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予算委員会で政府を追及するのをやめたらどうか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(425)

弥生某日

 2019年度予算案は2日未明に衆議院本会議で可決され衆議院を通過した。4日から参議院での審議が始まるが憲法の規定により年度内成立は確実である。

 衆議院予算委員会の審議はいつものことだが予算案を巡る審議ではなく、他の案件の追及に多くの時間が割かれ、しかしそれが明確な結論を得ることなく時間切れになって、国民の心にもやもやが残る。そうした国会が毎年繰り返されてきたのが昨今の政治である。

 特にここ数年の予算委員会は民主主義政治の根幹を揺るがす情報隠蔽や情報偽装という深刻な問題が追及されながら、その原因や責任が明確にされないまま有耶無耶となり、選挙になると与党が勝利して安倍政権に国民の信任が与えられる結果になった。

 フーテンはその原因の一つが野党国体の非力さにあると思う。野党第一党の国対委員長が自民党の国対委員長と対峙するわけだが、立憲民主党の辻元清美国対委員長は自民党の森山裕国対委員長の掌の上で転がされているように見える。

 辻元委員長はテレビカメラの前で安倍政権をこき下ろすパフォーマンスを見せるが、国会審議は常に与党のペースで進行する。自民党国対は野党国対が要求する安倍総理出席の集中審議を開くことで、野党にパフォーマンスの場を与えて満足させ、代わりに予算を成立させる日程はしっかり守っている。

 その結果、野党はパフォーマンスだけで与党に打撃を与えていない。国民は情報隠蔽や情報偽装が深刻な問題であることを頭では分かっているが、自分の生活に直結する問題でないため、野党が思うほどパフォーマンスに共鳴していない。

 「55年体制」の社会党は政権交代を目指さずにパフォーマンスをするだけの政党だった。そのレベルから抜け出せていないことに立憲民主党内から批判が出ないのがフーテンには不思議である。

 昨今の情報隠蔽や情報偽装問題は与野党が対立する問題ではない。与野党が共に隠蔽や偽装を図った行政機構の腐敗をあぶりだし、新たな仕組みを作る知恵を絞るべきである。野党は与党を批判するより与党の中に手を伸ばす戦術を考える必要がある。

 ところが立憲民主党は今回の「統計不正」で、一斉に「根本厚労大臣更迭」を叫び、辻元氏に至っては「小泉進次郎の限界を見た」と与党を批判した。行政監視が問題なのに安倍政権追及に問題を絞り、政府与党を結束させる結果を招いた。こうなると国民に再びもやもやしたものを残しながら終わりそうに思う。

 さらに野党のより重大な過ちは、予算委員会でパフォーマンスをするという昔からの悪弊を見直さないことである。なぜ予算委員会でパフォーマンスをやるか。それはNHKが予算委員会を生中継するからである。NHKは「国会中継」と称して本会議と予算委員会の一部だけを中継する。

 国会には衆議院だけで30近い委員会があるのに、なぜ予算委員会だけを中継するか。NHKは「慣例です」としか答えない。その予算委員会には全大臣の出席が義務付けられ、質問内容は何でも良いとされている。だから予算と関係のないスキャンダル追及の場となる。昔からそのように仕向けられてきたのだ。

 これは予算案を作った財務省に都合が良い。自分たちの予算案に野党の目が向かわず、予算案はほとんど修正もされずに成立する。ところが昔の社会党は「予算を人質にとる」と言い、他のスキャンダルで政府を攻撃し、審議拒否を繰り返して予算成立の時期を遅らせ、年度初めの4月までに成立させないようにして総理を退陣に追い込もうとした。

 しかしこの考えが馬鹿馬鹿しいのは、総理を退陣させても別の自民党の総理が誕生するだけで、自分たちに権力は回ってこない。そして予算の成立が遅れると国民生活に打撃を与える。原理的なことを言えば、議院内閣制に於いて国民の過半数が支持して出来た政権の予算が成立しないことなどあり得ない。

 議院内閣制に於ける予算委員会の役割は、政府の作った予算案を野党が吟味し、おかしなところがあれば修正を要求し、与野党で熟議の末、修正すべきは修正することである。ところが昔の社会党は成立を遅らせるために審議拒否を繰り返した。

 しかし審議拒否は国民から批判され、そのためパフォーマンスを国民に見せる戦術に転換した。最終場面で大臣や委員長に対する不信任案を提出し、深夜になるまで抵抗するパフォーマンスを見せるのが「慣例」となった。これに国民は共感するのだろうか。

 野党の役割は、予算の成立に抵抗するより、予算が正しく使われているか、予算の執行で国民生活に困った問題が起きていないか、そうしたことを追及する方が重要である。それは予算委員会ではなく決算行政監視委員会の役割だ。ところがNHKは決算行政監視委員会を中継しない。そのせいか野党も力を入れない。

 そもそも「統計不正問題」は、15年前から基幹統計である「毎月勤労統計」に不正のあることが明らかにされた。それを受けて安倍政権はいったん閣議決定した2019年度予算案を修正した。それなら15年前からの予算案はみな修正されるべきだったことになる。遡って決算もやり直す必要があるのかもしれない。

 与党がどうしても成立を第一に考える予算と絡めるのではなく、与野党が手を組んで行政監視を行う決算行政監視委員会でじっくりこの問題を議論する方が意味があるとフーテンは思う。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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