メジャーでは先発4、5番手候補と評されていた有原が、レンジャーズでエースの座を狙える理由
「彼が入ることで先発ローテーションが安定してくれれば、他の投手たちを柔軟に起用できるようになる。多くのイニングを投げて、試合終盤まで投げてくれることを期待している」
有原航平を獲得したテキサス・レンジャーズのクリス・ウッドワード監督は、有原が加わることで先発ローテーションが厚みを増し、若手投手に良い影響を与えてくれることを期待する。
「『耐久性』は彼を獲得する際に、とても魅力的だった要素の1つ」と言うのはクリス・ヤングGM。「貴重な質の高いイニングを与えてくれる投手。どのチームもそんな投手を欲しがっており、彼がそれをもたらしてくれることを期待している」
ウッドワード監督、ヤングGM、ジョン・ダニエルズ編成本部長、の3人の口からは有原を評価する言葉として「耐久性」というキーワードが何度も飛び出した。
メジャーの投手たちよりも50イニングも多く投げた有原
2020年は60試合の短縮シーズンだったので、メジャーで最も投げた投手(レンジャーズのランス・リン)でも84イニングだった。
スーパースターを何人も抱える大物代理人のスコット・ボラスは、「前年から投球回数が50~60イニング増える投手はケガをする可能性が高くなる。前年より120イニング増えると、ケガをするリスクは大きく跳ね上がる」と独自のデータを基に投手のイニングが増えることに警鐘を鳴らす。
来シーズンが本来の162試合制に戻るのか、120試合制などの短縮シーズンになるのかはまだ分からないが、今季の60試合から大幅に増えることは間違いない。来シーズンは、これまで以上に投手の投球回数に注意が必要なシーズンであり、だからこそレンジャーズは「耐久性」を求めて有原獲得に動いた。
21年にレンジャーズの先発ローテーションへ入る投手の中で、今季の投球回数が最も多かったのはカイル・ギブソンの67.1イニング。
通常、162試合制のシーズンではエース投手は200イニング、ローテーションを守る投手でも180イニング前後は投げるが、ボラスのセオリーを守ると、エース投手でも140イニング程度しか投げられない。30先発すると仮定した場合、平均で5回を投げさせずに降板させないと、140イニングを超えてしまう。
この問題を避けるためには、来季は120試合程度に留めて、試合数の急激な増加を止めることだが、選手会は来季に162試合のフルシーズン戦うことを求めている。今季、60試合の短縮シーズンとなったために、年俸が63%も減らされた選手たちは、これ以上、給与を減らされることに拒否反応を示している。
有原は今季、132.2イニングを投げているので、「ボラス・セオリー」によると190イニング近くまでは投げられる。これこそがレンジャーズが有原に求める役割だ。年俸が安く、イニングを稼いでくれる使い勝手の良い投手として、有原を獲得した。
ただし、有原はNPBで190イニングも投げた経験はない。2017年の169イニングが自己最多の有原が、メジャー1年目から190イニングも投げられるかどうかは疑問点だ。
レンジャーズは有原が「馬車馬」や「イニング・イーター(投球回数を稼いでくれる投手)」になることを望んでいるが、有原はそこまでタフな投手なのだろうか?
レンジャースは有原が第2のコルビー・ルイスになることを望んでいる。
NPBの広島東洋カープで2シーズンをプレーしたルイスは、カープを退団後にレンジャースに復帰。NPBでは180イニング以上を投げたことがなかったのに、メジャー復帰1年目の2010年にいきなり200イニングを超えてみせた。日本に渡る前にアメリカで投げた最高は2003年にメジャーとマイナーを合計した174.2イニング。
ルイスは翌11年シーズンも200イニングを投げ、引退するまでの7年間で3度も200イニング超えを達成。2017年からはGM特別補佐を務めている。
ヤングGMは1年目から有原が200イニングを投げるとは考えていないようで、「150イニング以上は投げてくれることを期待している」と具体的な数字を挙げている。
有原はヤングGMが初めて獲得した「大物フリーエージェント」であり、有原の働きぶりがヤングGMの選手評価眼の確かさを左右することになる。
来季を捨てて、先発ローテーションを解体したレンジャーズ
今季のレンジャーズは「球団史上最強」と呼ばれた強力先発投手陣でシーズンに望んだが、蓋を開けてみれば期待を大きく裏切り、先発投手陣の防御率はメジャー30球団中24位の5.32だった。
エースとしてトレードで獲得したコーリー・クルーバーは1イニングを投げただけで肩の痛みを訴えて降板。そのままシーズンを終えたクルーバーは来季の契約も残っていたが、レンジャーズはサイ・ヤング賞を2度獲得した右腕に見切りを付け、自由契約とした。
メジャー最多の84イニングを投げたリンは、サイ・ヤング賞投票で2年連続して6位に入るなど、クルーバーの穴を埋める働きをしたが、今オフにシカゴ・ホワイトソックスへトレードしてしまった。
2019年にオールスターに選ばれ、サイ・ヤング投票でも9位に入った左腕のマイク・マイナーで0勝5敗と不振で、シーズン途中にオークランド・アスレチックスにトレードで放出。
昨季の開幕前にはリーグ屈指の三本柱と言われた3投手全員が1年でいなくなり、レンジャーズの先発陣はメジャー最低レベルにまで落ちてしまった。
ここ2シーズンはメジャーでもトップレベルの働きをしたリンの放出は、レンジャーズの目がが来季ではなく、将来を見据えていることの証である。
リンの来季年俸は933万ドルで、メジャー・トップクラスの投手としては非常にお買い得。費用対効果も高いリンを手放したのは、リンの契約が残り1年で、シーズン終了後にフリーエージェント(FA)として失うのであれば、来季1年を犠牲にしても有望な若手投手を獲得した方がプラスだと判断したためだ。
メジャー最低レベルの先発ローテーション
レンジャーズの先発ローテーションは、ギブソンとジョーダン・ライルズの2人のベテラン投手が、メジャー経験の少ない若手投手たちを引っ張る形になる。
選手の評価指標であるWARは、0が代替可能レベルな選手で、2.0がレギュラークラス、5.0がオールスター・レベルの選手と言われる。昨季はシーズンが60試合だったので、0.7がレギュラークラス、1.8がオールスター・レベルとなる。
表ではベースボール・レファレンス版(rWAR)を用いたが、0.3を超えたのはカイル・コディだけで、マイナーリーガー・レベルのマイナス評価だった投手が2人もいる。
先発1番手候補のギブソンは代替可能レベルで、2番手候補のライルズはマイナー・レベルなのだから、他のチームにいけば先発4、5番手候補と評価されていた有原にもエースの座を狙えるチャンスはある。
防御率と疑似防御率のFIPがともに5点を超え、WHIPも1.5を超えた投手は、他のチームであれば先発4、5番手なのに、先発投手陣のレベルが低いレンジャーズでは1番手と2番手を占めている。
リンとのトレードで獲得したデーン・ダニングと、身長2メートルのコディは来季の躍進が期待できるが、「ボラス・セオリー」を当てはめると100イニング以上は投げされられない。コディは2018年に、ダニングも19年にトミー・ジョン手術を受けており、将来の先発の柱となれる投手に対して、レンジャーズ首脳陣も無理はさせないはずだ。
コルビー・アラードは他のチームであればローテーションに入れるような投手ではないが、レンジャーズの場合は先発唯一の左腕なのでローテーションに残すだろう。
ウェス・ベンジャミンはブルペンに置いてロングリリーフとして使いたいが、先発とブルペンを行き来することになりそうだ。
「イニング・イーター」としての働きを期待されている有原は、リンの代役と考えることもでき、リンの代役を務めることができれば、先発1番手の座を手にしても不思議ではない。
ギブソンとライルズ、そして有原の契約は2022年シーズン終了後に切れる。レンジャーズは野手にも2023年以降の契約があるベテラン選手は皆無で、2023年が勝負の年となる。それまでの2シーズンは、若手選手の育成を中心に戦っていく。
同地区には今季、ワールドシリーズ出場まであと一歩だったヒューストン・アストロズ、3年連続でプレイオフ出場中のアスレチックス、豊富な資金力を誇るロサンゼルス・エンゼルスがいて、レンジャーズはこの3チームに対抗できるだけの戦力がまだ揃っていない。
この2年間で有原がエースの座を射止めることがあれば、リンやマイナー同様に契約が切れる前に、若手投手との交換でトレードに出されるだろうが、それは最高の栄誉でもある。