「マスク氏、Twitter買収」でフェイク拡散へ迷走?各国が懸念する本当の理由
イーロン・マスク氏によるツイッター買収合意をめぐり、フェイクニュースやヘイトスピーチなどの増加と混乱が懸念されている。
ウクライナ侵攻に直面し、フェイクニュース対策を強める欧州連合(EU)首脳らは迷走を懸念し、「ルールは守ってもらう」と、けん制の声が相次ぐ。
ウクライナ侵攻では、ロシア政府の公式ツイッターアカウントなどから、今もフェイクニュースの拡散が続く。
真意が不明な「表現の自由」を掲げるマスク氏。その背後にあるのは何か?
ツイッターのフェイクニュース対策を後退させれば、その氾濫はさらに悪化する。
そして早くもツイッターでは、ユーザーの大量離脱と流入の動きが同時に出ているという。
●「ルールは守る必要がある」
欧州委員会委員のティエリー・ブルトン氏は、テスラCEOのマスク氏による440億ドル(約5兆6,400億円)でのツイッター買収合意が発表された4月25日、ツイッターにそう投稿している。
フランスのデジタル担当長官、セドリック・オ氏も同日、ツイッターでそう指摘している。フランスではツイッター買収合意の前日、エマニュエル・マクロン大統領の再選が決まったばかりだ。
EUにとっては、フェイクニュースやヘイトスピーチ対策で、プラットフォームへの規制を強化する「デジタルサービス法(DSA)」について、4月23日に欧州委員会と欧州議会が合意を発表したばかり、というタイミングでもあった。
さらに英国首相、ボリス・ジョンソン氏の広報官も、「オーナーが誰でも、すべてのソーシャルメディアプラットフォームは担うべき責任がある」のコメントしている。
英国でも、「デジタルサービス法」と同様に、フェイクニュース対策でプラットフォーム規制を強化する「オンライン安全法案」の検討を進めている。
米ホワイトハウス報道官のジェン・サキ氏も同日、買収合意への直接の言及は避けたが、「大統領は以前から、ツイッターなどのソーシャルメディアプラットフォームが誤情報を広める力について懸念を表明してきた」と述べている。
各国政府の懸念の向かう先は、直面するウクライナ侵攻をめぐるロシアによるフェイクニュースの氾濫などへの対策に、マスク氏が掲げる「表現の自由」が及ぼす混乱だ。
●「表現の自由の絶対主義者」
マスク氏は買収合意発表翌日の4月26日、自身が掲げる「表現の自由」をめぐる反響について、ツイッターに投稿し、さらにこう述べている。
今回の買収合意のリリースでも、マスク氏はこうコメントしている。「表現の自由は民主主義が機能するための基盤だ。そしてツイッターは、人類の未来に不可欠な問題が議論されるデジタルタウンスクエア(広場)だ」。
マスク氏はツイッター買収表明に先立つ3月5日、ウクライナ情勢をめぐって、自らを「表現の自由の絶対主義者」だとして、こんなツイートをしている。
マスク氏は、侵攻開始から2日後の2月26日、ウクライナからの要請を受け、CEOを務めるスペースXによる衛星インターネット「スターリンク」をスピード供与し、注目を集めていた。
ウクライナ侵攻をめぐって、EUは3月2日、ロシアによるフェイクニュース拡散への対策として、同国営メディアの域内配信を禁止する取り組みを打ち出していた。そんな状況下での、「表現の自由」の表明だった。
その「表現の自由の絶対主義者」ぶりは、ツイッター買収の動きの中で、より鮮明になる。
4月14日に行われたトークイベント「TED」に登壇したマスク氏は、有害コンテンツ対策について、こう述べている。「削除には非常に消極的でありたいし、永久追放には慎重でありたいと考えている」
フェイクニュース対策は、常に規制と自由との微妙なバランスの中で議論されてきた。
フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアを舞台としたフェイクニュースや陰謀論の氾濫は、2016年の英国のEU離脱国民投票、米大統領選、そして翌年のフランス大統領選などでも混乱を招く。さらに2020年の米大統領選をめぐる混乱は、翌年1月6日に起きた空前の米連邦議会議事堂乱入事件と、フェイスブック、ツイッターなどによる現職大統領だったドナルド・トランプ氏のアカウントの一斉停止、という事態にいたる。
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
一方で、米国の現職大統領のアカウントも停止できる巨大プラットフォームの力に対しては、ドイツ首相だったアンゲラ・メルケル氏らから懸念の声も上げられた。
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
これらプラットフォームのフェイクニュース対策に対して、トランプ氏が掲げた主張が、「表現の自由」の侵害だった。
※参照:Facebook,Google,Twitterを訴えるトランプ氏の思惑(07/09/2021 新聞紙学的)
今回の買収合意をめぐって、トランプ氏のアカウント復活が取り沙汰される理由は、この2人が掲げる「表現の自由」というキーワードにある。
●「表現の自由」の誤解
カーター政権で史上最年少のスピーチライターを務めたジャーナリスト、ジェームズ・ファローズ氏は、マスク氏の4月26日の「検閲」ツイートへの返信で、こう述べている。
憲法は政府による「表現の自由」の侵害のみを禁じており、「検閲」は政府による介入を指す。そして民間組織においては「ルール」を自由に定めることができ、それ自体が民間組織の「表現の自由」に含まれる。そのいずれについても、マスク氏は誤解をしている、との指摘だ。
その誤解は、政府の指導者であったトランプ氏が、フェイスブックやツイッターのフェイクニュース対策に対して「表現の自由」の侵害を主張する構図にも通じる。
テッククランチのデビン・コールドウェイ氏も、マスク氏の「表現の自由」の主張に対して、「自分の言っていることがわかっていない」として、こう指摘している。
マスク氏の、「表現の自由」の主張とは矛盾する動きも指摘されている。
2022年1月には、マスク氏のプライベートジェットのフライトを監視するボットを開発し、ツイッター上で公開していたフロリダ出身の19歳に対して、アカウント削除の代償として5,000ドルを提供する、との申し出をしていたと報じられた。
また3月には、外部の顧客にも提供されていたテスラの自動運転ソフトの動画レビューをユーチューブで公開したテスラ社員を、解雇していたことも明らかにされた。
●SECとの確執、そしてツイッター買収
マスク氏が「表現の自由」にこだわる背景とされるのが、同氏のツイートをめぐる米証券取引委員会(SEC)との確執だ。
きっかけは2018年8月7日、マスク氏が「テスラを(1株)420ドルで非公開化しようかと検討している。資金は確保した」などとツイートしたことだ。結局、マスク氏は8月24日に非公開化を撤回する。
SECは同年9月27日、このツイートを「誤解を招くツイートによる証券詐欺」だとして提訴。マスク氏は「不当な行為」だと反発したが、2日後には会長辞任と同社と合わせて制裁金4,000万ドル(約51億円)の支払いで和解する。
和解条件には、このほかに、マスク氏のツイッターの投稿に重要事項が含まれていないことを同社の弁護士が事前確認する仕組みを導入することも盛り込まれていた。
だが和解の数日後から、マスク氏がSECを当てこするようなツイートや、重要事項や株価下落につながるツイートをするなど、緊張関係が続いていた。
2021年11月には、マスク氏がテスラ株10%売却について、ツイッター上でアンケートを実施。その果てにSECは、マスク氏へのツイートの事前確認システムが機能していない、としてテスラに和解条項の遵守状況の報告を求める召喚状を送付する事態になっていた。
マスク氏とテスラは2022年3月8日、「SECによる悪意のいやがらせ」がマスク氏の「表現の自由」を妨げている、としてツイートの事前確認の和解条件の終了を求める。
そしてマスク氏の関心は、その舞台となってきたツイッターに向いたようだ。
「ツイッターは表現の自由を遵守しているか?」。マスク氏が、そんなアンケートを呼びかけたのが3月25日。翌日には「新しいプラットフォームが必要か」などとツイートは続く。
そして4月4日、マスク氏がツイッター株9.2%を取得したことが公開される。翌日にマスク氏のツイッター取締役就任が発表されるが、4月10日になって取締役には参加しないことが明らかに。4月14日にマスク氏が株式の100%購入を表明すると、翌15日にはツイッターが「ポイズンピル」を発表。4月25日の買収合意にいたる。
この経緯を振り返ると、マスク氏が掲げる「表現の自由」の矛先は、ツイッターよりも、SECに向いているように見える。
●大量離脱と流入
すでに大きな変動が起きている。
フォーチュンやNBCニュースは4月26日、米国のリベラル派アカウントのフォロワーが激減する一方、保守派のフォロワー数が増加している、と報じた。ツイッターは、これは同社によるボット対策などによるものではなく、「オーガニック(ユーザーの自発的な動き)」と説明している。
ソーシャルメディア分析会社「ソーシャル・ブレード」のデータによると、減り幅が大きいのは前米大統領夫人のミッシュエル・オバマ氏(4/26:1万9,975人減、4/27:7,984人減)、民主党上院議員、バーニー・サンダース氏(4/26:1万8,798人減、4/27:4,463人減)。民主党下院議員のアレキサンドリア・オカシオ=コルテス氏は4月25日に1万6,038人、26日に2万0,725人、27日に1,505人と連続して減少している(※データは、日本時間4/28朝時点)。
民主党支持のテイラー・スウィフト氏のフォロワーは、ツイッターの買収合意発表翌日の4月26日に1万180人減、翌27日にも5,882人減っている。
一方、前米大統領、バラク・オバマ氏のフォロワー数は4月26日には5,063人減となっているが、翌27日には7,384人増と回復している。また、現職の米大統領、ジョー・バイデン氏も、4月26日には5,610人減だが、翌27日には2万4,118人増となった。
米共和党下院議員マージョリー・テイラー・グリーン氏の議員公式アカウントは、4月26日には4万1,181人増、翌27日にも6万3,551人の増加で、合わせて10万人以上の急増となっている。
グリーン氏は、新型コロナに関する誤情報を繰り返し投稿したとして、4回にわたる一時停止を経て、2022年1月に個人アカウントの永久停止措置を受けている。
共和党上院議員、テッド・クルーズ氏も4月26日には5万1,405人増、翌27日にも6万1,261人の増加で、合わせて10万人以上の増加だ。
米国だけでなく、保守派のブラジル大統領のジャイール・ボルソナロ氏も4月26日には6万5,268人増、翌27日にも3万6,228人の増加で、やはり合わせて10万人以上増えている。
今のところ、買収合意後のこの2日間については、マスク氏が表明する「表現の自由」路線をリベラル派は嫌い、保守派は好感した動き、と見られている。
マスク氏はアカウントの永久停止には否定的だ。だがトランプ氏は、アカウントが復活されたとしても「ツイッターに行くつもりはない」とのコメントを出している。
そして、トランプ氏が立ち上げたソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」が4月26日、アップルのアプリランキングで首位に立ったという。
マスク氏は4月27日、これを受けて、「ツイッターが表現の自由を検閲するから、トゥルース・ソーシャル(ひどい名前だ)が存在するのだ」とツイートしている。
●フェイクニュース対策の行方
マスク氏は、買収後のツイッターの施策として、ボット対策やアルゴリズムのオープンソース化などを掲げている。
これらは、実装次第で一定の効果が期待できるかもしれない。
一方で、「表現の自由」の旗印でフェイクニュース対策が後退するようであれば、混乱は避けられない。
ウクライナ侵攻をめぐっては、ロシア政府の公式アカウントなどから、攻撃による被害や市民虐殺を否定する様々なフェイクニュースが拡散されてきた。
※参照:ウクライナ侵攻「ブチャの放置遺体が動いた」偽ファクトチェックを繰り返す狙いとは?(04/05/2022 新聞紙学的)
これに対して、ツイッターなどは、個別の投稿の削除は行っても、「公共の利益」を理由として、政府公式アカウントそのものについては、停止措置にまで踏み込んでいない。その対策が、現状よりさらに悪化する恐れがあるわけだ。
※参照:ウクライナ侵攻「政府公式アカウント」がフェイク増幅エンジン、SNSが規制しない理由とは?(03/22/2022 新聞紙学的)
マスク氏は法律には従う、としている。だが、ウクライナ侵攻をめぐるロシアの情報戦に見られるように、フェイクニュースは、グレーゾーンをめがけて拡散されることも多い。
そして、マスク氏は先の「TED」で「グレーエリアの場合、そのツイートは残しておく」と述べている。
ツイッターにおける1日の投稿量は約5億ツイートと言われる。
その行く先に不安が漂う。
(※2022年4月28日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)