SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?
フェイスブックが静観の構えを続けている。
トランプ大統領の「略奪が始まれば、銃撃が始まる」との書き込みに対し、「暴力賛美」と非表示対応を取ったツイッター。これに対し、そのまま掲載を続けるフェイスブック。
代表的な2つのソーシャルメディアの判断は、なぜ分かれるのか?
ツイッターとフェイスブックはこれまでも、コンテンツ規制に正反対の姿勢を取ってきた。
2019年秋には、政治広告をめぐり、全面禁止を表明したツイッターと、ファクトチェックせずに掲載する方針を打ち出したフェイスブック。
「ソーシャルメディアは“真実の裁定者”になるべきでない」とするザッカーバーグ氏。「“真実の裁定者”などではない。選挙に関する不正確な情報を指摘していく」と述べるドーシー氏。
問題コンテンツへの対応は、2社だけの課題ではない。
スナップチャットは3日、トランプ氏のアカウントをおすすめタブ「ディスカバー」で扱わないことを表明した。
社会の急激な変動を受けて、ソーシャルメディア企業も動き始めている。
●ツイッターの決断
我々は世界中の選挙に関する不正確、真偽の疑わしい情報を指摘し続ける。
ツイッターCEOのジャック・ドーシー氏は、「郵便投票は実質的な詐欺以外の何物でもない」とするトランプ氏のツイートへの、ファクトチェックの警告ラベルをめぐる波紋が広がっていた5月27日、こうツイートしている。
ドーシー氏はさらに、こう続けている。「これは我々を"真実の裁定者"にするものではない」
ツイッターはなぜ、トランプ大統領との対決を決断したのか。
ニューヨーク・タイムズによれば、その動きは1年以上前から続いてきた、という。
ツイッターは、トランプ氏が最大限に活用してきた個人メディアだ。
一般ユーザーであれば、削除対象となるような事実の裏付けがない、不適切な内容であっても、トランプ氏の場合には、そのまま掲載され続けた。
2018年には、北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩氏との応酬の中で、「核兵器のボタン」を誇示するようなツイートも行っている。
ツイッターはなぜ、トランプ氏のツイートを削除したり、アカウントを停止したりといった対処をしないのか――そんな批判が根強くあった。
その判断のポイントは、米国最大の公人である米国大統領トランプ氏の言動は「公共の関心」に該当し、それ自体にニュース価値がある、というものだった。
だが、米大統領選を翌年に控えた2019年6月、ツイッターは、政治指導者に対して、暴力による脅迫や暴力の扇動など、権力濫用にあたるツイートがあった場合には、「公共の関心」には該当しないと判断し、非表示対応とすることを打ち出している。
トランプ大統領は2020年5月29日、ミネソタ州ミネアポリスでの黒人死亡事件を発端に急速に拡大した抗議活動と暴動に対し、「ごろつき」という言葉とともに「略奪が始まれば、銃撃が始まる」とツイートしている。
今回は政治指導者への非表示を、ようやくトランプ大統領のツイートに適用した、ということになる。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
ツイッターの公式アカウントは、今回の非表示対応について、このツイートが「歴史的な文脈に基づいて暴力を賛美している」と判断した、と説明している。
ツイッターがいう「歴史的な文脈」とは、1967年、黒人の公民権運動が高まる中で、マイアミ警察の本部長が「略奪が始まれば、銃撃が始まる」と述べ、鎮圧の姿勢を示したことを踏まえているようだ。
●フェイスブックは静観
フェイスブックは、ユーザーがオンラインで行うすべての発言についての、真実の裁定者になるべきではないと強く信じている。一般論として、私企業、特にプラットフォーム企業は、そのような立場に立つべきではない、と考えている。
ザッカーバーグ氏は2020年5月28日に放送されたFOXニュースのインタビューで、こう指摘した。
「一般論」としているが、ツイッターによるトランプ大統領の「郵便投票」ツイートへの、ファクトチェックの警告ラベルを指したもの、と受け止められている。
フェイスブックはさらに、ツイッターが非表示対応をしたのと同一文面の、トランプ氏による「略奪が始まれば、銃撃が始まる」の書き込みを、5月29日の投稿以降、そのまま掲載し続けている。
これについて、ザッカーバーグ氏は5月30日、自身のフェイクブック投稿で、こう釈明している。
大統領の投稿をそのまま掲載することに、多くの人々が困惑していることは承知している。我々は、具体的な危害が直ちに引き起こされる危険、あるいはポリシーの中に明示された危険がある場合を除いて、可能な限り多くの表現を表示すべきだと考えている。
ツイッターの動きに比べ、フェイスブックはまったく対照的な静観の構えを続けている。
このような姿勢には、フェイスブック社内からも異論が噴出している。
抗議表明として、辞職する社員も出始め、社内ミーティングでも議論が展開されたという。
●コンテンツに振り回されたフェイスブック
このような対応の違いは、なぜ起きるのか。
一つには、フェイスブックがこの数年、コンテンツの扱いをめぐって振り回され続けてきた経緯がある。
前回大統領選が本格化する2016年6月、フェイスブックが人気の話題をまとめて紹介する「トレンディング・トピックス」というサービスで、右派コンテンツを排除していた、との“偏向疑惑”がギズモードの報道で浮上した。
※参照:フェイスブックの情報選別:“偏向”しているのは人間かアルゴリズムか(05/22/2016 新聞紙学的)
さらに、同年8月には、ノルウェーの作家・ジャーナリスト、トム・エーゲランさんが投稿した、ベトナム戦争で裸で逃げ惑う少女をとらえたピュリッツァー賞受賞の報道写真「ナパーム弾の少女」を、「児童ポルノ」として削除。
この経緯を問題の写真とともに報じたノルウェー最大の新聞「アフテンポステン」や、同国の首相のエルナ・ソルベルグさんのフェイスブック投稿まで次々に削除し、国際的な批判を受けた。
※参照:フェイスブックがベトナム戦争の報道写真“ナパーム弾の少女”を次々削除…そして批判受け撤回(09/10/2016 新聞紙学的)
以後も、パレスチナのジャーナリストのアカウントを停止させたり、国際的な調査報道「パナマ文書」についての投稿を削除したり、と迷走が続いた。
※参照:フェイスブックがパレスチナのジャーナリストを検閲する(10/01/2016 新聞紙学的)
※参照:フェイスブックが「パナマ文書」を削除する(05/20/2017 新聞紙学的)
ガーディアンのコラムニストで元編集長、ピーター・プレストンさんは2016年9月11日、「現実に向き合いなさい、ザッカーバーグさん、あなたもニュースエディターなんですよ」と題したコラムで、こう断じていた。
自らのサイトで、ナパーム弾攻撃から逃げ惑うベトナムの少女のように、扱いの難しい話題を掲載したり、削除したりの判断をする人は、あくまでテクノロジスト、との言い分は通用しない。それはパブリッシャー(メディア)だ。
2018年1月には、フェイスブックはニュースに絡むコンテンツから距離を置くようになる。投稿を表示するニュースフィードで、メディアが発信するコンテンツの表示優先順位を下げるよう、アルゴリズムを変更したのだ。
※参照:フェイスブックがニュースを排除する:2018年、メディアのサバイバルプラン(01/13/2018 新聞紙学的)
それに加えて、同年3月に発覚した英コンサルタント会社「ケンブリッジ・アナリティカ」による8700万件にのぼるフェイスブックのユーザーデータ不正流用事件では、国際的な批判が集中。
ザッカーバーグ氏が、米上下両院、2日間の公聴会で、合わせて100人の議員による計10時間の質問の集中砲火を浴びる事態となった。
※参照:トランプ大統領を誕生させたビッグデータは、フェイスブックから不正取得されたのか(03/18/2018 新聞紙学的)
※参照:「個人情報は売っていない」ザッカーバーグ氏がビジネスモデルを死守する:10時間100人質問の公聴会(04/12/2018 新聞紙学的)
また同年7月には、コンテンツに介入しない、との姿勢を鮮明にする中で、「ホロコースト否定論者」を擁護するかのような発言をし、騒動に発展している。
※参照:株価暴落とフェイク対策、フェイスブックの迷走はソーシャルメディアの潮目か(07/29/2018 新聞紙学的)
●フェイスブック対ツイッターの前哨戦
米大統領選を控えた2019年には、今回の前哨戦ともいうべき選挙対応におけるフェイスブックとツイッターの正反対の対応も明らかになっている。
フェイスブックは、2018年の米中間選挙以来、政治家のスピーチをファクトチェックの対象から除外していた。
元英国副首相でフェイスブックの国際問題・コミュニケーション担当副社長のニック・クレッグ氏が、2019年9月24日に行ったスピーチの中でも明言している。
我々は政治家によるスピーチをファクトチェッカーに送ることはない。そして通常なら我々のコンテンツルールに違反する内容であったとしても、フェイスブックへの掲載は容認している。
2019年には、このポリシーをさらに政治広告にも適用している。
※参照:「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由(10/16/2019 新聞紙学的)
一方、ツイッターCEOのジャック・ドーシー氏は同年10月30日、自身の公式アカウントで「政治広告を世界的に禁止する」と表明している。
ドーシー氏は禁止の理由として、フェイクニュースやディープフェイクスの氾濫、ケンブリッジ・アナリティカ問題で指摘された政治ターゲティング広告などの弊害を挙げた。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
●「社内スト」と監督委員会
フェイスブックがトランプ大統領の「銃撃が始まる」の投稿を掲載し続けていることに、社内の反発も高まっている。
社内から抗議の声を上げて、リモートワークの状況下で400人規模の「バーチャルスト」を行う動きや、辞職する社員の事例なども報じられている。
フェイスブックは2019年9月、コンテンツ削除の可否を諮問するための外部メンバーによる監督委員会設立を表明。2020年5月、最初のメンバー20人の顔ぶれを発表したばかりだ。
この中には、「スノーデン事件」をスクープした当時の英ガーディアン編集長で、オックスフォード大学レディー・マーガレット・ホール校長のアラン・ラスブリッジャー氏や、元デンマーク首相、ヘレ・トーニング=シュミット氏らが含まれている。
だが、監督委員会は6月3日付の公式ブログの投稿では、政治家の発言の取り扱いは同委員会の判断の対象になる、としながら委員会自体が「まだ稼働していない」として、「現在直面している課題について直ちに判断する立場にない」と釈明。トランプ氏の投稿については、取り上げないことを明らかにしている。
委員会が「稼働していない」ことの理由として、委員会メンバーがコンテンツ削除の可否判断をするための「管理ツール」がまだ開発中であることを挙げている。
●スナップチャットが動く
ソーシャルメディアの中には、ツイッターに同調する動きも出ている。
若者に人気のチャットアプリ「スナップチャット」を運営する「スナップ」は6月3日、メディアや著名人のアカウントを紹介するタブ「ディスカバー」で、トランプ氏のアカウントを取り上げないことを明らかにした。トランプ氏のアカウントや投稿は削除しないという。
スナップチャットの1日のアクティブユーザーは2億2,900万人。
ブルームバーグによれば、トランプ氏のアカウントのフォロワーは150万人を超え、過去1年で3倍に伸びていた。それを後押しした一因が、「ディスカバー」でのおすすめ表示だったという。
スナップCEOのエバン・シュピーゲル氏は5月31日に送った社内メモでこう述べている。
スナップとしては、米国において、人種差別の暴力を扇動するような人々のアカウントをプロモーションするようなことは、断じてできない。それが私たちのプラットフォームで行ったことでも、他のプラットフォームで行ったことでも、同じことだ。
●様々な選択肢
国連人権理事会の「表現の自由の促進」に関する特別報告者で、カリフォルニア大学アーバイン校教授、デービッド・ケイ氏は、ニューヨーク・タイムズのインタビューにこう述べている。
(スナップの判断は)企業が、放置か削除かという二者択一で判断する必要はないということが、徐々に理解されてきた表れだ。ヘイトコンテンツや虚偽情報、ハラスメントなどの拡散の動きに対処するには、複数のツールを使えるということだ。
状況に応じた判断をしながら、ソーシャルメディアは態度表明を始めている。
(※2020年6月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)