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「たとえ無駄であっても、真実を口にし続けることが大事」#韓国映画 #梟―フクロウ―

渥美志保映画ライター

権力を維持しようとする人間たちの悪事、その事実を自分だけが知ってしまった。もし自分が「見なかったこと」にして口をつぐめば、彼らの悪事は永遠に隠されてしまう。だがもし真実を口にすれば、自分の身がどうなるかわからない――もしそんな状況に立たされたら、自分ならどうするか。

2002年に韓国で公開され大ヒットした映画『梟-フクロウ-』は、李朝朝鮮史に残る謎の「王子毒殺疑惑」をモチーフに、それを目撃した主人公の葛藤をスリルとサスペンスたっぷりに描いた作品。ユニークなのは、その主人公が「盲人」であることです。今回は同作のアン・テジン監督にお話をお聞きしました。

ーー巨大な陰謀の存在を知った主人公が、どんどん追い詰められてゆくスリリングな展開にハラハラしました。作品の発想のきっかけは?

アン・テジン監督 まず最初に「昼盲症(暗闇の中なら少しだけ見える)」という障害を抱えた主人公が、ある事件を目撃するというアイディアが浮かびました。そこから「そのモチーフに合うような時代と物語は?」と考えるうちに、李朝後期の史実、「昭顕世子は毒殺されたのではないか」という疑惑にたどり着きました。

作品には2つの側面があると思います。ひとつは歴史に残る事件と、フィクションを組み合わせたという側面。韓国映画の『観相師』(ソン・ガンホ主演)とか『王になった男』(イ・ビョンホン主演)のような作品をイメージしました。もうひとつは「目撃者スリラー」という側面。こちらはアメリカ映画の『追い詰められて』(ケビン・コスナー主演)と言う作品を参考にしました。

映画は主に事件から数日の出来事をスピーディーに描いてゆきます。「一般的な盲人」を装って生きるギョンスは、この王子殺害の片棒を担がされることに。「現代的なスリラーを作ることを意識」(アン監督)しながら時代劇となったのは、昼盲症の主人公に力を与える暗闇の多さゆえ。薄暗い室内の蝋燭が消えた瞬間に、治療を装った毒針で全身から血を流す王子の姿が浮かび上がるなど、ギョンスの視界を意識したこだわりの映像表現もさることながら、ギョンス役の実力派俳優リュ・ジュンヨル(『恋のスケッチ 応答せよ1988』)の演技は、「すごい!」のひとこと!

ーー「見えていない」「見えている」「見えているのに見えてないふり」を演じ分けるリュ・ジュンヨルさんがすごかったんですが、監督はどんなふうに演出したのですか?

アン監督 私も「彼の演技は本当にすごいな」と驚かされました。今回は撮影に入る前にテスト撮影を何度もしたし、すごく悩みながら撮影しました。観客が主人公を見た時に「今は見えているな」「今は見えていないんだな」ということを、瞬時に明確に分かってもらわないといけない、「どっちなのかな?」と迷うようではいけないので、かなり苦労をしました。 そのために意識したのは「主人公の視線をどこにおくか?」です。視線の先に何がある、もしくは何がないかによって、わかってもらえるだろうなと。私と撮影監督とリュ・ジュニョルさんと一緒に、そういう部分を話し合いながら作っていきました。

映画が描く16代王・仁祖(じんそ)の時代は、李朝朝鮮の後期で最も乱れた時代のひとつ。中国の覇権が明から清へと移り変わる中、朝鮮の王宮でも仁祖が率いる旧来の「明派」と、人質として8年を清で過ごし、その先進文化に感化された昭顕世子(しょうけんせじゃ)をたてる「清派」が対立。殺人事件にはそんな背景があったわけです。

ーー朝鮮の時代は変化と波乱に満ちているし、仁祖は「無能な王」として描かれることが多い王様ですよね。この時代を描くことの面白さはどこにありますか?

アン監督・まさに今、仰ってくださった通りで、朝鮮時代において歴史的な1つの転換点になったという意味もそうですが、現代の韓国に置き換えられるという意味でも興味深いと思うんです。これは韓国に限ったことではなく全世界的にそうだと思うんですが、今は歴史的な転換点を迎えている、全世界の覇権が変わる時期と言う風に感じるんです。というのも、取り沙汰されている人工知能や、注目されている新しいエネルギーなどを巡って覇権争いが起きていますよね。

ーー昭顕世子の「変わらなければ朝鮮は死ぬ」というセリフが非常に印象的でしたが、映画の中の展開も、歴史の流れとしても、結局は「変わったようでいて、実のところ変われなかった」という印象があります。その点で監督の思うところはありますか?

アン監督 実際のところ、私も「変われなかった」という風に思うんですね。 今回の映画の主人公ギョンスは架空の人物ですが、彼は「私は真実を見ました」と言いますよね。にも関わらず、朝鮮という国そのものは変わらなかった。とはいえ、少なくとも真実を見た人物が「真実を見た」と発言する、その叫びは周囲の人には届いたと思うし、その思いは伝わった、分かってもらえたのではないかと思います。歴史を記録した『仁祖実録』という文献の中にも、事件に関わる記録は多少なりとも残っており、それがまあ少しの救いになるかなと思います。

ーー映画は「知らないふり、見えないふりを続けることはできない」「目を閉じて生きる方が幸せなこともある」という2つの生き方を示していますよね。それについては監督はどんなことをお考えなのか、お聞かせいただけますか?

アン監督 「見えないふりをして生きること」の方が幸せなのかもしれませんが、人間は決してそうは生きられないというふうに、私自身は思っています。もしあの時代に私がギョンスだったら、彼のような勇気は出なかったかもしれません。でも大事なのは、真実を見た人たちは、たとえそれが無駄だと分かっていても、その真実を口にし続けること。私自身、そんな願いで映画を作ったつもりです。

『梟―フクロウ―』2月9日(金)公開

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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