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新型コロナで正恩氏の「正面突破戦」が窮地に 中国からはしごを外された観光誘致

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
板門店でトランプ米大統領(右)と会談する金正恩朝鮮労働党委員長(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮は昨年末から「正面突破戦」という方針を掲げている。平たくいえば、国連制裁が解かれない状態でも自力で経済を立て直せば、制裁の包囲網を無力化できる――という半ば強引な理屈に基づく号令だ。金正恩朝鮮労働党委員長は昨年12月ごろに中朝国境の白頭山に登った際、この方針を固めたようだ。だが、頼りにしていた中国との経済関係は新型コロナウイルスにより寸断状態で、人とモノの流れが断たれた今、この「正面突破戦」は窮地に立たされている。

▽白頭山で「正面突破戦」の覚悟

 昨年12月4日の朝鮮中央通信が報じたのは、金委員長が妻・李雪主氏や側近とともに、白い軍馬で、白い雪をかき分けるように、革命の聖地とする白頭山を登る場面だ。この時、金委員長は「不屈の攻撃思想によって革命の難局を打開し、開拓路を切り開こうとするのは、わが党の一貫した決心であり意志だ」と述べている。

 白頭山、白馬、白い雪とくれば、北朝鮮ウォッチャーが連想するのは「苦難の行軍」。1938年12月~翌年3月、金日成氏(金委員長の祖父)に率いられた抗日武装部隊が日本軍の追跡をかわすために雪の中を行軍したことを指す。白頭山登山の際、金委員長が「苦難」=「米国との長期戦」として、その決心を固めたのではないか、と筆者はみる。

 2020年の米大統領選でたとえトランプ大統領が再選されても、その4年後には必ず交代する。日本の首相も中国国家主席も韓国大統領も何十年も政権を維持するわけではない。だが、金委員長はクーデターでも起きない限り、交代はない。だから、他国の事情に左右されず、わが道を行くしかない。

 核・弾道ミサイル技術のうち、足らないものを早急に補って防衛力を強化する。その力が米国を越えるものとなれば、米国は北朝鮮を「核保有国」と認めざるを得ない。米国は必ず、本気で核軍縮交渉を持ち掛けてくる。だから、自力更生で経済を進めていけばいいのだ――こんな考えが、このころの金委員長の発言から読み取れる。

 その後開かれた党中央委員会総会(昨年12月28~31日開催)で、金委員長は「米国の本心は、対話の看板を掲げながらのらりくらりして自己の利益を図る一方で、制裁を維持して、われわれの力を消耗させることだ」と強調した。

 米国との長期戦が続くため、制裁が緩められることもない。そんな中でも、自力で経済建設を進めれば、制裁などは関係なくなる。それが「正面突破戦」の説明だ。

▽梯子はずされた観光客誘致

 この「正面突破戦」の念頭にあったのが、友好国・中国やロシアとの経済的つながりだ。「金委員長自身、自国の工場などを視察して、それらがいかに立ち遅れているのか実感している。最新の技術を持った施設に置き換えるためには、当然、中国やロシアの技術・設備を導入しなければならない」。日本の外交関係者はこう解説する。

 金委員長が「正面突破戦」のカギと考えていたのは中国人の観光客誘致だろう。個人観光であれば「制裁対象外」となるためだ。

 昨年まで中国からの観光客は爆発的に増えていた。査証はおろか、旅券を所持していなくても観光できる場所も設けられていた。

 韓国・統一研究院の報告書では、18年に北朝鮮を訪問した中国人観光客が120万人。17年より59%増えた。単純計算すれば、18年に北朝鮮を訪問した中国人が一律に500ドルを使ったと計算すれば、北朝鮮には6億ドル(約650億円)の外貨が落ちた計算となる。

 中朝関係は北朝鮮の度重なる核・ミサイル実験によって極度に悪化していたが、18年の金委員長訪中を契機に雪解けした。その後、首脳会談は5回も開かれ、高官往来も進んでいた。昨年6月に中国の習近平国家主席が訪朝した際には、北朝鮮に中国人観光客を年間200万人誘致すると約束したといわれる。

 金委員長は観光スポットとして東部沿岸の都市、元山にある広大な葛麻海岸観光地区の開発を急ぐ。宿泊施設、ゲームセンター、総合競技場、映画館、大規模な水遊びのための公園、総合駐車場などを有する一大リゾート構想だ。朝鮮人民軍兵士が大量に動員され、24時間体制で作業が進められた。しかし、制裁による外貨不足のため内装や備品などの輸入が進まず、完成目標時期は2度延期され、現在では今年4月15日となっている。

 かつて、先代の金正日総書記が対中関係を改善させ、北朝鮮で一時、「中国化」への懸念が高まった。一方で、金委員長は過度な中国依存を嫌い、その依存先を韓国やロシア、そして米国へと分散を図った。だが、そこに制裁の壁が立ちはだかり、結局は「中国化」への道を選択せざる得なかったのだ。

 ところが、その中国が新型コロナウイルスの発生地となってしまった。中朝両国間の往来は遮断され、中国頼みの観光客誘致は風前の灯火となっている。

▽内閣は浮上するか

 党中央委総会では、もう一つ注目点があった。金委員長が、経済活動と秩序を整備するため内閣の機能を強化するよう求めたことだ。

 日本では内閣のトップである首相が国のリーダーを務める。だが北朝鮮では金委員長による独裁体制の下、朝鮮労働党があらゆる組織の上に立ち、内閣も党の指導を受ける。内閣トップの金才竜首相は党序列で4位にとどまる。

 北朝鮮の内閣は形式上、「経済司令塔」の役割を果たすようになっているが、実態は大きく異なる。内閣の実情について北朝鮮側関係者はこう語っていた。「(北)朝鮮では内閣の権限は小さく、予算さえ編成させてもらえない。利益の上がっている企業や工場はだいたい軍の各部隊や国務委員会が掌握しているので、内閣は立ち入ることができない」

 今回の決定で、金委員長は企業や工場を内閣に帰属させ、指導力を発揮できるよう指導権限を与えたとみられる。

 朝鮮労働党は中央委総会に先立ち、党中央軍事委員会拡大会議も開いていた。同会議で何が話し合われたのか詳細は明らかになっていない。ただ北朝鮮側関係者は「党中央委総会で経済立て直しを宣言するのに際し、ネックになる各部隊の利権をすべて内閣に差し出すよう求めた可能性がある」とみる。「軍の利権を整理しない限り国は変えられない、という点を軍に理解させたと思う」(同関係者)と分析する。ただ、この内閣強化策が奏功するか現時点では見通せない。

 この金委員長肝いりの「正面突破戦」の前途は厳しい。設備が老朽化し、資材が入ってこない状態で経済建設を進めようとするのは無理筋であり、その負担はすべて住民側が負わされることになる。一方の住民側も閉ざされた状態では身動きが取れず、結局、サイバー攻撃などの非合法手段を激化させて外貨を稼ぐしかない。「正面突破」の解釈を「国際社会との折り合いをつける」方向に変えていくより仕方がないように思える。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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