーチミン間には、鉄道はあるにはある。しかし、これは1935年開業という古い狭軌の路線で、なんとハノイからホーチミンまで約29時間もかかる。そのため、南北を結ぶ高速鉄道の建設はベトナムの悲願だった。

 だから、2007年に中国から雲南省の昆明からハノイまでのパンアジア鉄道建設計画に絡んで、さらにハノイとホーチミンを高速鉄道で結ぶという計画を持ちかけられたとき、即座に飛びついたのである。ベトナム政府はこの計画を発表し、虫のいいことに日本にODAによる資金援助を求めた。

 以後、この高速鉄道計画は資金繰り、工期の問題などをめぐり二転三転し、2021年10月になって、計画案がようやく政府決定されたというのが、これまでのおおまかな経緯だ。

■南北縦断1545kmという一大事業

 ベトナム政府が策定した鉄道整備計画は、「2021~30年の鉄道網整備計画および50年までの展望」というもので、高速鉄道の完成は2030年となっている。ただし、これは全線開通ではなく、全線開通と計画の完遂は2050年という、とんでもない先の話だ。

 ハノイとホーチミンの鉄道ルートの全長は約1545km。ここを狭軌(1000mm)の在来線とは異なる標準軌(広軌)(1435mm)で結び、最高時速320~350キロで、約5時間で結ぶ計画だ。在来線は改良して貨物専用路線とし、高速鉄道は旅客専用路線となる。

 ハノイ–ホーチミン新幹線は、細長いベトナムの国土を南北に縦断し、計画では全線の60%が高架となり、30%が地上、残る10%がトンネルになるという。これは大変な工事、大事業だ。

■ホーチミン地下鉄建設遅延の教訓

 が、ここで想起しなければならないことがある。それは、すでに日本勢は、ベトナムで鉄道建設に着手していることだ。現在、ホーチミンではベトナム初の地下鉄建設が、2023年度内の開業を目指して、日本勢(清水建設、前田建設、日立製作所など)によって進められている。

 ただし、当初の計画では開業は2018年だったから、大幅な遅れである。

 この大幅な遅れの原因は数々あるが、最大の原因は、原材料費や賃金の上昇などで建設費が倍増し、予算繰りがつかなくなったことだ。なんと、予算が国会の承認をえるのにじつに5年以上を要している。

 国の予算が下りないため、ホーチミン市では過去3度にわたって日本円で約250億円を自腹で拠出した。それでも、未払いが何度も発生し、在ベトナム日本大使がホーチミン市に対して工事中断の警告をするという異例の事態まで発生した。

 ベトナムは共産主義強権国家なのに、公的機関の権限が分散していて、決定が遅く、案件はたらい回しなのである。

 となると、新幹線建設がこの地下鉄建設の二の舞にならないとは言えない。つまり、今回の新幹線建設は、けっして歓迎できるものではない。

■技術を奪われ、支援を踏み倒される可能性

 東南アジア諸国を取材して思うのは、この地域は現在、たしかに発展している。人口も若く、活気に満ちている。ベトナムはとくにそうだ。しかし、長年、大国の援助で経済を回してきたため、その意識が染み付いてしまっている。

 端的に言うと、「中国がダメなら日本がある。日本がダメなら、欧米からカネを引っ張ればいい」と思っている節があり、高速鉄道計画はその象徴的案件ではないかということだ。

 つまり、国家プロジェクトと言っても計画はずさんで、支援ばかりを求め、自腹をできるだけ切らないようにしてくる。ところが、もはや斜陽国、先進転落国だというのに、日本政府は相変わらず大国意識のままで、カネをばらまく外交をやろうとする。

 ひと言で言えば、日本ほど「お人よし」の国はない。

 将来の需要予測が明確でないうえ、建設計画、ロードマップがおおざっぱ。さらに資金計画がずさんなプロジェクトに、政府の要請がなければ参画する企業などないだろう。

 さらに、ベトナムはいくら中国と仲がよくないとはいえ、経済は密接に結びついている。しかも陸続きだから、いずれ鉄道は必ず結ばれるだろう。

 そのとき、オペレーションシステム、路線保持システム、安全システムなどで中国と互換性を持つことになれば、日本の経済安全保障は大きく損なわれる。

 こうして見てくると、ベトナム新幹線は、日本にとって魅力的なプロジェクトとは思えない。ベトナムを甘く見てはいけない。相当したたかな国である。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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