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ラグジュアリーと持続可能性 「モエ ヘネシー」が取り組む「生きた土壌」プロジェクト その2

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
World Living Soils Forumのロゴ(写真はすべて筆者撮影)

持続可能性、エコロジーの声がどんどん高くなっている時代に一石を投じる画期的なイベント、「モエ ヘネシー」が6月に開催した国際フォーラム「LIVING SOILS(生きた土壌)」の続報をお届けします。

※前回の記事はこちらからご覧ください。

南仏アルルで開かれた国際フォーラム「LIVING SOILS(生きる土壌)」の会場の様子
南仏アルルで開かれた国際フォーラム「LIVING SOILS(生きる土壌)」の会場の様子

「モエ ヘネシー」のプレジデント、フィリップ・シャウス氏に、「人々を惹きつけるラグジュアリーブランドであり続けるために必要なことは何でしょう?」と質問すると、次のような答えが返ってきました。

より望まれる存在であること。

持続可能であること。

自然を尊重すること。

伝統のクラフトマンシップと近代的な技術の完璧なバランスがとれていること。

南仏アルルでの国際フォーラム「LIVING SOILS(生きた土壌)」で意見交換されたのは、まさに上記の項目をいかにして具体的に可能にしてゆくかということです。

ただし、こういったイベントを打ち立てて世の中にアピールすることは、まずマーケティング効果を狙ったものなのではないか? という少し意地悪な見方をすることもできるでしょう。

けれども、それについての彼らの答えは「ノー」です。

「これはむしろ内側からの欲求。チーム、現場からのプレッシャーに押される形で実現したものなのです」

と、シャウス氏は明言します。

「モエ ヘネシー」プレジデント、フィリップ・シャウス氏
「モエ ヘネシー」プレジデント、フィリップ・シャウス氏

その具体例の一つが前回の記事で紹介したシャンパーニュのブドウの収穫時期の変化。気候変動の影響で収穫期が指数関数的に早まっていることに対して、経験知以外の「知」が必要で、(なんとかしなくては…)いう現場の焦燥感が高まっていたのです。

各部門の専門家、NGO、政府関係者、研究者、食品関係の人々みんなが交流して、地球の未来のためのソリューションを一緒に探す。その意味においては同業他社でさえも競争相手ではありません。

なぜなら地球は一つだから。これはコンペティションではありません。もしも私たちがソリューションを持っていて、彼らが持っていないとすればそれを分かち合う。逆もしかり。最終的な目的は地球を助けることです。

ライバル関係にある他社の社長たちにフォーラムへの参加を要請した時、シャウスさんはこの論旨を繰り返したそうです。

すると、「ペルノ・リカール」、「レミー・コワントロー」を始めとするワイン・スピリッツ業界の社長たちはすぐに賛同して快諾し、実際に今回のフォーラムの登壇者となりました。

基調演説の中で、シャウス氏が繰り返す言葉がありました。

「『モエ ヘネシー』はこのプロジェクトの“カタリスト”です」

カタリスト(触媒、触発者、促進する働きをするもの)。

つまり、このイベントは一企業の宣伝を超えたスケールの取り組みであるというスタンスを明確にしています。

「モエ ヘネシー」グループのサステナビリティ部門のチーフであるサンドリーヌ・ソメールさんもこう語ります。

「モエ ヘネシー」のサステナビリティ部門チーフ、サンドリーヌ・ソメールさん
「モエ ヘネシー」のサステナビリティ部門チーフ、サンドリーヌ・ソメールさん

もし、自分たちの功績を示したいイベントならば、全く違うプレゼンテーションをします。けれども、私たちが今直面している問題は、まだはっきりとした答えがない問題です。とても難しく、しかも早急に対応しなくてはいけないものです。

そのため、新しい方法で取り組む必要があります。だから、私たちが知っていること、実際にしていることはもちろん、知らないこと、できていないこともすべてつまびらかにして説明をします。単独ではなく、研究者、競合他社、スタートアップら、みんなで取り組まなくてはいけない問題なのです。

土壌から消費者までという視点にたてば、ジャーナリストも、つまり消費者に情報を伝達するあなた方もこのプロジェクトの一部なのです。

今回のフォーラムのきっかけになった2020年のパリVinexpoでは、シャンパーニュ「ルイナール」の画期的なボトルパッケージ「セカンドスキン」が注目を集めました。

「ルイナール」のボトルパッケージ「セカンドスキン」シリーズ
「ルイナール」のボトルパッケージ「セカンドスキン」シリーズ

ガラスのボトルにピッタリと張り付く繭の皮膜のようなテクスチャーのパッケージ。それは第一印象ですでに新時代の美しさを体現したようなインパクトがありました。

しかも完全にリサイクルできる天然木質素材で、従来のパッケージの9分の1という軽さを実現。それによってCO2排出量を60パーセント削減できるという、エコロジーの時代の要請にもピッタリと合致するものでした。

「セカンドスキン」の開発にも携わっていた先のサンドリーヌさん。1999年の入社時、彼女は「モエ・エ・シャンドン」のパッケージング担当で、その後は香水の「ゲラン」でも経験を積んでいると言いますから、パッケージングの歴史をよく知る人です。

美しくあるために大きくて重いものである必要はありません。軽くてもクオリティの良い素材があります。大事なのはマテリアルが美しいこと、そしてリサイクルができることです。

ところで、日本人はラッピングにとても気を使いますけれど、10年ほど前、私が「ゲラン」にいた時に、「どうしてこのように過剰に包装しているのか?」と、最初に疑問を投げかけてきたのが日本でした。

サステナビリティという大きな課題があるからこそ、新しいクリエーションを生み出す必要が出てきます。問題こそが新しい発明を生むのです

2日間のフォーラムの翌日、私たちはアルルから南下しコートダジュールへ向かいました。目指すのはブドウ畑から地中海が見えるワイナリー「Château Galoupet(シャトー ガルぺ)」。

地中海沿岸は昨今フランスで人気急上昇のロゼワインの産地としても有名ですが、このワイナリーもそのエリアにあり、3年前に「モエ ヘネシー」の傘下になりました。

「シャトー・ガルーペ」。いかにもコートダジュールの風景らしいアンブレラパイン(傘型の松)や椰子の木が醸造施設を取り囲んでいる
「シャトー・ガルーペ」。いかにもコートダジュールの風景らしいアンブレラパイン(傘型の松)や椰子の木が醸造施設を取り囲んでいる

「シャトー ガルペ」のゼネラルマネージャー、ジェシカ・ジュルミーさん。ブドウ畑は、地中海を見下ろすように広がっている
「シャトー ガルペ」のゼネラルマネージャー、ジェシカ・ジュルミーさん。ブドウ畑は、地中海を見下ろすように広がっている

「モエ ヘネシー」が買収を決断する決め手になったのは、自然の生態系の中に存在する18世紀からの歴史があるワイナリーだったこと。69ヘクタールのブドウ畑を包みこむように、77ヘクタールの保護林が広がっています。

「眠りの森の美女」ともいうべきワイナリーは、グループ全体にとってチャレンジングな実践の場。生物多様性を象徴する自然の森とブドウ畑の関係性を観察しつつ、これからのワイナリーの在り方を前向きに模索中です。

畑やブドウの木の改良は2、3年で結果が出るようなものではなく、数年、10年単位の仕事です。こちらのシャトーでは、そうした地道な活動を継続しつつ、すでに目に見える形で革新性を打ち出しています。それがこちらの2つのボトルです。

「シャトー ガルペ」のロゼワイン2種
「シャトー ガルペ」のロゼワイン2種

写真右の「Château Galoupet Cru Classé Rosé(シャトー ガルペ・クリュ・クラッセ・ロゼ)」は全体の70パーセントがリサイクルガラスから成るボトルに入っています。

ロゼワインのボトルといえば透明と相場が決まっています。まずはワインの色こそが魅力的なわけですから。それを隠してしまうというのはかなりの冒険ですが、ボトルの透明度には目をつむり、まずはリサイクルガラスの使用ありきという選択をしたわけです。その上で、ボトルそのもののフォルム、レリーフのデザインの美しさを追求し、ワインの上質さを表現しようとしています。

そしてさらに意欲的なのが、左の「Galoupet Nomade(ガルペ ノマド)」のボトル。こちらの原料はなんと100パーセントリサイクルのプラスティック。しかも、汚染のリスクがある海岸で集められたプラスティックを再生したものです。ボトルの重さは70グラムと超軽量。しかも従来の丸いボトルではなく平たい形で重ねることができるので、輸送時の重さだけでなく、容量の点でも利があります。

海岸線から集めた再生プラスティックのボトルを斜め横から見たところ
海岸線から集めた再生プラスティックのボトルを斜め横から見たところ

形、テクスチャー、持ち重りの感じから、(シャンプーボトルみたい)とか、(決して高級ワインには見えない…)という第一印象をもつ人は少なくないことでしょう。私たちの既成概念からするとそれがむしろ自然な反応です。

けれども、ものの見方、美意識というのは移り変わるもの。むしろこのボトルに込められたメッセージに価値を見出すという時代が来る可能性は大いにありえます。

これからのラグジュアリーとは何か?

冒頭のシャウス氏の答えが指針となることは間違いないでしょう。そして、言葉をお題目のままに終わらせず、待ったなしの行動に出る。近未来の価値観をいち早く実践して時代を作ってゆく「アーリーアダプター」たちがここにいます。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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