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「アイコス」に肝臓の機能を損なう危険性?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 加熱式タバコが広く利用されてから時間が経っていないので、健康への影響はまだはっきりとわかっていない。最近、アイコスを吸うことで肝臓の機能を損なう危険性が示唆されるという論文が出た。

複雑なタバコ関連遺伝子の作用

 現在までタバコを吸うことに関係した323の遺伝子が発見されているが(※1)、喫煙関連以外の遺伝子の作用と同様、これらの遺伝子が複雑に関与し合って喫煙者や受動喫煙者の身体に多種多様な影響を及ぼす。また、タバコに含まれる物質は後天的に遺伝子を変えるため、それらがどう作用し、どんな病気を引き起こすか予想はさらに難しくなる(※2)。

 タバコに含まれる有害物質には、これだけなら健康に害はないという境目がないため、どれだけ少量でも病気になるリスクが生じる(※3)。健康への害の低減をうたっているアイコスやプルーム・テックなどの加熱式タバコでもそれは同じだ。

 ただ、加熱式タバコが広く利用されるようになってから、それほど時間が経っていないため、健康にどれだけの害があるか、まだよくわかっていない。タバコ会社は健康への害が低いことをキャッチフレーズにし、あるいはそれを暗にほのめかしながら拡販を続けている。

 アイコスを販売しているフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)は、潤沢な資金を背景にこれまで健康への影響についての多くの研究論文を出し、また研究者に資金提供をし、それらをまとめて公的機関に製品の販売申請をしてきた(※4)。一方、タバコの害に懸念を示す研究者の側が、加熱式タバコについての評価研究に出遅れた感は否めない。

 情報の非対称性が著しい中、タバコ会社からではない加熱式タバコについての研究が少しずつ出てき始めている。

 例えば、2018年1月に英国の医学雑誌『BMJ』の「Tobacco Control」オンライン版には、加熱式タバコ(Heat-not-burn)からニコチンの中毒作用を強化する発がん性物質のアセトアルデヒド、毒性のあるホルムアルデヒド、日本では劇物指定となっているアクリロニトリル、発がん性が疑われるN'-ニトロソノルニコチン(NNN)、強い発がん性のある4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)などが出ているとする論文が発表された(※5)。

肝機能障害を引き起こす危険性

 最近、同じ「Tobacco Control」オンライン版にアイコスを使用することで肝機能障害が起きる危険性があるという論文(※6)が出た。米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究グループによる実験動物のラットを使った研究で、アイコスを90日間吸わせたメスの群で肝機能の異常を示す目安である血中ALT(Alanine Aminotransferase、アラニンアミノ基転移酵素)値と肝臓の相対重量、肝細胞の空洞化が短期間で有意に高くなったという。

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184匹のラット(メス92匹)を、Sham(疑似、プラセボ、通常の空気)群、アイコス群、紙巻きタバコ(3R4F、ケンタッキー大学の推奨タバコ)群に分け、90日間、これらの煙にさらし、ALT値、肝臓の相対重量、肝細胞の空洞化(Hepatocellular Vacuolisation)を比較した。ALT値はオスメスで高くなったが、メスで有意な差が出たという。Via:Lauren Chun, et al., "Possible hepatotoxicity of IQOS." Tobacco Control, 2018

 過去にはPMIの資金提供による研究データで同様の結果が出ているものもあるが(※4-1)、PMIは血液のバイオマーカーでALT値に関するデータをあまり出していない。ALTは肝臓の細胞に多く分布されるため、肝細胞が壊れたり肝機能障害が起きるとALTが血液中に出てきて濃度が上がる。また、肝臓に異常が出ると相対的な重量が増加することも知られている。

 これはラットによる実験であり人間への影響はわからないが、同研究グループはアイコスからは従来の紙巻きタバコで出ていたものと異なった物質が発生し、予期しない健康への害が生じる危険性があると警告する。

 PMIのデータは統計的な有意性を考慮しない傾向があるという指摘もある(※7)。紙巻きタバコに含まれる有害物質は環境基準の100〜1000倍ともいわれ、仮に加熱式タバコの健康軽減が1/100としても害があるのは明らかだ。特にタバコ関連遺伝子と後天的な遺伝的変化の複雑さを考えれば、身体の中にあえて有害物質を取り込むリスクを避けたほうがいいのはいうまでもない。

※1:Jac C. Charlesworth, et al., "Transcriptomic epidemiology of smoking: the effect of smoking on gene expression in lymphocytes." BMC Medical Genomics, doi.org/10.1186/1755-8794-3-29, 2010

※2:Emily S. Wan, et al., "Cigarette smoking behaviors and time since quitting are associated with differential DNA methylation across the human genome." Human Molecular Genetics, Vol.21, No.13, 3073-3082, 2012

※3-1:Centers for Disease Control and Prevention:US, National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion:US, Office on Smoking and Health:US, "How Tobacco Smoke Causes Disease: The Biology and Behavioral Basis for Smoking-Attributable Disease." Report of the Surgeon General, Altanta, GA: Centers for Disease Control and Prevention, 2010

※3-2:Allan Hackshaw, et al., "Low cigarette consumption and risk of coronary heart disease and stroke: meta-analysis of 141 cohort studies in 55 study reports." BMJ, Vol.360, doi.org/10.1136/bmj.j5855, 2018

※4-1:Ee Tsin Wong, et al., "Evaluation of the Tobacco Heating System 2.2. Part 4: 90-day OECD 413 rat inhalation study with systems toxicology endpoints demonstrates reduced exposure effects compared with cigarette smoke." Regulatory Toxicology and Pharmacology, Vol.81, S59-S81, 2016

※4-2:Carine Poussin, et al., "Crowd-Sourced Verification of Computational Methods and Data in Systems Toxicology: A Case Study with a Heat-Not-Burn Candidate Modified Risk Tobacco Product."Chemical Research in Toxicology, Vol.30(4), 934-945, 2017

※4-3:Wincenzo Blecastro, et al., "The sbv IMPROVER Systems Toxicology computational challenge: Identification of human and species-independent blood response markers as predictors of smoking exposure and cessation status." Computational Toxicology, Vol.5, 38-51, 2018

※4-4:フィリップ・モリス・ジャパン:プレスリリース:July 18, 2018「加熱式たばこIQOS に関する最新臨床試験結果:『紙巻たばこの喫煙を継続した場合と比較して、IQOS に切替えることでユーザーの生体応答が改善』」(2018/08/22アクセス)

※5:William E. Stephens, "Comparing the cancer potencies of emissions from vapourised nicotine products including e-cigarettes with those of tobacco smoke.” Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

※6:Lauren Chun, et al., "Possible hepatotoxicity of IQOS." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054320, 2018

※7:Stanton A. Glantz, "PMI’s own in vivo clinical data on biomarkers of potential harm in Americans show that IQOS is not detectably different from conventional cigarettes." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054413, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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