性を見つめて、向き合うものは? 『タッチ・ミー・ノット ローラと秘密のカウンセリング』
他人に触れられることに拒否反応を示してしまう女性の“生”を、“性“を通して見つめたベルリン映画祭金熊賞受賞作です。
実在の障がいのある人々やトランスジェンダーの“性”にもカメラを向けていると聞くと、自分が彼らの現実をちゃんと受け止めることができるのかと身構えてしまう方もいるかもしれません。でも、そんな警戒心はアディナ・ピンティリエ監督のフラットな視点によって、すぐに取り払われるはず。
これが長編第1作の彼女は、ウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』やガス・ヴァン・サントの『ドント・ウォーリー』も出品された2018年のベルリン映画祭で、最高賞の金熊賞とともに最優秀新人作品賞も受賞しています。
真っ白なスタジオにセッティングされたカメラを通して、アディナ監督が見つめるのはローラ(ローラ・ベンソン)。人と触れあえない彼女は、男を部屋に呼んでもその肉体と行為を眺めるだけ。そんな彼女が、寝たきりの父親の入院先で目にしたのは、患者同士が触れあうことで自分の心の中の壁を壊すセラピー。病により全身の毛がないトーマス(トーマス・レマルキス)の感情が、四肢の自由がきかないクリスチャン(クリスチャン・バイエルラン)との触れあいによって大きく動いた様子に、ローラの中でも何かが動き始めることに。
そのセラピー以外にも、50代で女性として新たな人生をスタートしたトランスジェンダーのハンナ・ホフマンとの対話や、トーマスが足を踏み入れるクラブで繰り広げられるSMプレイやクリスチャンの赤裸々なセックスシーンなど、アディナ監督は、さまざまなかたちで“生”と“性”を見つめさせます。
しかも、登場人物の名前は、俳優のファーストネームそのまま。パートナーの女性とともに出演しているクリスチャン・バイエルランや、その個性的な風貌で『ブレードランナー 2049』などハリウッド大作でも印象を残すトーマス・レマルキスがカメラに向かって語る言葉は、現実の彼ら自身の想いにほかならないはず。出演者自身の“現実”が入り混じった世界は、ときにドキュメンタリーを観ているかのような感覚を与えます。
けれども、性を赤裸々に描くというと、生々しい世界を想像しがちななかにあって、心が揺さぶられる一方で不思議と穏やかな気持ちにさせてくれるのが本作。スタジオやローラの部屋、父親の病室や病院のセラピースペースなど、白を基調にした世界が、アートな美しさを生み出すと同時に、適度な緊張感をもたらしてこちらの雑念を取り払い、彼らの“性”と“生”に真っ直ぐに向き合わせてくれるのです。
それでいて、ローラについてはあからさまには語らず、拒否反応の根源に何があるのかを、彼女の行動から推察させるにとどめるだけ。
そんなローラの心の変遷にカメラを向けることは、監督にとっても自分自身の問題と向き合うことにほかなりません。
そして、その時間を共有した観客もまた、ローラや監督と同じように気づくことになるのです。性と向き合うことは、自分が何に囚われて生きてきたか、どう愛されて育ってきたかを見つめ直すことなのだと。素直に、本当に素直に、その事実を受け入れさせてくれるのが、この作品のすごいところ。
監督の顔が映し出されるモニターの位置も、きっと視覚的な面白さ以上の意味があるはずです。
(c)Touch Me Not- Adina Pintilie
『タッチ・ミー・ノット〜ローラと秘密のカウンセリング〜』
(原題:TOUCH ME NOT) R-18作品
「仮設の映画館」にて、オンライン先行公開中
7月4日よりシアターイメージフォーラム、大阪シネ・ヌーヴォ、アップリンク京都、大分シネマ5にて公開。ほか全国順次公開。