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観光列車の仕掛け人、水戸岡鋭治デザインのスゴイところ

杉山淳一鉄道ライター

JR九州は来年2月まで "HAPPY BIRTHDAY ♪ KYUSHU PASS" というステキなきっぷを販売しています。誕生月の連続3日間にJR九州の全線に乗り放題。新幹線や特急自由席も利用可能。グリーン車を含む指定席を6回まで使えます。おねだんは2万円ポッキリ。これはもう乗るしかない。というわけで、4月生まれの私は、さっそく出かけました。

HAPPY BIRTHDAY ♪ KYUSHU PASS

始発便で宮崎空港に到着し、宮崎空港駅で免許証を提示してきっぷを購入。志布志線、バス、フェリーを乗り継いで鹿児島へ。翌日は肥薩線で熊本へ、3日目は指宿枕崎線に乗り、バスで鹿児島に戻って九州新幹線で博多へ。福岡空港発の最終便で帰りました。南九州に偏っていますが、実はこの旅で、私はJR九州の全路線を踏破しました。

そして、奇遇にも今回の旅は水戸岡鋭治デザインの観光列車を乗り継ぐ旅でもありました。志布志線の "海幸山幸" 、肥薩線の"SL人吉" 、指宿枕崎線の "指宿のたまて箱"、JR九州ではありませんが、立ち寄ったくま川鉄道で "KUMA" に乗車できました。どれも素晴らしい設備と快適さ。九州は鉄道旅が楽しいです。

さて、水戸岡鋭治氏といえば、この秋にデビューするJR九州の豪華列車、"ななつ星 in 九州" が話題になっています。7両編成のうち1両はラウンジバー、1両はレストラン、残り5両はツインベッドのスイートルームのみ。そのうち4両は3部屋、最後尾の1両は豪華なデラックススイートで、2部屋しかありません。博多発、博多着のクルーズトレインとして運行し、1泊2日コースは長崎、阿蘇、由布院をめぐり、料金は1人15万円から。3泊4日コースは由布院、宮崎、霧島、鹿児島、阿蘇と九州を一周し、料金は1人38万円から。展望スイートを2名で利用すると110万円の豪華ツアーになります。死ぬまでに1度は体験したい列車旅です。

ななつ星in九州

水戸岡鋭治氏は、九州新幹線をはじめ、JR九州の代表的な特急列車のデザインのほとんどを手がけています。また、JR九州が各地のローカル線に走らせている観光列車も担当しました。まさにJR九州の顔ともいうべきデザイナーです。彼の活躍はJR九州に留まりません。鹿児島県と熊本県を結ぶ並行在来線 "肥薩おれんじ鉄道" が今月から運行を開始した観光列車 "おれんじ食堂" も水戸岡鋭治デザインです。

彼の活躍は全国に広がっています。14日にデビューした北近畿タンゴ鉄道の観光列車 "丹後あかまつ号"、"丹後あおまつ号"も水戸岡鋭治さんのデザインです。ほかにも、富山地方鉄道の "アルプスエキスプレス" 、富士急行の "富士登山電車"と"6000系通勤電車"、岡山電気軌道の路面電車、和歌山電鐵の "たま電車"と"いちご電車"に"おもちゃ電車"、くまがわ鉄道の"KUMA"、井原鉄道の "夢やすらぎ号"、さらにバスやロープウェーなど、列車以外の乗り物にも水戸岡鋭治デザインが広がっています。

水戸岡鋭治デザインの特長をひとことで表すと、"和の素材" です。難燃加工した木材や木目パネル、和紙や金箔などを使い、日本式旅館でくつろぐような居心地の良さを提供しています。近年の鉄道車両の内装といえば鉄やプラスチックばかりでした。そこに和の装飾をふんだんに使う。確かに居心地の良い空間です。水戸岡鋭治デザインの列車は他の列車とは違います。珍しくて、話題になり、閑散としたローカル線に観光客を集めます。

観光列車
観光列車 "海幸山幸"の客室
くま川鉄道の観光車両
くま川鉄道の観光車両 "KUMA" は普通列車として運行する

ただ、ここで私はちょっと心配でもありました。このまま全国各地に水戸岡鋭治デザインが採用されると、かえって没個性になってしまうのではないか。どこへ行っても水戸岡鋭治デザインでは飽きてしまいそう。正直なところ、水戸岡鋭治デザインの列車が発表されると、嬉しい半面「またか」という気持ちも生まれてしまいます。

しかし、それは杞憂でした。今回の旅で乗った水戸岡鋭治デザイン車両たちは、たしかに素材という意味では似通っています。しかし、その沿線の風景、利用の仕方に合わせた座席配置になっていました。"海幸山幸" はゆったりとした3列シート。"SL人吉" の客車はモダンでありながら、どこか懐かしい4人がけボックスタイプの座席、"指宿のたまて箱" は海側の座席を窓向きのカウンターとし、山側は座面を少し高くして海を見やすくしています。くま川鉄道の "KUMA"は普通列車として使うので、ロングシートとボックスシートの2両編成。こんな車両で通勤、通学できるなんて羨ましい。

そんな水戸岡鋭治デザインで、いままで私が最も興味深かった車両は、特急列車でも観光列車でもなく、通勤車両でした。JR九州が2001年に導入した817系という電車です。座席にも木材を使い、座面と腰の部分に黒の本皮を使っています。水戸岡鋭治デザインならではの贅沢な座席です。もちろん当時は話題になりましたが、今はもうおどろく所ではありません。

JR九州 817系電車
JR九州 817系電車

注目して欲しい部分は吊り手です。素材は樹脂製で、鉄パイプから下がっています。素材という意味では普通です。でも、乗降扉付近の吊り手を見てください。配置が円形です。まあるい。これが混雑時に扉付近の流れをスムーズにしているそうです。他の電車では吊り手の配置がドアと平行です。そこから垂直方向にも伸びています。つまり、吊り手につかまった人によって、乗降する人、通路を出入りする人を「通せんぼ」しているわけですね。でも、吊り手が円形配置だと、隙間が発生しやすくなるわけです。

木と本皮の座席。観光列車より大きく開放的な窓。上部の吊り手が円形配置。
木と本皮の座席。観光列車より大きく開放的な窓。上部の吊り手が円形配置。

私は混雑時に乗っていないので、その様子を体験できませんでした。しかし、空いている時でも円形配置は効果があるようです。私が乗った次の駅で座席はほとんど埋まり、立ち客がまばらという状況でした。その次の駅で数人の高校生が乗ってきました。彼らは手近な円形配置の吊革につかまり、おしゃべりをはじめました。

この話している姿が楽しそうなんです。井戸端会議みたいで。別の扉の方を見ると、そこも主婦らしき女性たちがまさに井戸端会議中でした。なるほど、この吊り手の配置は実用性だけではなくて、立つ人を楽しくさせる仕掛けなんですね。誰もそうしろとは説明しませんが、自然にそうなっています。

吊り手の配置が楽しいと、使いたくなりますね。そのせいとは言えないかもしれませんが、この電車に乗っている間、ドア付近の床に座っている高校生はいませんでした。床座り。地方ではよく見かけるんですけどね。都心でも日中の電車ではたまに見かけます。でも817系の場合は円形に立っていて、しかもほとんどの人は内側に向いていました。見知らぬ人同士でも、お天気の話題から会話を始められそうな雰囲気です。

和の素材を使えばいい、というわけではないんですね。和の素材のゴリ押しではなく、観光列車の場合、結果として和の素材が持つ心地よさが似合うわけです。通勤電車で、強度が必要な部分は鉄と樹脂でいい。でも、その列車にどんな人が乗るか、どんな風景や雰囲気に期待しているか、ちゃんと考えて作られています。デザインのチカラってスゴイものだなあ、と思いました。

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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