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逮捕の猿之助氏 殺人ではなく親の自殺の手助けだと相続や保険金はどうなる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 母親の自殺を手助けしたとして逮捕され、父親の死への関与についても捜査が進められている市川猿之助氏。こうした事件は、その推移によっては相続や生命保険の保険金にも影響を与えることになる。猿之助氏の事件のケースに関し、今後考えられる可能性についてまとめてみたい。

相続はどうなる?

 すなわち、猿之助氏の両親にはほかに子がいないため、父親の遺産の法定相続人は母親と猿之助氏、母親の遺産だと父親と猿之助氏になる。両親の遺言はなかったというから、両親が他界した順序がどうであれ、本来であれば2人の遺産は猿之助氏が全て相続するはずだ。

 しかし、民法の「相続欠格」と呼ばれる規定により、故意に被相続人を死亡するに至らせ、 または至らせようとしたために刑に処せられた場合には、相続人になることができない。

 死の結果に対する「故意」が必要なので、傷害致死罪や過失致死罪は除外されるものの、「死亡するに至らせ」とか「至らせようとした」という条文だから、殺人罪だけでなく、嘱託・承諾殺人罪や自殺教唆罪、自殺幇助罪、それらの未遂罪も含まれる。

 「刑に処せられた」とは、有罪判決を受け、懲役刑などの言い渡しを受けて確定したことを意味する。執行猶予判決か否かを問わない。したがって、たとえ猿之助氏が殺人罪ではなく自殺幇助罪で立件、起訴されたとしても、有罪判決を受けて確定したら、相続人にはなれない。その効果は、相続開始時にさかのぼって生じる。

 猿之助氏には子がいないから、猿之助氏に代わって相続できる「代襲相続」と呼ばれる制度も適用されない。ほかに相続人がおらず、両親の遺言もなく、その療養看護に努めるなど特別に縁故があった者もいないということになれば、両親の遺産は国庫に帰属する。

 ただし、猿之助氏に執行猶予が付き、何ごともなくその期間を経過すれば、刑の言い渡しの効力がなくなるから、その段階で相続人の資格を回復することができる。実刑になるか否かも重要となる。

写真:イメージマート

保険金はどうなる?

 では、両親の生命保険の保険金はどうなるか。保険法では、保険の契約者や保険金の受取人が被保険者を故意に死亡させた場合、保険会社は保険金を支払う責任を負わないとされている。保険金目当ての自殺を防ぐため、被保険者が自殺した場合も保険会社は同様に免責される。

 もっとも、前者については、先ほどの相続のケースと異なり、自殺が条文で明確に除外されているから、殺人罪や嘱託・承諾殺人罪の場合に限られる。また、後者についても、保険会社との契約内容によっては、契約締結後、1~3年程度の免責期間を経過しており、保険金目当ての自殺でなければ、保険金が支払われる場合もある。

 したがって、猿之助氏が両親の生命保険の契約者や保険金の受取人だったとしても、殺人罪ではなく自殺幇助罪による立件にとどまれば、保険金目当ての事件でないなど、保険契約の内容次第で保険金を得られる可能性が出てくる。

 猿之助氏は、出演した映画の公開延期やドラマの放映中止などにより、配給会社などから莫大な損害賠償請求を受けるとみられる。いかなる経緯や状況で事件が生じたかによって相続や保険金の行方をも左右するから、警察としても、適用する罪名の見極めを含め、慎重に捜査せざるを得ないというわけだ。(了)

【参考】

拙稿「なぜ猿之助氏を母親の自殺幇助で逮捕? 父親の件はどうなるか、捜査の焦点は

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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