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「児童養護施設の現実を知って」 20歳のトモヤの思いが社会を突き動かした

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
クラウドファウンディングを呼びかけるトモヤ

ドキュメンタリー映画『ぼくのこわれないコンパス』の撮影が進んでいる。監督はアメリカ人のマット・ミラーで、彼の父親は長崎の児童養護施設で幼年期を過ごした。父のルーツを探る中で、日本の児童養護施設の問題に直面した彼が、現実を知ってもらうために映画製作を始める。彼が被写体にしたのが、20歳の青年、トモヤだ。彼らは今年8月、クラウドファウンディングで映画製作に関する撮影資金500万円を募った。

9月19日までに500万円を集められなければ、一切受け取れないという方式で挑んだ。彼らの挑戦は実った。目標を大きく超える600万円超を集め、資金調達に成功した。私自身もイベントなどで関わったが、正直に言えばハードルは高いと感じていた。社会を動かしたのは、トモヤが自分の顔を出して、自分の言葉で社会に向けて訴えたことだ。

トモヤの転機

福島県浜通りで祖父母に育てられたトモヤの人生の転機は2011年、東日本大震災だった。津波で祖母が亡くなり、その後、数えるほどしか会ったことがなかった実の母親に引き取られた。東京で母親と新しい家族と暮らしが始まったが、それは彼にとって「安心な生活」ではなかった。

2012年6月、母親とその夫は1000円だけを残して数日間、外泊する。彼はたった一人だった。その年の9月には学校の健康診断で背中にあざが見つかり、児童相談所に保護され、その後一時保護所で2ヵ月過ごす。学校の勉強をしたかったのに、何もできない日々を過ごすことになった。その後、児童養護施設に入所する。

親を失う、あるいは虐待を受けるなど「社会的養護」の対象になっている子供は4万5000人(2017年3月末時点)ほどいる。このうち、3分の2にあたる約3万人は、児童養護施設か乳児院で生活している。

彼は4万5000人の中の一人だ。今は保育士を目指して、進学に向けた学費を貯めるために連日、カレー屋でアルバイトに励んでいる。

撮影のハードル

ミラーの撮影が始まったのはトモヤが15歳のときだった。養護施設の子供達の支援活動に関わりながら、カメラを回していたミラー。そのなかにいた一人の子供がトモヤだった。

児童養護施設やそこで生活する子供たちの撮影には高いハードルがある。私自身も何度か取材したが、顔や名前はプライバシー保護を理由に施設側からも当然ながらNGがでる。今のトモヤを撮影できるのは、施設を出て曲がりなりにも自立した生活を送っていること。そして、一人の大人として彼自身がOK を出したからだ。

私が司会を務めたメディア向けのイベントで、トモヤはこんなことを語っている。

「初めて、撮影が入るとなったのは15歳のときだったと思います。最初は少しだけ映るという話だったのに、それから映画を撮るってなって、映画!って驚いた。僕は被写体の一人として少しだけ映るという話だったのに、いつの間にか主人公になっていた(笑)。マットと出会っていろいろな人に出会うこともできた。僕を通して、知ってもらえるなら、それでもいいかなと思った」

トモヤの思い

何を知ってほしいと思ったのか。私の質問に彼ははっきりとした口調で答えた。

「施設にいるときはプライバシーが守られているんです。虐待問題が起きて施設にいるっていう子は自分からは過去のことを言えない。施設にどうして入ったのか、施設から出たあとどうなるのか。現状を広めていきたいと思っています。僕が映画に出ることで、施設にいる子供たち、一人一人の助けにつながってほしい」

トモヤは楽屋で見せていた緊張をまったく見せず、堂々と答え、集まった記者の質問にも臆せずに返答していた。彼のようなケースは非常に珍しい。トモヤが顔と名前を出すことでしか伝わらないものがある。顔に浮かぶ表情は一つ一つが強い情報として記者に届き、固有名詞は「その人」が実際にこの社会で生きていることを伝える。だから、彼の言葉は説得力を持った。

粘り強く撮影を続けたミラーが信頼関係を築き、トモヤの思いを引き出したことも大事なポイントだ。2人の思いと覚悟なくして資金調達は成功しなかった。次の目標は映画を完成させること。さらに大きな目標は児童養護施設の現状を広めるということだ。動きは小さいかもしれないが、彼らの思いは確実に社会を動かしている。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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