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五輪閉幕後も終わっていない...体操女子で5位→銅が4秒遅れで再び5位に転落ってどういうこと?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
5日、表彰台に上がりメダルを手にした米体操女子床(個人)のチャイルズ選手。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

11日に閉幕したパリオリンピックだが、「まだ終わっていない」ものがある。

アメリカの体操女子床(個人競技)のジョーダン・チャイルズ(Jordan Chiles)選手の順位だ。大会が終わった今も、彼女ら上位選手の立ち位置が揺れている。

何が起こった?

5日に行われた同種目では当初、ルーマニアのアナ・バルボス(Ana Barbosu)選手が3位に入賞した。バルボス選手が銅メダル獲得に歓喜したのも束の間、5位だったチャイルズ選手サイドがインクワイアリー(問い合わせ、調査)制度を利用して、採点の再考を要求。それが認められチャイルズ選手は3位に繰り上がり、銅メダルを獲得した。

5位から一転し3位となり、2位のシモーン・バイルズ選手と喜ぶチャイルズ選手(右)。
5位から一転し3位となり、2位のシモーン・バイルズ選手と喜ぶチャイルズ選手(右)。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

銀メダルを獲得したシモーン・バイルズ選手と抱き合って大喜びするチャイルズ選手の近くでは、結果が一転し泣きじゃくるバルボス選手の姿があった。非情にも放送用のカメラはその対比を映し出していた。心が痛んだのは生放送で観ていた筆者だけではないだろう。

金メダリストのレベッカ・アンドラーデ選手(ブラジル、中央)、銀メダリストのシモーン・バイルズ選手(アメリカ、左)と共に表彰台に立ったチャイルズ選手。
金メダリストのレベッカ・アンドラーデ選手(ブラジル、中央)、銀メダリストのシモーン・バイルズ選手(アメリカ、左)と共に表彰台に立ったチャイルズ選手。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

この試合(結果)はこれで終結したと誰もが思っていた。しかし試合後、ルーマニア体操連盟(バルボス選手サイド)がスポーツ仲裁裁判所に結果の異義申し立てを行い、それが認められた。そして国際体操連盟は10日、バルボス選手を当初の通り3位の銅メダル、チャイルズ選手を当初の5位に「再割り当て」すると発表した。

どんな異議だった?

インクワイアリーは、スコアが表示されて1分以内に申し出がなければならないというルールがある。しかしチャイルズ選手のコーチ、セシル・ランディ氏がインクワイアリーを出したのは、スコア表示から1分4秒後という。つまり「4秒」遅かったとして、バルボス選手サイドの訴えが認められたというわけだ。

これにより奈落の底に落ちたのは、今度はチャイルズ選手だ。アメリカのSNSではブーイングが沸き起こった。

チャイルズ選手は傷心を表すハートブレイクの絵文字と共に、メンタルの健康を保つためにソーシャルメディアから距離を置く必要があるとSNSに投稿。チームメイトらは「(順位の変更について)まったく容認できない」などと声明を発表した。

またルーマニアのバルボス選手は「ジョーダン、私の気持ちはあなたと共に」と相手を気遣うメッセージをSNSに投稿した。ルーマニア体操連盟も「ジョーダン選手からメダルを剥奪することには同意していない」と発表した。

まだ終わっていない?

このすったもんだは、11日以降も継続している。

というのも、米国体操連盟がスポーツ仲裁裁判所の裁定の修正を求め、正式な書簡を提出したからだ。同連盟は、ランディコーチが1分以内にインクワイアリーの要請をしたことを示す動画も証拠として送ったという。

この動画はタイムスタンプ(物事が起きた時間)が含まれており、ランディコーチがスコアが表示されて47秒後に最初のインクワイアリーを要求し、スコアが表示されて55秒後に2回目の声明を出していることを示したものだと、米ヤフー!スポーツなどが報じている。この「証拠」提出が今になったのは、米国体操連盟がスポーツ仲裁裁判所の裁定前に、この動画にアクセスできなかったためだという。

順位が5位から3位に繰り上がった、ルーマニアのアナ・バルボス選手。彼女も大きな被害者だ。
順位が5位から3位に繰り上がった、ルーマニアのアナ・バルボス選手。彼女も大きな被害者だ。写真:西村尚己/アフロスポーツ

SNSを中心に、両選手への批判(チャイルズ選手に関しては、彼女への人種差別的な批判も含む)が上がった。何も悪くないのに宙ぶらりんな状態で「被害者」となってしまった両選手。前東京大会から3年間、彼らはただこの瞬間のために心血注いで努力してきたはずだ。

このなんとも歯切れの悪い結果を導いたすべての関連組織は、選手を何だと思っているのだろうか。審査員にしたって最初からきちんと「仕事」をしていれば、こんなことは起こらなかった(今大会では体操だけに限らず、柔道などほかの競技でも不可解判定がちらほらあった!)。

バルボス選手も当初の通り銅メダルであれば、記念すべき表彰台に立つことができただろうに、彼女はそれさえ叶わなかった。チャイルズ選手はメダルを手にした笑顔の姿が記録として残されている。オリンピック選手にとって一度手にしたメダルを剥奪されることがいかに残酷なことか、そしてそれが選手の精神衛生上どう影響を及ぼすのか関連組織や審査員は慎重に考え、大いに反省し、今後に生かしてもらいたい。

ルーマニア体操連盟の声明をもとにした米報道では、両選手が銅メダルの地位を分け合うことに米国体操連盟が合意しているという。スポーツ仲裁裁判所のルールでは裁定を変えることはできないということだが、どのような結果になろうと両選手共に「勝者」として銅メダルを授与されるべきだろう。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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