ハセヒロを混乱に陥れた、『散歩する侵略者』の「面倒くさい」演出とは?
今回は『散歩する侵略者』の、黒沢清監督、出演の松田龍平さん、長谷川博己さんのカンヌ映画祭での三者取材をお送りします。
この作品、いわゆる宇宙人侵略モノ、それも「ボディ・スナッチャー」(宇宙人が人間の体を乗っ取る)モノなのですが、さらにその宇宙人が地球の知識を得るために、別の人間の脳から次々と物事の「概念」を奪うというユニークな設定があります。
例えば「愛」という概念を奪われた人は、その心から「愛」を失ってしまうんですね。そうです、つまり「愛」の話だったりするんです~。
宇宙人が人間そっくりがゆえに進行する侵略がものすごく不穏で不条理なのですが、その奇妙さを体現するおふたり、特に長谷川博己さんを混乱させた黒沢監督の演出のお話がすごく面白く、映画ファンなら「見比べたい!」と思うはず!
ということでまずはこちらをどうぞ!
この作品がカンヌ映画祭に選出された理由は、どんなものだと思いますか?
黒沢清(以下、黒沢) 自分では自分の映画を分析的に語ることはできないんですが、推測するにカンヌの観客はかなり目の肥えた方たちなので、日本映画なら「だいたいこんな感じではないか」と予測してきていると思うのですが、それが大きく裏切られ、「こんなのあるの?」と驚かれたのではないかと思います。
今回初めて参加した黒沢組の現場に、どんなことを感じましたか?
松田龍平(以下、松田) 撮影は監督だけを見て、本当に無我夢中で臨んだので、自分が何をしたのかあまり覚えていないんですが……そうですね、僕だけではなく、スタッフの方もそうだと思うんですが、それぞれがやるべきことを明確に理解しているような感覚があって。
僕は自分がしなくてもいいことまでいろいろ考えてしまいがちなタイプなんですが、「ステージは用意したから後はご自由に」というような初めての感覚がありました。最初は「わ~楽しい!」と思っていましたが、途中から黒沢監督のプレッシャーなのかもと、急に怖くなってきて(笑)。すべてを出し切り、楽しみながら演じるには、自分にはまだ何かたりないものがあるんだなとか、いろいろ考えさせられる現場でした。
長谷川博己(以下、長谷川) 黒沢監督の作品はほぼすべて見させていただいていたので、現場に入るときも「こういう感じかな」と思いながら入ったのですが、監督には毎回「リアルに考えるとそうなんですが、そうじゃない演技をして下さい」という指示を頂いて。「どういう意味なんだろう?」といろいろ考えながら本番に臨む、それがなんか新しい感覚で。自分としては「いつもとは違う演技のスタイルで臨めた」という気がします。毎日現場に行くのが楽しかったですね。
松田さん演じる宇宙人は、人間に取り付き「概念」を奪うという斬新な設定でした。役作りはどのように?
松田 ぜんぜんわからなくて。もちろん黒沢さんに「宇宙人って…」って聞いても。
黒沢 わかんない(笑)。
松田 でも「概念を奪う」というところが面白いなと思ったので、そこを入口に。既成概念にとらわれない宇宙人、そう思うとストレスフリーというか、こんな幸せな役はないなと。ただ僕自身は既成概念にまみれてた人間だし、あれ結構難しいのかもと思い始めたら、黒沢さんの目が急に怖くなってきて、「この気持ちがバレてるんじゃないか」とか、いろいろ考えちゃって。ほんとに不思議な役で、今でも、もっと違う、無限の演じ方があったんじゃないかと思います。
長谷川さん演じる桜井は、宇宙人を密着取材する記者役ですが、役作りはどのように?
長谷川 桜井は、割と観客の皆さんが感情移入しやすい役だと思うのですが――これは黒沢さんの狙いだったのかもしれませんが、自分自身の中にも桜井と同じような混乱がありましたね。例えば誰かが死んで、それに対するリアクションを「リアルな演技はそうなんですが、ちょっとカート・ラッセル風で」とかおっしゃるんですよ(笑)。
そういう場面における僕の混乱が、桜井の混乱とちょうど重なって……言ってる意味わからないかもしれませんが、そうなるように仕向けられていたのかなと。そういう僕の中の混乱が、そのまま映画のテーマでもあるのかなとも思いましたね。
ちなみにどの作品のカート・ラッセルですか?
黒沢 こんなマニアックな話をしていいかどうか(笑)。こういう題材、宇宙人の侵略SFで、桜井の物語――信じきることができない相手と最後に二人きりになり、疑心暗鬼のまま終わるという――そりゃあ『遊星からの物体X』のカート・ラッセルですよね。桜井の結末はジョン・カーペンター風にしようと思ったんです。敵対していた者同士が最後にはどこかで通じ合うというのは、カーペンターの大きなテーマですし。『遊星からの物体X』以外の作品の影響も、自然に入った作品になっていると思います。
誤解のないように言っておきますが「カート・ラッセルみたいに」なんて、僕もめったに言わないんですよ、長谷川さんなら通じるかなと思って。非常に例外的に、ちらっと言ったんですね。
長谷川 「ここはトム・クルーズで」っていうのもおっしゃっていましたね。「ああ、なるほど!」って思ってしまいましたが。
黒沢 空から攻撃されたところ、スティーブン・スピルバーグの『宇宙戦争』ですね。松田さんにはそこまで面倒くさいことは言ってないと思います。
松田さんは、前回は『御法度』でカンヌにいらしたと思いますが、今回との違いは?
松田 当時はまだ17歳で、正直なところ、あんまり覚えてないんですよね。わりと何も考えずに煌びやかな世界を楽しんでいた感覚だけで。会場の熱気とか、実際にも暑くて海に入ったりもして、そういう高揚感だけで過ごしてた感じ。
今回もそういうフワフワした感覚になる、高揚感を覚えると同時に、黒沢監督と一緒に来て、これからレッドカーペットを歩くと考えたときに、17年前と同じ自分ではいられないなっていうのを、いろいろと考えちゃって。ただこのタイミングでこうやってくることができたのは、本当に黒沢さんに感謝の気持ちしかありません。でも同時に僕ってやっぱりラッキーなんだなと(笑)。ただそれもずっと続くものでもないし、連れてきてもらっている身なので、自分自身を鼓舞して頑張ろう、恥じない仕事をしないとなって思います。
カンヌ映画祭での上映が終わって、今のお気持ちは?
松田 お客さんの反応を感じながら一緒に見ると、いろんな思いが浮かび、いろんなことを考えて、頭がぐるぐるしちゃって。すごいプレッシャーも感じるんですが、ただ妙な高揚感と心地よさがあって、終わった後に「映画ってやっぱりいいな」と改めて思いました。素晴らしい時間でした。
長谷川 素晴らしい経験をさせていただきました。外国の方と見ると、日本とはまた違った空気になるな、劇場にいるお客さんでまた一つ作品が変わる、特に外国の方だと余計に変わる気がして、それもすごくいいい経験になりました。何よりもお天気もいいし、最高ですね。早く一杯やりたいです(笑)。
公開中
(C)2017「散歩する侵略者」製作委員会