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子犬がどんどん増えていきます――“封鎖”武漢で暮らす20代女子の日記(その2)

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ひと気のない武漢の中学校グラウンド=2020年3月9日、ロイター(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの発生地、中国湖北省武漢に住む王海霞さん(20代女性、仮名)の日記から、武漢が事実上封鎖されて1週間たったころから、生活への影響が出始め、それが少しずつ心身を圧迫していく様子がうかがえる。

 武漢の行く末は日本も他人事ではない。日本での感染が広がり始めたころ、中国のネット上では「日本も対応を誤れば、武漢のようになる」という懸念の声が上がっていた。「武漢の経験や教訓を生かしてほしい」と考える中国人も少なくない。

 中国政府は1月28日、中国本土の感染者が4515人、死者が106人と発表した。王さんが住む小区(壁やフェンスで囲まれた団地群)はそれまで東西南北の4カ所に出入り口があったが、28日から東西南の門が閉鎖された。

≪封鎖6日目。広い小区の出入り口が、ついに北門だけに。そこを通り抜ける時も、わざわざ身分(証明)証を見せて、それから体温を測って、OKだったら入れてもらえるんです。この間、宅配便が来たんですけど、薄いビニールの手袋をして取りに行かなきゃならなかったん。受け渡し場所で、ビニール袋に入ったまま商品を受け取り、その場で商品を取り出して、袋と手袋をゴミ箱に捨てます。こんなちっぽけなことでも、ウイルスを防ぐためには完ぺきにやらないといけない基本動作なんです≫

 中国政府は29日までに、武漢などに6000人規模の医療団を派遣した。専門病院の建設も急ぐ。中国の感染者は6061人に増え、死者は133人。医師や看護師は隔離病棟で、昼夜を問わず患者と向き合う。SNS上では武漢の病院で女性看護師が「もう耐えられない」と泣き叫ぶ動画が拡散された。

≪封鎖7日目。スーパーの営業時間は午前10時~午後5時。開店してすぐに野菜売り場に駆け付けると、もう長蛇の列ができていました。でも、よく見ると、レジを待っているんじゃないんです。目方を量るのを待っているんです。(注:中国のスーパーは通常、量り売りをする)。こんな時だから、もっと効率を考えてほしい。店側があらかじめ一定量の野菜を袋に入れておいてくれるだけで全然違うのに……。

 ああ、「福の神」よ。この世のみなが、あなたが来るのを心待ちにしています。あなたが、私たちに歓迎されない「もうひとりの神」を押し出してほしいと思うからですよ≫

 湖北省は30日、省内の企業を動員して医療物資を増産する方針を示した。高機能マスクや防護服も多数寄付されたと強調して、不安の払拭に努めた。だが「当局はそれらを医療現場に公平に分配していない」などの批判の声もあがっていた。

≪封鎖8日目。団地にさきほど記者さんがやってきました。何か取材でも? 聞けば、ある妊婦さんがもうすぐ出産するんですって。受け入れてくれる産科医院もないのに、いったい、どうやって出産するのでしょうか。心配です。ともかく、お母さん、お子様もご無事で!≫

 世界保健機関(WHO)の緊急委員会は、1月31日未明(日本時間)、新型コロナウイルス関連肺炎の発生状況が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に該当すると発表した。

≪封鎖9日目。今の状況が「公衆衛生上の緊急事態」? 私自身、平穏に暮らしていると思うんですけどね。こんな不自由な生活を送れば送るほど、私たちは「まず国があり、そして家というものがある」と心に刻むことになるんでしょう……≫

 封鎖11日目の2月2日。王さんの団地に近い薬局が営業を再開した。小躍りしてのぞいてみると、消毒液やマスクは「ありません」だった。

 野菜配送業者も再び営業を始めた。「きょう申し込めばあさって届けてくれるんですよ。食材の種類もたーくさんあります。肉類もすべて揃っているんです」。暗闇の中に一筋の光を感じ取ったかのように、王さんの文章に勢いが戻ってきた。

 一方で、厳しい現実を突きつけられる場面もあった。

 ガランとした幹線道路に、1台の路線バスが走っているのを見かけた。「バスがついに走り始めた! 日常が戻ってきた!」と思ったのもつかの間、中をみると、みな医療従事者だった。ガッカリする間もなく、王さんは病院に向かう「戦士」たちに、心の中でエールを送った。

 このころ、王さんは小区内に犬を見かけることが多くなった。「見た感じ、生後半年ぐらいでしょうか。ここ数日のあいだに、子犬がどんどん捨てられているんです。心が痛みます」。東京電力福島第一原発の事故(2011年)直後、警戒区域の住民に犬や猫の同伴避難が認められず、ペットや家畜が野生化していった光景を思い出す――。

 中国政府は1月27日の段階で、同月30日までとしていた春節連休を「2月2日まで延長する」に変更していた。企業活動を遅らせて人と人の接触の機会を減らし、感染拡大を抑える狙いだった。

 その連休も終わり、2月3日から通常出勤となった。だが、企業の多くが当局の要求通り、在宅勤務や自宅待機という形態を取り続けた。中国当局には、人の移動が再び増加した場合、感染をさらに拡大させてしまうという強い懸念があった。

 携帯電話会社に勤める王さんは、在宅勤務を選んだ。

≪封鎖12日目。同僚のみなさま、本日より「移動オフィス」を開業しました! メールや、微信(ウィーチャット)、QQ(インスタントメッセンジャー)、携帯電話とも思う存分使えます≫

 しかし――。王さんが、少しばかり取り戻せたと思っていた日常が、再び遠のいていく。

≪えっ? この間始まったばかりの野菜配送サービスがもう終わった?! 感染が拡大して人手がなくなったんですって。荷物を運ぶトラックの消毒もできないって悲鳴を上げているそうです。ああ、せっかく注文できたのに……。キャンセルするより選択肢がありません≫

≪きょう、スーパーに行ったら、一部の商品がない!! 野菜はあるのですが、肉がない!! 豚肉が影も形もなくなっている!! 店内で一人のおじさんが大きなバラ肉を持っていたので恐る恐る聞いてみると、「商品が並んだと思えば、あっという間になくなっている」ですって。明日はもっと早く来なければ。私の力こぶよ、今一度、ご苦労かけます≫=つづく

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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