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日本アイスダンスの歴史を作った村元哉中 和の美しさを体現した“大和撫子”

沢田聡子ライター
(写真:ロイター/アフロ)

先日現役引退を表明した村元哉中は、和の美しさを表現するアイスダンサーとして唯一無二の存在である。

2014年にシングルからアイスダンスに転向した村元は、故クリス・リードとのカップルで数々の国際試合に出場し、日本アイスダンスの記録を塗り替えてきた。2018年四大陸選手権で獲得した銅メダルは、アイスダンスではアジア勢初のメダルでもあった。また同年の平昌五輪15位は日本勢最高タイ、同年の世界選手権11位は日本勢過去最高だった。

さらに、2020年から自ら誘って組んだ高橋大輔とも歴史を作った。2022年四大陸選手権では銀メダルを獲得、アジア勢として過去最高の成績を残す。また今年3月の世界選手権でも日本勢最高タイとなる11位に入った。

これらの成績をみれば、カップル競技が盛んではなかった日本のフィギュアスケート界において村元が果たした役割の大きさは明らかだ。しかし個人的には、村元の最大の功績は、日本独自のアイスダンスで世界を魅了したことではないかと思っている。

欧米勢が強さをみせてきたアイスダンスにおいて、平昌五輪で村元&リードが滑ったフリーダンスは鮮烈な印象を残した。坂本龍一の音楽を使って桜を表現するプログラムは、和の美しさに満ちていた。二人は丁寧なスケーティングで繊細な旋律を細やかに表現し、他国のチームとは異なる柔らかい美しさを醸し出す。演技の途中で村元が上半身の衣装を変えて満開の桜を体現するシーンは、鮮やかに心に刻まれている。

また、高橋と滑った2021-22シーズンのリズムダンス『Soran Bushi & Koto』のインパクトはとてつもなく大きかった。モダンにアレンジされたソーラン節に乗り、ヒップホップの動きも組み込むこのプログラムは、浮世絵の世界を表しているという。“ドッコイショ”のかけ声に合わせて行うリフトで、釣りあげられた魚を演じる村元のしなやかな姿は、今も目に焼きついて離れない。前衛的ともいえる斬新なプログラムは、長く人々の記憶に残り続けるだろう。

また村元は、穏やかさの中に強い芯を秘めている人柄でもある。アイスダンスは男性が女性を美しくみせるものだという伝統があり、筆者もその固定概念にとらわれていたが、村元は高橋と共にその枠を軽々と超えてみせた。男女二人が代わる代わる主役となりながら表現する新しいカップル像は、高橋の卓越した表現力によって実現したことは言うまでもない。しかしその土台となったのは、村元がアイスダンサーとしてのキャリアの中で培った実力ではないだろうか。自信があったからこそ、村元は時に高橋の魅力を前面に押し出す役割に徹することができたのかもしれない。

会見の場で村元が涙をみせた場面は、筆者の記憶では2回しかない。一度目は、2017年4月の世界国別対抗戦でキャプテンとして臨んだ会見において、同月に現役引退を表明した浅田真央について語ったとき。二度目は世界国別対抗戦(今年4月)の代表発表会見で、村元の一年前にシングルからカップル競技に転向した同期の木原龍一が、10年かけて3月の世界選手権・ペアで三浦璃来と共に獲得した金メダルについて口にしたときだ。怪我を抱えて臨んだ試合も笑顔で戦い抜いた村元だが、スケーター仲間に対する思いを語るときだけは涙もろかった。

氷上でみせた和の美しさ、記憶に残る演技を目指し続けた強い信念。村元哉中は、日本アイスダンスの新たな道を切り開いた大和撫子だった。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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