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Bリーグ横浜のキャプテンで「テラスハウス」出演中 田渡凌の魅力と実力

大島和人スポーツライター
田渡凌選手 写真=B.LEAGUE

Bリーガーがテラスハウスに出演中

若い人には説明不要かもしれないが「テラスハウス」というリアリティ番組の人気シリーズがある。まず2012年からフジテレビ系列で放映され、現在はNetflix(ネットフリックス/ストリーミングで番組が見られるウェブサイト)で新しいシリーズが放送されている。男女6人のグループが一つ屋根の下で生活し、恋愛も含めた“リアル”を切り取ったドキュメンタリーだ。

リアリティ番組と言っても演出は当然あるだろうし、視聴者の幻滅を誘う“雑味”はエレガントに取り除かれている。出演者たちは特に若者のロールモデルとして注目を浴び、その行動が人々の「会話の種」になる。

10月8日未明、プロバスケットボールB1横浜ビー・コルセアーズから、その「テラスハウス」に絡む驚くべきリリースが出た。チームのキャプテンも務める田渡凌選手が番組に出演し、既に共同生活を始めているという内容だった。

日本代表の八村塁(ワシントン・ウィザーズ)は以前からテラスハウス好きを公言し、8月には同番組へ出演している。しかし田渡凌はスタジオゲストでなく「レギュラー出演者」の立ち位置だ。

中学時代から全国区

田渡凌はバスケ一家に生まれた、将来を嘱望される26歳のプレイヤーだ。180センチ・82キロとバスケ選手としては小柄だが、攻撃の司令塔役のポイントガード(PG)を務めている。昨季は1試合平均9.7得点、4.0アシストと主力にふさわしい数字も残した。

父・優氏は京北高校(現東洋大学京北)の監督として多くのBリーガーを輩出した名指導者。3兄弟の次男・修人もサンロッカーズ渋谷で活躍中だ。

京北中学時代は新潟・本丸中の富樫勇樹(現千葉ジェッツ)と並び称される存在で、高校進学後もU-16日本代表やウィンターカップで大活躍。京北高卒業後は渡米し、「浪人」の時期も含めてアメリカに5年間滞在。オローニ短大を経て、NCAA2部のドミニカン大学カリフォルニア校でプレーした。短大2年生からは3年連続でチームのキャプテンも任されている。

アメリカで得た武器は「リード力」

帰国直後に父の優氏は三男・凌の成長についてこう述べていた。

「日本にいたときは点取り屋で、中学のときはアベレージ40点、高校のときも30点は取っていた選手。その彼が(アメリカでは)自分を殺してチームを活かすことをやっていた」

本人もアメリカ生活をこう振り返っていた。

「アメリカのバスケは『リード力』をポイントガードに求めるんです。高校のときはどちらかというと自分が攻めてチームを引っ張る感じだった。アメリカでは具体的にチームがどういうとき、何が必要かを学んだ。周りの選手に最高のパフォーマンスを出させるーー。それが僕の今の一番の楽しみでもあるし、勝利につながる方法でもあると思います」

ポイントガードはヘッドコーチとともに意思決定を下し、言葉も含めてそれを仲間に伝える大切な役割がある。英語力のある田渡凌は、外国出身選手とのコミュニケーションもスムーズだ。

インスタのフォロワーは2倍以上に

もちろん彼が芸能活動と競技をスムーズに両立できる保証はない。ただしプロのアスリートは意外と「空き時間」が多い。ゲストハウスの出演者は24時間拘束されるわけでなく、学校や仕事と両立しながら暮らすのが基本だ。東京都内の「家」と神奈川県内の練習場、試合会場を往復することは十分に可能。過去には水球、アイスホッケーの選手が出演した例もある。

もちろんプライバシーを晒すことによるメンタル的な負荷はあるだろうし、食事や休養などに影響が全くないとは思えない。一方でリーグやクラブにとって認知度向上は大きなメリットだ。実際に田渡凌のInstagram(インスタグラム)は2日でフォロワーが2倍以上に増えている。

「10代、20代の男女」はバスケに限らずどんなスポーツも取り込みを狙っている層だ。彼らに関心を持ってもらうために様々な努力もなされている。「テラスハウス」の視聴者はBリーグが狙いとするターゲットだ。

リーグも狙っていたテラスハウス出演

もっとも横浜は3シーズン連続で入れ替え戦に回っているクラブ。ファンが「バスケに全力を注いで欲しい」と願うのは当然だし、憧れの存在がプライベートを晒すことに嫌悪感を持つ人もいるだろう。

Bリーグの大河正明チェアマンは「僕はNetflixをあまり見ないので分からないのだけど」と前置きしつつ、こう述べていた。

「露出を増やしてファンを開拓する意欲と、そもそもチーム状況がこういうときに何をやっているの?というコアファンの意見と、どちらも理解できる。それを払拭するためには、露出にチャレンジしつつ、チームと個人の成績をしっかり残していく両立しかないと思います」

ただしBリーグ本体の広報スタッフも、実は過去に『テラスハウス』をターゲットにした売り込みを行っていた。オフ期間の出演を前提に、独身選手(とBリーグ職員)の写真も含めたプロフィールを制作会社に渡したことがあるという。

2009年にもフジテレビ系列で『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』という、プロバスケットボールを舞台にしたドラマが制作されている。山下智久が演じる上矢直輝のチームメイトとして、トヨタ自動車を退団した直後だった石田剛規(現B2東京エクセレンスヘッドコーチ)も出演していた。また試合や記者会見などのシーンにも様々なチーム、選手が協力をした。当時はJBL、bjリーグと2リーグが分立している時期だったが、関係者の努力もあって両リーグの「共演」が果たされていた。

しかし今回の出演はリーグ側の動きと直接の関係はなく、別のルートで決まったもの。筆者が把握している範囲でいうと本人に出演の意思があり、人間関係の中に制作サイドとの接点もあった。クラブ側も出演に前向きだった。(※「どちらが先にオファーしたか」は不明。細かい出演の経緯について本人はノーコメントだった)

「出ているからこそ勝たなきゃいけない」

プレーへの悪影響を懸念する人もいるはずだが、それを払拭したのが11日の秋田ノーザンハピネッツ戦。横浜は75-60で秋田を下し、田渡凌も9得点11アシストの活躍でミスタービーコル賞(MVP)に選出された。

ポイントガードは他のポジション以上の激務だ。11日の試合は同じポジションの生原秀将が試合中に鼻を強打し折るアクシデントがあった中で、34分48秒の長い出場時間を乗り切った。横浜にとっては昨季から続く16連敗を止める、大きな勝利だった。

試合後の彼はマイクを手にファンへこんなメッセージを発していた。

「皆さんご存知の通り、僕はテラスハウスに住み始めました。2連敗してふざけるなよと思った人たち、たくさんいると思います。すいませんでした。でも(テラスハウスに)出ているからこそ勝たなきゃいけない。チームで強くならなければいけないと思って、7月からずっと練習してきました。今までよりはるかに練習したし、今日試合に出たメンバーも出ていないみんなも含めて、ハードにやってきました」

アクシデントを乗り越えた勝利についてはこう喜んでいた。

「アクシデントのあるときはチームが一つになるか、バラバラになるか、どっちかです。今日は一つになって戦えたことが、この結果につながった。今年は特にそういうところを大事にして、トレーニングキャンプからやってきました。勝つと自分たちのやってきたことが正しかったと再確認できる」

目指すのは「みんなが意見しやすいチーム作り」

横浜は主力級のベテランがチームを去り、今季は大幅に若返った。田渡凌はチームのキャプテン、リーダーとしてこう考えている。

「去年から試合に沢山出させてもらって、コートでリードする意識はもちろんあったんですけど、今年は若い選手が一杯いるし、みんなが意見しやすいチーム作りを練習から意識してきました。生原、アキチェンバースと(20代の)3人でよく話をしています。橋本(尚明)さんも、ジェイソン(ウォッシュバーン)も、エドワード・モリスも、みんなが僕に『今チームにこういうことが必要なんじゃないか?』と話してくれる。もちろん僕もリードしますけれど、みんながリードするチームだと思います」

田渡凌は以前、帰国の一因に2020年の東京オリンピック開催を挙げていた。彼は若手中心のチームで参加するジョーンズカップなどで日の丸を背負ってプレーした経歴を持つ。しかしワールドカップの予選、本大会などの大舞台はまだ経験していない。それでも「あと一歩」の実力はあるし、横浜を上位まで引き上げることができればそれは間違いなくアピールになる。「テラスハウス」発の日本代表選手が出れば、それは夢のある話だ。

周りをぐいぐい引っ張れるけれど、周りの話にしっかり耳を傾けられる。田渡凌はそんな若者だ。彼の活躍を試合、番組の両方で楽しみたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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