コロナ禍での留学体験…チェコの場合
筆者が所属する城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科は、留学生が多く国際色豊かな都内にある大学院である。また院生は、海外に留学することもある。
他方、現在コロナ禍の中で、世界中の多くの国は国境を封鎖していたり、国内外の人の出入りを厳しく制限したりしている。このため、留学生の一部は母国からオンラインで授業に参加したり、日本人で海外留学している者も限定されていたり、オンラインで授業を受けるような状態になったりしている。このように留学も非常に制限を受けている状態になっている。
このような中、同研究科の院生が、コロナ禍が拡大する少し前に中央欧州のチェコ共和国(以後、チェコと称す)に留学し、チェコと日本を行き来しながら、先日チェコでの留学を終えて、帰国した。またチェコは、日本人にとって必ずしもなじみの深い国ではない。他方、チェコの首都プラハはモルダウ川のほとりにあり、14世紀には神聖ローマ帝国の首都として中欧随一の美しい街並みが築かれていて、古き良き欧州を感じることのできる美しい街であり、おとぎの世界のようであるといわれることもある。
そこで、チェコ留学を果たして帰国した渡邊卓矢さんに、コロナ禍のチェコについてインタビュー取材を行い、現地の貴重な情報を得ることができたので、本記事で紹介したい。
鈴木(S): チェコには、いつの時期にいたのですか。
渡邊卓矢さん(以下、渡邊さん): チェコには、2019年9月から2021年6月まで滞在していました。
S: チェコは、日本人にとっては、国名は聞いたことがあり、一部の日本人には首都プラハのロマンチックな街並みが人気がありますが、それほどなじみの深い国ではないかと思います。チェコに留学された理由はなんですか。またチェコについても説明をお願いします。
渡邊さん: 私は現在、19世紀後半から第一次世界大戦までの期間のチェコと日本の交流史を研究しています。研究を進めていた中で、現地で研究活動を行いたいと考えていました。そんな時に当時指導教官であった柴宜弘先生(注1)から、チェコ政府の奨学金制度に応募してみてはどうかと勧められたのがきっかけです。
チェコは欧州のほぼ真ん中に位置しています。第二次大戦後は社会主義体制をとっており、隣国のスロヴァキアとは1993年の解体まで共にチェコスロヴァキアとして1つの国として存在していました。首都プラハは観光地としても有名で、コロナ禍以前には街中で多くの日本人観光客を見ることができました。また、観光地としてだけではなくビールやボヘミアングラスなども有名です。
S: ありがとうございます。柴先生の急逝には驚きましたが、ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。
さて、チェコでの留学生活はどうでしたか。渡邊さんが留学されて、途中ぐらいから、世界中で新型コロナウイルスの感染が急速に拡大されたわけですが、チェコの現地の様子はどうでしたか。
渡邊さん: 改めて今回の留学を振り返って見ると、不思議な経験だったなと思います。コロナが世界的に拡大していった中で、チェコでも他の欧州諸国同様に様々な規制が課されました。例えば、一部店舗の閉鎖、教育のオンライン化、外出時、特に公共交通機関の利用時や屋内施設の利用時のマスク等着用義務などが行われていました。
特にマスクに関しては、状況が変化するにしたがって、規制が厳しくなっていきました。はじめはマスクまたはスカーフ等で鼻と口を覆うなどでよかったのですが、次には医療用フェイスマスクかFFP2・KN95(注2)等の特殊マスクのみの着用許可になりました。そしてさらにFFP2・KN95等の特殊マスクのみ着用許可というふうに、厳格な方向へと変化していきました(注3)。私は、運よく寮の近所の薬局で今申し上げたようなマスクは購入することが出来ましたが、周りでは品薄状態で中々手に入らないといった声も聞きました。
これらの規制に関しては、コロナ禍の急速な拡大であまりに急激に変わっていったので、記憶が必ずしも鮮明ではありませんが、一部には罰則・罰金といったものも課せられていたと記憶しています。また、マスクの着用に関しては、公共交通機関では警察などがチェックしていました。私が見かけたのは、バスに乗っていた時に、途中で警官が乗車してきて、車内を確認し、マスク等をしていない人がいた場合、その人に声をかけ次の停留所でその人を下車させるといったような光景でした。非常に厳しい対応がとられていました(注4)。
S: かなり厳しい制限を強いられていたのですね。そのような規制をはじめとして、政府の情報発信はどうだったのですか。またそのような政府のやり方やコロナ禍での制約などに対する国民や市民の対応はどうでしたか。
渡邊さん: 私見ですが、そのあたりは比較的スムーズに行われていたように感じます。
コロナ禍での規制について、はじめは大きな不満というものはなく多くの人々は遵守していたと思います。ですが、各種規制が課された生活が長期化してくると多くの人々が不満を抱くようになったと思います。
S: 世界中同じような状態ですね。政府のコロナ対策や国民・住民が守るべきことなどは、どのようにして情報を入手できましたか。
渡邊さん: 私はチェコ政府のコロナ対応の情報は基本的に在チェコ日本大使館からのメールで得ていました。またこまめにチェコ保健省のHPからも情報を確認するようにしていました。
S: 渡邊さんは最近まで、現地にいらっしゃったわけですが、チェコの現地でのワクチンの接種状況などはどうでしたか。この点に関して、学生、特に留学生などへの対応はいかがでしたか。
渡邊さん: チェコでは日本と同様に高齢者、医療従事者など優先順位を設けてワクチンの接種が進められていたと思います。ただ日本と異なるのは接種のスピードで、だいたい5月あたりからだったと記憶してますが、すぐに高齢者世代の接種が終わり、次に若い世代のワクチンの予約を開始しました。私のような留学生、外国人であっても希望すれば予約をすることが出来るようなシステムになっていました。予約が取りづらいというのはあったかもしれませんが。
S: そのような状況で、渡邊さんはどのような留学生活を送られていたのですか?
渡邊さん: 私は学生寮に滞在していたので基本的には一日中寮の中で過ごしていました。外出は生活必需品等を買いに行く時か、気分転換に寮の周辺を散歩する時くらいでした。
はじめは生活必需品等の買占めなどの声も聞きましたが、私は幸い経験していません。必需品の購入は、私の経験では、特段変化がなかったと思います。入場制限はお店の規模に応じて目安が政府から示されており、それに則ってお店側も対応していました。そのために比較的小さめのスーパーでは入口付近で数人の列が出来ているのを見かけたこともありました。
ソーシャルディスタンスに関しては、人によっていたと思います。しっかりと一定距離を保とうとする人もいれば、特にそういったことを気にしてないように見られる人もいるといった感じでした。
S: 渡邊さんは、留学中一時日本に帰国されていましたよね。時期的にはいつですか。
その経験を踏まえてですが、渡邊さんからみて、日本とチェコを比較して、コロナ禍に対する日本とチェコの政府や社会の対応や国民・市民の対応や姿勢などはどうでしょうか?相違点や共通点を教えてください。
渡邊さん: 2020年3月末からおよそ半年間一時帰国しました。その経験も踏まえてですが、両国の対応の相違点として、対応の早さが挙げられると思います。チェコはコロナ騒動の初期段階から先に述べたような制限を実行しており、政府の対応からも危機感というものが感じられました。もちろん日本の対応に危機感が感じられないというわけではありませんが、日本の初期の対応からは個人的にはどこか楽観的なものも感じました。
また、政府の対応に対する国民の姿勢としては、両国は似ているなと感じました。国・政府の示した対応に素直に従うところなどは共通しているのかなと感じました。ただ、チェコの場合は日本と異なり比較的厳しい規制、罰則などがなされたのでそれらが影響していたのかもしれません。
S: 渡邊さんが今回チェコに留学された理由の一つは、ご自身の研究のためだったと思います。今回の留学は、ある意味特別の環境においてだったかと思います。ご自身の成果や評価はどのように思われますか。
渡邊さん: 今回の留学で心残りが無いわけではありませんが、それでも成果はあったと思います。コロナ禍で図書館のオンラインサービス(資料の閲覧等)が充実したのも大きな助けになりました。
S: ご説明ありがとうございます。コロナ禍の今後はまだまだ不透明な部分があります。コロナ禍次第なのでわからない面もあるかとは思いますが、たとえウイズコロナのような状態があっても、チェコ留学でのご経験を踏まえて、渡邊さんから、今後留学を考えている方々にぜひアドバイスをお願いします。
渡邊さん: 基本的なことかもしれませんが、まずは情報収集をしっかり行うことが重要だと思います。コロナ禍では状況が変化しやすいと思うので、留学を考えている国・地域の対応をこまめに確認しておく必要があると思います。「コロナだから、、、」と消極的にならず、前向きに考えていってほしいと思います。
S: 本日はありがとうございます。コロナ禍で大変だったと思いますが、ある意味「特別な留学経験」をしたということもできるかと思います。ぜひ今回の経験を活かして、いい研究成果を出されると共に、その経験を今後の活動および研究・仕事に活かされてください。期待しています。
(注1)柴宜弘先生の略歴は次のとおり。
早稲田大学大学院文学研究科西洋史学博士課程修了。1975~77年、ベオグラード大学哲学部歴史学科留学。敬愛大学経済学部、東京大学教養学部・大学院総合文化研究科教授を経て、城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科特任教授、東京大学名誉教授。2021年死去。専攻は東欧地域研究、バルカン近現代史。
(注2)「FFP2マスク」とは、ヨーロッパ統一規格で濾過率が94%以上のもの。「N95マスク」は、不織布マスク(通常の使い捨てマスク)よりも高規格のもので、細菌遮断率95%の高性能マスク。
(注3)チェコの隣国ドイツに関しても、次のような記事がでていることから、ヨーロッパでは日本以上にマスク着用に関して厳しい規制が出されているということができる。「ドイツのバイエルン州は、1月18日から公共交通機関や駅、バス停などでの着用義務マスクを15歳以上においてはFFP2マスクにすると定めた。」(「ドイツ、高性能マスクの着用義務化 マスクの素材と機能をおさらい」New Sphere、Jan 21 2021)
(注4)次の記事からも、チェコにおけるコロナ禍の状況は厳しく、政府のコロナ禍対策には厳しい意見もでていることがわかる。「失策重ねるチェコ、コロナ新規感染者数が過去最悪に迫る」(CNN、2021年3月5日)
渡邊卓矢さん略歴:
1995年生。2018年城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科(GSIA)入学。2019年9月からチェコ政府奨学生としてカレル大学哲学部留学。2020年3月末から約半年間一時帰国、同年9月から再びチェコ留学に戻り、本年6月帰国し、9月GSIAに再入学予定。