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黒崎さん行方不明事件公判6日目 遺体が見つからなくても有罪はあり得るか?

プラド夏樹パリ在住ライター
入廷するセペダ被告の両親 L’Est républicainのサイト 筆者撮影

4 月5日、フランスで黒崎愛海さん行方不明事件公判6日目が開かれた。前日、監視カメラに残っていたセペダ被告に似た人物の映像が法廷内でスクリーンで映し出され、また、2016年12月4日と5日の間の夜に黒崎さんが暮らしていた学生寮内で女性の恐ろしい悲鳴を聞いた元学生たちの証言など大量の証拠を突きつけられたセペダ被告。

終始一貫して冷静沈着、質問をのらりくらりとかわしながら否認し続ける態度が、今日からわずかなりとも変化するのではないかと期待されているがどうだろう?

「法廷をバカにしてるのか?」ブチギレる弁護士

ところが、前日に監視カメラに写っていた、13回も黒崎さんの部屋付近に現れる人物に関して、裁判長から「これはあなたですか?」と尋問されて、被告は「私はこの人物ではありません」と再び否認を連発した。

その不気味なほどの落ち着きぶりは、今日、法廷をイライラさせた。黒崎さんのフランスでの恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏の代理人であるシュヴェールドルフェール弁護士は、「法廷をバカにしてるのか!」と怒りを露わにした。

また、すでに証拠があがっている黒崎さんのFacebookアカウントに不正アクセスしたことを認めるかどうかを問われても、被告は難解なコンピューター用語を連発しながら否認し続ける。検察長は、「私の質問に答えなさい!私はあなたの生徒ではない!」と爆発、露骨に「愛海さんはあなたを見捨てたんですよ!」という場面も。最後に、同検事長は「あなたは白状しない。それはあなたの権利だ。それがあなたのためになるとは思えないが。でも確かにあなたの権利だ」と呟いた。

「あなたは白状しない。それはあなたの権利だ。それがあなたのためになるとは思えないが。でも確かにあなたの権利だ」

しかし、一抹の進歩があった。公判初日は、「ブザンソンの大学に車を止めたのは安全な場所だったから」と供述したが、今日は、「ブザンソンの大学に来たのは愛海さんと会うためだった」と渋々認めた。裁判長に「進歩したじゃないですか!」と皮肉たっぷりに返される。

要塞のような頑なな否認

全国紙ル・モンド紙は、『ニコラ・セペダ裁判、要塞のような頑なな否認』というタイトルにした記事を発表したので、一部を訳してみる。

これだけの証拠にもかかわらず、被告は事件への関連を否認し続ける。チリの裕福なカトリック伝統派の家庭出身、二人の姉妹のなかでたった一人の息子、母親から甘やかされ、ビジネスで成功した父親の後継者として育てられた彼は、監視カメラの映像内の『この人物』ではあり得ないのだ。(…中略)

いったい誰が、フランスに引き渡しされないようにチリの首都で最も権威ある弁護士事務所に、相談に行ったのか? そして前例がなく、あり得ないだろうと思われていたフランスへの容疑者引き渡しが行われた時に、いったい誰がパリで一番定評のある、元大統領のコンサルタントを務めるラフォン弁護士に弁護を依頼したのか?(中略)。そして公判の初日から第一列目に座り被告席を釘付けになって見つめ、今日は、裁判長に特別許可を求めて被告と昼食をとり、午後に始まる尋問の直前に彼と話し合う機会を得たのは誰か?(筆者注:被告の父親のこと)

今日も、被告は、要塞のように頑なに、7時間近く否認し続けた。(中略)。

たった一回、その頑なさがぐらついた。裁判長が、被告が黒崎さんと再会したときについて尋問したときだ。「彼女はとても驚いていました。そして泣いて喜んでいました」。裁判長は「それであなたは?」と聞く。被告は咽ぶように「私もです」と答え、涙が吹き出した。本当の涙だ。滑らかな顔がしわくちゃになった。子どもっぽくしゃくりあげ、これまでの抑制し尽くされていた言葉が止んだ。鼻をかみ、水を飲んだ。そして、元どおり、ネクタイをきっちりしめ、再び感情に錠をかけたかのような硬い「おとな」の仮面を取り戻した。(中略)。

「学生たちは黒崎さんがいた106号室から女性の悲鳴、バーンという物音を夜中の3時20分に聞いて飛び起きたと証言していますが、あなたは?」という裁判長の尋問に対して、被告は「私には何も聞こえませんでした。深く眠り込んでいたのです」そして「もちろん、いったい何が起きたのかを調査し続けなくてはいけないと思いますよ」と付け加えた。(中略)

そして、黒崎さんと会う前、また一緒に彼女の部屋で過ごし別れた後に、夜中に森の中や川沿いを車で走ったことについては、「小さな近辺の村のクリスマスの照明、教会を見たかったのです。家族の伝統ですが、教会に入ると私は安心するんです」。法廷の第一列目で、被告の父親が頭を降って同意する。そして被告は付け加える、「愛海さんの失踪、本当に悲しいことです」と……。

被告の祖国チリでの反応、ラテンアメリカ人はどう感じているか

ラジオ局フランス3は『セペダ被告裁判に関してチリ人に聞いてみた』という記事を発表。これによると、チリのテレビ局2局が裁判を法廷内から報道しており、話題になっているという。

ところで、彼らにTwitterからアンケートを取ったところ、「私たちの国で同じことが起きたら、まあ、ニコラは自由の身でしょね。お金持ちだから。ここでは、金持ちは罰せられない」、「チリでは同じような事件、富裕層の子どもが事件を起こしたことがあったが、容疑者は自由の身。だから、ニコラはこんなに図々しい態度をとっているんだ」、「私は、フランスでこれだけ緻密な調査が検察によって行われていることに感心している。仏警察に、チリ警察に教示してもらいたいほど」といった反応だったらしい。

フランスには、中南米諸国が軍事独裁政権だった70年代以降に亡命してきたチリ、アルゼンチン人などラテンアメリカ人が多い。彼らに聞くと、「ラテンアメリカはまだ植民地よ」と自嘲的にいうことが多い。富裕層・支配層が牛耳るという植民地的な性格を残しており、民主主義的な司法・政治を期待できないという意味である。そして富裕層といえば、セペダ被告が誇り高く強調するように「伝統的なキリスト教徒」(フランスでは伝統的イコール原理主義的と解釈される)が多く、また富裕税が高いフランスや日本のお金持ちとは桁違いである。

また、セペダ被告のあの一貫して否認する、メディアでは「図々しい」と書かれることが多い態度には、彼の祖国チリでは、遺体は見つからなければ殺人はなかったことにされるのことが関係しているかもしれない。軍事政権下(1973年代から1988年)では、反政府派の多くの左派系の人々が組織的に逮捕され、拷問を受け行方不明になったが、そのことに関する裁判は、遺族の強い要請にかかわらず未だなされていない。

しかし、フランスはチリではない。これまでに遺体が見つからず、犯人は最後まで自白しなかったが有罪になり終身刑になった殺人事件の判例はいくつもあるのだ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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