OISTを活かして、技術・経験・人材・資金を繋ぎスタートアップを成功させる…OHC吉國聖乃さんに聞く
筆者は現在、沖縄科学技術大学院大学(OIST)にあるレジデンスに滞在しながら、研究活動をしています(注1)。そして、その滞在を活用して、OISTのさまざまな活動や動きにも注目しています。本記事は、その活動の一つの成果です。
OISTは、産学連携に力を入れてきています。その一環で、沖縄に人材、技術、資源を集結させる目的で、「スタートアップアクセラレータープログラム」(注2)を、沖縄県事業として当初から資金的な支援を受けて、2018年から開始してきています。
そのプログラムにはユニークな点があります。その一つが、大学のプログラムにしては非常に珍しく、OIST発ではないスタートアップでも、そのプログラムに参加できることです。
そこで、他大学発のスタートアップである「大阪ヒートクール株式会社(以下、大阪ヒートクール)」のCCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)の吉國聖乃さんに、お話を伺いました。
活動について
鈴木(以下、S):吉國聖乃さん、本日はよろしくお願いします。「大阪ヒートクール」さんは、OISTでどんな事業等をされているのですか。
吉國聖乃さん(以下、吉國さん):「大阪ヒートクール」は、ペルチェ素子(注3)を基にした温冷触覚技術による五感のハッキングを目指しています。温冷触覚インタフェースを組み込んだウェアラブルIoT機器の研究、開発、製造を実施しており、多様な事業展開を見込んでいます。OISTでは、温冷同時刺激により、擬似引っ掻き刺激を提供するデバイスの開発・販売を目指しています。
OISTプログラム参加の理由について
S:興味深い事業ですね。可能性を感じます。ところで、「大阪ヒートクール」さんが、OISTのプログラムに参加された理由はなんですか。
吉國さん:大きく3つの理由があります。まず、OIST内のLab(研究ユニットなど)と共同研究や共同開発でコラボレーションすることができることです。2つ目は、OISTは、英語が公用語で、世界中から多くの人材が参集してきているので、グローバル展開を見据え、メンバーの英語力アップ、グローバル人材に成長できることです。最後が、OISTのある沖縄という環境が、「かゆみ」に対するソリューションである開発中デバイスの実証実験の場に適していたことです。
スタートアップアクセラレータープログラムについて
S:なるほど、御社にとっても、OISTは多くの点でメリットや魅力があったということですね。OISTのこの「スタートアップアクセラレータープログラム」はどう思われますか。プログラムに参加して気づいた良い点や改良すべき点などについても教えてください。
吉國さん:良い点について申し上げます。まず海外講師を招いたアクセラレータープログラム(テクノロジーから製品開発、チーム作りやファイナンス)があったり、グローバルな弁護士事務所への法務相談や医療機器コンサル、そして強力な金銭的な支援が受けられることがあげられます。さらに、先ほど申し上げたこととも関係しますが、多くの海外人材が集まっていて、英語が公用語なので、ある意味日本国内で「留学」ができているような環境にあることです。
またプログラムが開始されたばかりで仕方ない面もあるかと思いますが、OIST内のLabとのより密接なコラボレーションができるようになると、さらによいプログラムになるかと思います。
大阪ヒートクール以外での活動について
S:なるほど。ご提案もありがとうございます。吉國さんは、「大阪ヒートクール」以外の事業や活動にも関わられているのですよね。それについて教えてください。
吉國さん:今行っている活動として、大学シーズの社会実装のための活動、大阪公立大学起業支援室での活動、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発型スタートアップ支援事業の一つである高度専門支援人材育成プログラム、「NEDO Technology Startup Supporters Academy(通称SSA)」参加、企業人材と研究者の事業家への覚醒と共創の場として「革新的な知を富に変える」イノベーション創出のための人材育成プログラム「Technology Commercialization & Entrepreneurship Program(通称T-CEP、主催:T-CEP実行委員会)」参加、「めちゃラク株式会社」の起業、大阪府のアクセラレータープログラム運営(4社の企業共同体で受託)、HP作成等のエンジニア業務、アクセラレータープログラム参加の起業家へのメンタリング、ワークショップの運営など、多様な活動をしています。
昨年度は、何をしたいかははっきりしていなかったため、興味がありご縁があったものは何事もチャレンジしました。
そのなかで、最も大きなきっかけの1つが、大阪公立大学の起業支援室の仕事です。その時に、大学研究シーズの事業化という仕事を初めて知ったのです。それまでは大学発ベンチャーや起業について全く知識がなかったため、数多くの大学発ベンチャーのイベントに参加しました。
起業への興味からは、多くのアクセラレータープログラムや、サービス創造イベントにも参加しました。例えば、経産省の次世代イノベーター育成プログラムである「始動 Next Innovator」というプログラムや、LED関西という関西のビジネスアイデアコンテスト(ビジコン)、数多くのハッカソンやアイデアソンなど(注4)です。
そのような活動をしているなかで、大学発ベンチャーのイベントにもたくさん参加していて、大阪ヒートクールに出合い、今に至ります。
産学連携人材について
S:興味深いですね。各大学には将来花開き実を結ぶ可能性の高い研究シーズ、つまり科学技術研究の種(Seeds)はたくさんあります。でも、私も、大阪大学の阪大フロンティア研究機構で産学連携等に関わっていたことがあるので良くわかるのですが、そのシーズと商品・製品化や実用化の間には、死の谷(デス・バレー)(注5)ともいうべき大きな隔たりがあります。また、その両者を繋ぐ人材が非常に重要かつ必要なのですが、多くの知見・スキルや幅広いネットワーク等が必要だからか、そのような人材はあまりいないのが現実です。吉國さんは、そのような数少ない人材の一人ではないかと思います。吉國さんは、そのような人材についてどうお考えですか。また吉國さんは、その人材かそれに近い人材だと思いますが、どうしてそのような人材になれたのかについて、教えてください。
吉國さん:恐縮です。私自身、本当にまだまだ全然十分でなくて、これからがんばっていきたいと考えているところです。ただ怖いもの知らずで、リスクがどきどき楽しいと思う性質が根本にはある気がします。
またこれまで色んな環境に身を置いてきたことと、さまざまな多くのことに興味を持って、自由に動き回れる状態であったことが、今の私に繋がっていると思います。
高専という男子9割の学校の後に女子大に編入できたりしたので、私はどんな環境でも生きていけるなぁと思えたことが、今のどんな環境でも入っていけるということに繋がっています。
さらにシステムエンジニアに転職し、プログラミングスキルを身につけたことで、組織に所属しなくても、物理的にも金銭的にも自由になれたことで、どこでも生きていけるようになったと思います。
その後は、面白そうなことや興味があることで、機会がいただけた場合は、自由に動き回って参加してきています。
これまでの自分の経験から、繋ぐ人材はつまりイノベーションを起こせる人材だと思っていて、イノベーションを起こすには、圧倒的なインプットと強制的なアウトプットが必要だと思っています。今は、私なりにそれらを取得するために、他の人より流動性(柔軟な移動可能性)およびネットワークを大切にしています。
必要とされる産学連携人材をどうやって増やしていけるかについて
S:なるほど。よくわかりました。今後、そのような人材はますます重要かつ必要になるかと思います。どうすれば、そのような人材を増やしていけるでしょうか。
吉國さん:実はNEDOや国立研究開発法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency、JST)などのさまざまな機関が、研究シーズの事業化人材を育てる分野にお金をかけています。
しかし、それが大学関連者のごく一部にしか届いていないのが現実だと思います。条件も産学連携に関わる人に限定されていることも多いです。産学連携に関わるベンチャーキャピタル(VC)(注6)の人の参加も増えているようですが、産学連携と縁がない起業家の卵や、研究に関わりたい人などにも、もっと幅広くリーチしていく必要があると思います。
また、大学として「研究の成果を普及し、及びその活用を促進すること」をもっと意識してもらい、教員の研究を事業に繋げる制度作りや、それが評価される仕組みが構築されることが必要だと思います。そして予算を確保し、人材や事業化する部分にお金をつけ、実際に手足を動かして事業化を推し進め、事業化が上手くいった際にはそれが大学に還元される長い目線でのエコシステムが作られていくことが大切だと思っています。
大学の人は大学だけに留まらず、もっと物理的にも研究分野的にも人間関係的にも移動・流動して、交流することが必要だと思っています。そのためには、個人として、生きる(稼ぐ)力をみにつけるか、大学や社会として、自由に流動性をもてるような仕組みが必要かと思います。
このような仕組みがあれば、技術はないけど起業したい人と大学シーズをマッチングしたり、基礎研究と応用研究の先生の間を結んだりできるようになると思います。
人に興味があり、人と話すのが好きな人材が、金銭的、人間関係的、物理的にも自由に動いていけることを増やすことが大切だと思います。そして、起業家や研究者などのスペシャリストにならなくても、サラリーマン以外にも、こういった道があると示していくことが必要だと思います。
そして、そのような生き方をする人材が社会にたくさん生まれてくれば、身近なロールモデルがいるようになり、社会的にも心理的な安全感もできてきて、若い世代なども、今と異なり、将来に向けて希望や明るさが持てるようになるのではないかと考えています。
今後のキャリアについて
S:吉國さん自身、今後のキャリアというか、活動はどのようにお考えですか。
吉國さん:欲張りなのですが、大阪ヒートクールの事業推進に邁進すると同時に、大学研究の社会実装を進めていきたいです。大阪ヒートクールは、本当にクリエイティブで面白い発明家集団で、一緒にまだ世にないものを作り出せるのではないかと、すごくワクワクしています。この大阪ヒートクールの経験を活かして、他の大学の研究シーズを事業化する部分にも貢献していきたいと思います。
マネージャーやコンサルタントではなく、実際にプレーヤーとして大学研究の事業化のために動ける人材を目指しています。
皆さんへのメッセージについて
S:ありがとうございます。吉國さんからみたOISTへの期待や可能性について教えてください。そして最後に、吉國さんから、若い世代、特にこの分野で活躍したい方へのメッセージをいただければと思います。
吉國さん:OISTは本当に素敵な場所です。場所やキャンパスもそうですが、本当に世界中から人が集まってきていて、日本にこんなに色んな国から人が集まっている場所は他にないのではないでしょうか。研究の部分に関しては、私から言えることはないのですが、ここに来るだけですごいネットワークや交流ができ、世界中の文化にふれることができます。
イノベーションを起こしたい人はぜひOISTに来て欲しいと思います。そして私たちも、これからの皆さん方の成功モデルケースとなり、OISTから研究開発型のスタートアップがどんどん生まれるようにがんばっていきたい。
S:本日は、ありがとうございました。私も勉強になりました。
<略歴>吉國聖乃(よしくに・きよの)さん
OISTスタートアップアクセラレータープログラムスタッフ、大阪公立大学(旧:大阪市立大学)起業支援室特任研究員、大阪ヒートクール株式会社 CCO、めちゃラク株式会社 CEO。
和歌山高専(物質工学科)卒、その後奈良女子大学(理学部化学科)三年次編入・卒業、同大学大学院化学専攻。大学院を修了後、近畿大学医学部法医学教室に専任教員(助手)として就職し、約3年間法医解剖・教育・研究に従事。その後、プログラミング未経験でITベンチャーに転職。プログラミングを学んだのち、1社の転職を経てフリーランスへ。自身の起業ネタを探す活動とともに、ご縁から大阪市立大学(現:大阪公立大学)の起業支援室の仕事を週に数日いただき、大学シーズの事業化の世界にも関わることに。自身の起業に向けたスタートアップ界隈の活動を行いつつ、大阪ヒートクールに出合い、加わる。
(注1)今回このような機会を提供していただいた、ピーター・グルース学長をはじめとしてOISTおよびその教職員の皆さん方には感謝申し上げたい。
(注2)これは、OISTの技術開発イノベーションセンター事業開発セクション管轄のプログラムです。
(注3)ペルチェ素子とは、「冷却と加熱を制御する電子部品です。素子に電気を流すと、片面に『冷却』、もう片面に『発熱』といった現象が起こります。これが、低温側で吸熱し、高温側で放熱する温度差による熱の移動現象(ヒートポンプ)です。電気の量を変えれば、温度調節も可能。電気の流れる方向を変えれば、冷却と発熱を逆にすることもできます。この働きを『ペルチェ効果』といい、冷却と加熱の温度制御を簡単に行える仕組みとなっています。」(出典:「ペルチェについて」株式会社テックスイージー(TEX E. G. CO., LTD.)のHP)
(注4)ビジネスアイデアコンテスト(ビジコン)とは、「企業・団体・官公庁等が主体となって開催し、参加者が用意してきたビジネスアイデア(ビジネスプラン)を審査・評価するコンテストのことです。」(出典:IDEA GARDEN)
「ハッカソン・アイデアソンとは、エンジニアやクリエイターなどが集まって一定期間内に共同開発を行なうイベントのこと。」「ハッカソン(Hackathon)とは、ITなどの技術を駆使するという意味の『ハック(Hack)』と『マラソン(Marathon)』を組み合わせた造語。エンジニアなどがチームを組み、プログラムなど開発したものの成果を競い合うイベントのこと。」「アイデアソン(Ideathon)もハッカソンとよく似ていますが、Hackの代わりに『アイデア(Idea)』と『マラソン(Marathon)』が組み合わさった造語。つまり開発ではなく商品やサービス、ビジネスモデルなどのプランニングを行なうイベント。『チームを編成する』『制限時間が決まっている』『成果を競い合う』という3つのポイントは、ハッカソンと共通しています。もともとアイデアソンは『ハッカソンの事前準備』としての位置づけがメインでしたが、最近では単独イベントとして行なわれるケースもあります。ハッカソンと違って技術者だけではなく、さまざまな業種の人たちが参加できるのがアイデアソン。」(出典:「ハッカソンとアイデアソンの違いとは?定義やメリット・デメリットを解説」Free Consultant.jp 2022年5月13日)
(注5)「デス・バレー(死の谷)」に関しては、次の記事を参照のこと。
・「『死の谷』とは何か?死の谷を超えるために必要なこととは?」(出典:CRO Hack 2020年7月1日)
(注6)VCについては、次の記事を参照のこと。
・「VCとは」(出典:創業手帳)