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アイルランド代表に初白星。女子日本代表の「改善の思考法」とは?【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
南主将(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 世界ランク15位の女子15人制日本代表が、8月27日、東京・秩父宮ラグビー場で同6位のアイルランド代表に初めて勝った。29―10。

 20日、静岡・エコパスタジアムでの同カードを22―57で落とした。その時に崩れた防御を、この日は大きく改善した。

 突進してくるランナーを強烈なタックルで押し戻す。

 向こうがパスに角度をつけて突破口を開こうとも、防御ラインが連係を取ってパスの受け手を仕留める。選手間の立ち位置の幅を広めに取ることで、向こうの攻め手を封じられた。

 密集戦にも身体を差し込み、対するアイルランド代表の攻めのテンポを鈍らせる。

 向こうが得意なモールにも対応。向こうの塊を割ったり、進路を塞いだりするための役割を明確化できた。

 試合を通して、先発したロックの佐藤優奈、フル出場を果たしたフランカーの齊藤聖奈がよく突き刺さった。

 7点リードで迎えた前半終了間際。自陣ゴール前の守勢局面を、右プロップのラベマイまことのジャッカルでしのいだ。ラベマイは、このシーンの起点となるスクラムも首尾よく押し返していた。

 後半15分には、攻守逆転をきっかけに右から左へ展開。フルバックの松田凜日が緩急を交え、約45メートルの距離を駆け抜ける。この日2本目のトライでスコアを22―5とし、勝利に近づいた。

 敗れたロック、ニコラ・フライデーキャプテンは、得点できなかったわけをこう述べた。

「(日本代表は)先週よりもブレイクダウン(接点)にターゲットを絞ってきたなと感じた。先週、私たちが簡単に見つけられたギャップを、今回は簡単に見つけられなかったと感じました」

 ノーサイド。日本代表は公式で4569人のファンを沸かせ、今秋のワールドカップニュージーランド大会へ貴重な成功体験を積んだ。

「サイコウデス!」

 場内インタビューにこう日本語で応じたのは、日本代表のレスリー・マッケンジーヘッドコーチだ。

選手一人一人と握手を交わすマッケンジー
選手一人一人と握手を交わすマッケンジー写真:長田洋平/アフロスポーツ

 以後は英語で続ける。失点を大幅に減らして勝つまでの過程を、このように示唆した。

「自分たちがコントロールできる場所——ここには規律も含まれます——。また、強み、うまくできるところ。それを見直し、ミスを少なくする…。日々の積み上げがうまくいった。この場に来ている(試合出場組、メンバー外選手を含めた)40人に感謝したいです」

 その後は左プロップの南早紀キャプテンと、会見場に現れた。

 元カナダ代表選手で熱さとクレバーさに定評のある指揮官が、誠実なリーダーとともに質疑に応じる。

 大敗した相手に勝つまでの思考法を、さらに深堀りした。

 以下、共同会見時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

——前回の大敗を受け、選手に動揺はなかったか。

マッケンジー

「まず、(20日に)起こったパフォーマンスの責任を取らなくてはいけないとは思っていた。ただ単によい気持ちにさせるつもりはありませんでした。ただ、『自分たちのコントロールできることはどこか』から力が生まれると思っていました。その点でオーナーシップを取ることで、進むことができた。ディフェンス周りの調整、うまくできることを慎重に試すこと、そして規律。それらにフォーカスしたことで、力が生まれたと思っています」

 確かに「ディフェンス周りの調整(をした)」と話した通り、事前の公開練習でも、防御とタックルのセッションに時間を割いていた。マッケンジーはこうも言う。

「若いチーム。自分自身を見直して、1週間でフォーカスを当て、短い時間で切り替えられたこと、やってきたことをフィールド上で質を高く発揮してくれたこと——これは、難しいことです——を、誇りに思っています」

 ここからは、南主将も交えて問答に応じる。

——短時間で課題を修正できたわけは。

「敗戦を受けて、自分たちのどこが悪かったか、よかったか、というところより、自分たちのよさは何かに立ち返って課題を修正できたと思っています。また1戦目では自分たちでミスを重ね、ペナルティを犯し、(自陣ゴール前での)モールで(トライを)獲られたのですが、(今回は)自分たちがモールのディフェンスの確認、細かいところをどうするかについて話せて、修正できたと思っています」

 試合内容を受けて修正点を見出すより、ひとまず自分たちの立ち位置を再確認するイメージか。その流れで、これから伸ばしたい強みを把握したり、理想と現実のギャップを埋めたり。

 この技法は、そのままワールドカップを戦うチームの財産になると指揮官は言う。

マッケンジー

「きょうは、全体的には『規律を整える』をメッセージに掲げました。自分たちがうまくできていなかったことに加え、うまくできていることを認識することをミッションにし、それをワールドカップ期間中にどう活かすかという点にも集中しました。この期間中、メディアの皆さんにサポートしていただいたことに感謝します。まだ自分たちのリズムを形作っている最中ですが、今後どうなっていくかを見守っていただきたいです」

 この日の結果に喜ぶだけではなく、ワールドカップに向けたプロジェクトの進捗状況をチェックする。観察と思考をやめない指揮官は、戦前、選手それぞれへも助言を施していた。

 その内容には、競技指導の枠を超えたコーチングの妙味がにじんだ。南はマッケンジーに目配せをしながら、その一部を明かしてくれた。

「自分にとっても苦しい時期がありました。次に向けて頑張らなければいけないというところで、気持ちの切り替えが難しくもあった。ただ、ここではチームからのサポートもありましたし、レスリーヘッドコーチからも選手として『どういう時間を過ごせば気持ちを切り替えられるか』を教えていただいた。キャプテンとして成長できたと思います。

 色々な感情が生まれると思うんですが、その感情を発散できる場所を見つけた方がいいと教えていただいて。私自身、チームメイトや色んな人に気持ちを伝えているつもりではあったのですが、『本当の意味で何も考えずに(気持ちを)言える場所を作る』ということはそれまで考えたことがなかった。この先、ワールドカップでも色んなことがあると思うんですけど、私は、気持ちの変化があった時に、そう、できる場所を、大切にしていきたいと思いました」

 途中出場したフランカーの細川恭子は、マッケンジーについて聞かれて話す。

「ミーティングでやることを明確にしてくれて、練習に入る。ここでレスリーさんが言ったフォーカスポイントができていなかったら、だめ、と教えてくれます。いいところがあったらいいと、悪いところがあったら悪いとはっきりさせてくれて、選手も信頼している。私は好きです」

ボールを持つ細川
ボールを持つ細川写真:長田洋平/アフロスポーツ

 マッケンジーと南の会見では、こんなやりとりもあった。

——試合中、敵陣の深い位置でペナルティーキックを得ながら、ゴールを狙わずラインアウトやスクラムを選んでいました。ラインアウトは相手に競られるなど苦しんでいたようにも映りましたが…。

「スクラムでは優位に組めていました。ラインアウトは獲得できていなかったけど、あえて選択して自信に繋げたかったので、選択しました」

——7月下旬から計4試合、国内でテストマッチ(代表戦)があった。戦績は2勝2敗。

「国内でテストマッチを4戦もすること自体、私たちが誰も経験したことがなかった。国内で自分たちがどういう風にリズムを作るのか。チームにとっても、私にとっても難しかったことで。ただ、勝ったり負けたりすることで、自分たちがどういう1週間を過ごせばよりよくなれるか(がわかった)。これはワールドカップでも同じことが言える。勝った後の立ち振る舞い、負けた後の立ち振る舞いが学べたと思います」

——ペナルティを減らすための考えは。おそらく、「ルールを守る」というよりも「その日のレフリーに適応する」が主眼となりそうですが。また、空中戦のラインアウトはどう改善しますか。

マッケンジー

「まず、同じレフリーで、同じ対戦相手で2度続けてできたのは幸運(この2連戦の担当レフリーが同一人物だった)。ここで、(判定に)いかに速く適応すべきか、という点で学びになりました。1週目(20日の試合)は『ボーナス』で、自分たちで見つけ、調整を重ね、(27日は)学んだことを発揮する週になった。この、学びのスピードは、もっと加速させたいと感じています。

 それ(素早く学ぶ必要性)は、ゲーム内のどの領域でも同じことが言えます。アイルランド代表はラインアウトが巧みなチームで、どの箇所が危ないか(競られるか)を学ぶいい機会になった。ワールドカップ本戦でもラインアウトが得意なチームはいると思う。このテストシリーズがワールドカップに向けて大事な準備になったと実感しています」

 ちなみにこの日は、過去のテストマッチ(代表戦)に出場した15人制と7人制の女子日本代表選手、計309人がキャップ(テストマッチ出場の証となる帽子)を授与された。秩父宮での式典には多くの対象者が集まり、栄に浴しながら旧交を温めていた。

 以前の女子代表は、男子と同じジャージィが着られず、15人制のワールドカップも過去に4大会、出たが、最初の2大会は自費参加だった。

 キャップナンバー1にあたる日本ラグビーフットボール協会の岸田則子元女子委員長が「このような日が来るとは思わなかった人もいて。アメリカ、ニュージーランドから(授与式に)来た人もとても喜んでくれた。感激です」「新たなスタートの日」などと話すなか、殊勲の松田は言った。

「先輩方が積み上げてきたものがあるから、これだけ大きな舞台でやらせてもらっているので。ありがたいな、と思いました」

 これまでを総括し、これからに期待感を持たせた。2022年8月27日は女子ラグビーの日となった。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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