北欧で老いるということ:クィア・エイジングのこれから
北欧は充実した福祉制度で世界的に知られているが、「異性愛者」以外のカテゴリーに属する人が介護が必要になったとき、安心して公的サービスは受けられるのだろうか?
現時点の答えは「NO」だ。
6月後半に開催中のノルウェーのプライド週間では、クィアのアイデンティティを持つ人々がこのことについて話し合っていた。
※ノルウェーではセクシュアルマイノリティ(性的少数者)は「LGBTQ+」よりも「クィア」(ノルウェー語で「シェイブ」)と表現するほうが一般的のため、記事では「クィア」で統一しています。
現場の実情と直面する課題
- 高齢者介護の現場がシス/ヘテロ規範的である
- クィアのアイデンティティを持つ高齢者の多くは、施設、ケアホーム、自宅を問わず、介護サービスに依存するようになったその日に、「再びクローゼットに戻らなければならない」ことを恐れている
- 障がいをもつクィア、トランスジェンダー、ノンバイナリーな人々は、強い偏見に直面する危険にさらされている
- 「高齢でも性生活はある」という認識が医療従事者の間で欠けており、クィア患者に必要な検査を診察室で提案しない
- 制度や医療従事者が「自分たちの生活状況を理解してくれない」という正当な恐れをクィア市民は抱いている
- 医療ケア業界は、ノルウェーの中で「健常な異性愛者の男性による最たる領域だ」とクィア界隈で恐れられている
- ヘテロ以外のライフスタイルを知らない医療従事者が多いと、クィア当事者は苦労して「説明」をしなければならず、このような「教育してあげないといけない」現場の繰り返しに疲弊する
- これ以上、クィアの家族にケアの責任を負わせるのはハイリスクである
政策立案者に求められる改革
- 医療に携わる人々自身の態度や、性の多様性やセクシュアリティとどのように関わっていくべきかについて、認識を深めてほしい
- 高齢クィアとのコミュニケーション方法を学んでほしい
- 高齢クィアのケアは、組織の計画や目標を通じて、平等と無差別に関する一般的な取り組みの中で目に見えるようにすべき
- 医療ケア現場はクィア団体と連携してほしい
- 構造レベルの問題として捉え、トランス市民のための医療ケアを充実させてほしい
ノルウェー的な自己責任の文化が高齢クィアを追い込む
「HIV感染者であるクィアが、偏見とともに歳を重ねていながら、医療機関で検査を受けることを恐れている」と指摘する高齢者ケアとクィア・エイジングの専門家であるヤンネ・ブロムセス研究者は、ノルウェー的な自己責任のカルチャーを批判する。
「『自分で何とかする』『市民同志で互いを気遣おう』という考え方が、ノルウェーではとても強い。このような考えで人々が人生を送っていると、いざパートナーが亡くなり、ネットワークが不足していると、高齢になった時にひとりで問題を抱え込むことになる」と指摘した。
クィアの人々は「高齢になれば、自分の人生を自分で決められなくなる」ことに強い不安を抱いており、実際にそのリスクは高い。そのために「クローゼットに戻ってしまう」ことを減らすためにも、クィア当事者が公的機関をもっと信頼できるように、「自治体の公的機関が、高齢のクィアに対する正しい知識を持っていることが必要だ」とブロムセスさんは考えている。
自治体も手一杯の状態
しかしながら、「自治体もすでに手一杯だ」と指摘するのは、オスロメット・メトロポリタン大学で高齢者向けの介護を専門とするハイディ・ガウトゥン研究員さんだ。
「体力が必要で、常に時間に追われ、人材不足の現在のケア現場。しかも、勉強不足の医療従事者が増えているなかで、市民に良質な公的サービスは届いていない」としながらも、「ここで皆さんの話を聞いていると、もっとクィア高齢者を含めたインクルーシブな研究の必要性があることも、思い知らされる。研究者として、この問題定義を広める責任があると感じた」と話した。
執筆後記
現場には多くの市民が訪れ、「私はトランスなのだが、これから、どのようなケアを受けることになるのか不安でいっぱいだ」と気持ちを互いに打ち明けていた。
また、「私は自治体のだれに連絡をすればいいのか」と、自治体や公的機関に意見を届けたいとする人が目立ち、政治家などの「連絡先」を聞く質問が相次いだ。誤解がされやすいテーマだからこそ、「安心して意見を共有できる責任者に連絡をしたい」、そういう思いを強く感じた。
北欧の福祉制度はたしかに世界的に有名だ。だが、移民やクィアなどのマイノリティグループにとっては、まだまだ「安心できる場」ではないことは明白だ。正直、筆者もノルウェーで歳をとる場合、この国のケアサービスを受けることに移民として不安がある。
「ノルウェーの高齢者介護の現場がシス/ヘテロ規範的である」ことは、今後より広く議論される必要があるだろう。