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多部未華子が一流の演出家に選ばれる理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
画像提供:NODA・MAP

この夏、多部未華子が演じる役はーー

先日、放送された特集ドラマ「幸運なひと」(NHK)の多部未華子さんの演技に見入ってしまった。癌になった夫(生田斗真)に寄り添いながら夫との間に子供を作るか迷う妻を演じていた。様々な心情から日常的な仕草のみならずピアノを弾くシーンもあって、指から全身の動きがメロディとみごとに絡み合い、その再現力がじつに自然で、夫が見とれてしまうように、見ているこちらも多部さんに魅入られた。

多部未華子さんがこの夏に出演する舞台は、NODA・MAP第26回公演『兎、波を走る』。演じる役は“アリス”。 世界的に有名なヒロイン中のヒロインである。うさぎを追いかけて不思議の国に紛れ込み冒険の旅をして、古今東西多くの人を夢中にさせてきた。

ただそのアリスが、今回、どこまで原作に近いかはわからない。なにしろ、作・演出は野田秀樹さんである。モチーフを自由自在に料理してまるで別世界を作り上げてしまう天才作家の2年ぶりの最新作『兎、波を走る』で多部さんが演じるアリスがどんな存在になるのかベールに包まれている。ただそれは必ずや輝くであろうことは間違いない。

「作品の概要を野田さんから伺って、ワークショップ(受ける者の自主性を重んじる体験型の稽古)でいただいたテキストを読んだとき、驚きと、役を演じる責任を感じました。それにプラスして、わくわくもありました」

そう多部さんは意欲を語る。

「30代、生活サイクルが大きく変わったなかで、約4年ぶりに舞台出演を決めたのは、野田秀樹さんの演出を受けてみたいとずっと願っていたからです。舞台は大好きで年に1回は出たいけれど、稽古や地方公演などを入れて、2~3か月の長期スパンになるので、なかなかやろうという決断ができなかったんです。ですが、今回声をかけていただき、矢も盾もたまらず決断しました。今の生活サイクルも工夫をすればなんとか仕事と両立できるに違いないと(笑)」

決断してくれてよかった。多部さんのお芝居のファンとしては心からそう思う。映像の多部さんもすてきだが、舞台の多部さんも格別だから。本格的な舞台デビューは野田さんの脚本を松尾スズキさんが演出した『農業少女』(10年)。その後、著名な演出家の舞台に次々出演した。宮本亜門さん、蜷川幸雄さん、白井晃さん、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん等々……。ミュージカル『TOP HAT』では海外にオーディションを受けに行って役を勝ち取った。

舞台の多部さんは、とにかく姿勢がいい。あと、声が澄んでいて聞き心地がいい。遠くの席まで彼女の一挙一投足がダイレクトに伝わってくる。

「心がけているのは、健康です。舞台に立つときは無理をせず規則正しい生活を心がけます」と語る多部さん。以前、取材したときも舞台公演中は「家に帰ったら携帯を見ない」「携帯電話の電源を切って、目覚まし時計で起きる」とストイックな発言をしていた。

最高のパフォーマンスのためにベストコンディションにする、それに尽きるというようなシンプルな考え方で、「よく、役柄と似たところは? と聞かれますが考えたことはないです」とさらりと言っていた。

現在も「メンタルを安定させるように香りに頼ったり。とにかく冷えが禁物なのでレッグウォーマーは手放せません」と心身ケアに余念がない。

過去の取材でもうひとつ印象的だったのは、カズオ・イシグロの『私を離さないで』を舞台化したとき、演出の蜷川さんは基本、自由にやらせてくれるが、毎日、稽古の終わりにぽそっと一言、「今日は動きが大きかったかな」というようなことを言うので、その都度、それについて考えて翌日の稽古に臨んだという話だった。

探究心――それは多部さんのまっすぐな瞳にも現れているような気がする。ドラマや映画でも時々、思いつめたような強い瞳をし、それが心を震わせる。

探究心――野田さんの稽古場にはそれが溢れている。

「先日のワークショップでは、出演者たちが集まって3つのグループに分かれ、野田さんからの課題に取り組みました。たとえば、野田さんが出したテーマに合う“音”をつくる課題では、ペットボトルを使ってその音をつくってみたりして。500mlのペットボトルを振った音だったらどうだろう? 1リットルの方がいいかな、バケツに水を入れたらどうかなと、チームで話し合いながら、実験をやっているような感じで。たったひとつの正解に向かうのではなくて、なにが近くて、なにが遠いか、ひたすら想像力を広げ、たくさんの可能性を探っていく作業がとても楽しかったです」

大事なのは想像力

率先してアイデアを出すほう? と聞くと、

「いえ、今回は同じグループになった大倉孝二さんが中心になってアイデアを出してくれました。大倉さんは野田さんの舞台にたくさん出演をされていますし、舞台経験も豊富。共演経験もあった大倉さんに安心して頼ってしまいました(笑)」

そうは言いながら、多部さんは手元にあったペットボトルを振って音をさせながら楽しそうにワークショップのことを思い出していた。

「実体験を演技に役立たせることもありますが、それよりも、その作品が求めているものに寄り添って、想像して形作っていくタイプです」

そんなふうに言う多部さんだからこそ、いろいろな役ができるのだろう。

NODA・MAPは俳優の豊かな身体表現も魅力のひとつ。多部さんは初参加ながら、ドラマや舞台で共演したことのある俳優が多く、心細くはないそうだ。物語は潰れかかっている遊園地で行われる劇中劇(ショー)のような趣向だとか。高橋一生さん、松たか子さんなども出演し、幽玄な世界が作り出していくに違いない。野田さんの詩的なセリフを多部さんのあの声が語るのを早く見たい。

「以前出させていただいた、『農業少女』のときはまだ、ミュージカルや吉本新喜劇を好きで見ていただけで、それ以外の演劇に詳しくなくて。でもその舞台に立って以来、ほかの舞台も見にいくようになりましたし、野田さんの作品にも何作も足を運んでいくうちに、いつか自分もNODA・MAPに出てみたいなと思っていました。舞台上で俳優さんたちがすごく楽しそうに生き生きしていたからです。あの頃は、野田さんの世界を理解する余裕がなく、ただただ演じることに必死でしたが、今回は思いきり、野田さんの世界を楽しみたいです」

画像提供:NODA・MAP
画像提供:NODA・MAP

NODA・MAP第26回公演「兎、波を走る」

作・演出:野田秀樹

出演:高橋一生、松たか子、多部未華子、秋山菜津子、大倉孝二、大鶴佐助、山崎一、野田秀樹ほか

東京公演:2023年6月17日(土)−7月30日(日)東京都芸術劇場プレイハウス/5月28日(日)チケット一般発売

大阪公演:2023年8月3日(木)−8月13日(日)新歌舞伎座/7月8日(土)チケット一般発売

博多公演:2023年8月17日(木)−8月27日(日)博多座/7月8日(土)チケット一般発売

NODA・MAP公式サイト:https://www.nodamap.com/

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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