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コロナ禍の「正しく恐れる」とは具体的にどういうこと? 不安と付き合う方法とは

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス
著者作成

いま、正しく恐れる・不安と付き合うという言葉を耳にする機会が増えています。

でも、そもそも恐れや不安とは?

その正体がわからないと「正しく」も「付き合う」も難しいものです。

筆者は、技能五輪という若年者の技能競技会※1に携わっており、感情を制御する技能(感情制御の技能)の育成を支援しています。昨年にロシアで開催された技能五輪国際大会(World skills Kazan)にて金メダルを獲得した選手を含め、これまでのべ数百名の選手育成を支援してきました。

この記事は、技能五輪選手の育成を通して、正しく恐れ、不安と付き合うとはどういうことかを見つめてきた筆者が、「感情の持つ役割を理解し、共存する」という観点から、支援で使っている資料を下敷きとして、恐れと不安の正体を解説してみたいと思います。

不安の正体がわかっても、不安そのものは無くならないかもしれませんが、正しく付き合うとはどういうことかを考えるヒントにはなるのではないか、そう考えています。

なお解説の内容は、以下の2文献から引用をします。どちらも初学者の入門書という位置づけの本です。いずれも出版は随分前ですが、恐れや不安の概要がわかりやすく整理されています。文中では1を引用する場合「乳幼児のこころ」、2を引用する場合は、「感情心理学・入門」とします。

1 遠藤 利彦・佐久間 路子・徳田 治子・野田淳子 (2011)乳幼児のこころ 子育ち・子育ての発達心理学 有斐閣アルマ

2 大平英樹(編)(2010) 感情心理学・入門 有斐閣アルマ

1.恐れや不安とは?

ざっくりいえば恐れと不安は「危険に対する不快反応」です。

以下の図はいずれも、「乳幼児のこころ」「感情心理学・入門」に書かれている内容をもとに筆者がまとめたものです。

図1
図1

恐れと不安の大きな違いは「何に対して感じるか?」という点です。

恐れが「現実の危険」、つまり具体的なものごとに対して感じるのと比べて、不安は「未分化」、つまり漠然としてものごとに対して感じるものとされます。

例えば、「人と話すのが怖い」と、「人と話すのが不安」を並べてみると、なんとなくニュアンスの違いがわかるかもしれません。

ただ、ふだんの生活ではこの2つはあまり区別されません。

2.いつから感じ始めるの?

ルイスの感情発達モデルによれば、生後6ヶ月ころまでに、まず恐れを感じるようになるようです。

図2
図2

生後まもなくは、満足、興味、苦痛の3つの感情があり、生後2〜3ヶ月ころには、悲しみや嫌悪を感じるようになります。養育者がそばにいなくて悲しいとか、苦いものが口に入って嫌だ、といった様子を見せるようになります。

4〜6ヶ月ころになると、怒りを感じるようになります。例えば好きなおもちゃを取り上げられたときに怒ったりするようになります。

そして怒りから少し遅れて、恐れを感じるようになります。

恐れは「人見知りなど知らない人へのおびえ」(乳幼児のこころ, p172)として表れます。例えば養育者や家族などの知っている人は、いつも接している人であり、安心できる存在です。しかし知らない人はそうではありません。

このように恐れは、安心が脅かされている状況で感じるものと言えます。

3.どんな役割があるの?

例えば「怖いな」とか「不安だな」と感じるようなニュースをテレビで報じていて、それを見たくないと感じることがあるものです。そんなときチャンネルを変えたりテレビを消したりしてそうしたニュースを避けられると、不安は和らぎます。

恐れや不安は「危険から自分を守るための自己防衛システム」という役割をもちます。

図3
図3

その役割は大きく2つに分けられます。

1つは「危険を知らせる信号」です。

自分の安全や安心が脅かされるような人・もの・情報などに直面する、あるいはそういったことが想像されると、たとえばスマホのプッシュ通信のように、そこに脅威を感じ、恐れや不安が生まれます。

もう1つの役割は、「自己防衛の行動を発動させる」です。

恐れや不安を感じたとき、私たちは脅威から自分の安全や安心を守るための行動を発動します。それは主に以下の4つ反応にまとめられます。

1つ目は「立ち止まる」(凍結・不動; Freeze)。脅威をよく観察します。

2つ目は「逃げる」(逃避・回避; Flight)。脅威から離れます。

3つ目は「戦う」(攻撃; Fight)。脅威を攻撃し、排除します。

4つ目は「従う」(服従・譲歩; Fright)。脅威に従い、今以上の被害を防ぎます。

これらは4F反応と呼ばれます。

もし脅威をキャッチしたら、ひとまず脅威についてよく観察し、危険そうな場所や状況を避け、積極的に予防行動をとって危険を排除し、脅威を感じなくなるまでそうした行動を取り続ける。その結果、恐れや不安が和らぐ、という流れです。

恐れや不安は、このような自己防衛の行動を促し、少し大げさにかもしれませんが「自分の命を守る」という大事な役割をもっています。

4.「大きすぎる」とどうなるの?

3の冒頭でニュースを避ける例を述べましたが、それによって一時的に恐れや不安が和らぐことは意味があります。

でも、その後もニュースを一切見ないとなったらどうでしょうか。

もちろんそれで問題ない人もいるかもしれませんが、何もわからない状態となり、かえって恐れや不安が高まる人もいるかもしれません。

図4は、恐れや不安が大きくなりすぎた場合の流れをあらわしています。

図4
図4

そして、恐れや不安が大きくなりすぎると、図5のように自己防衛のための行動も過剰になってしまうことがあります。

図5
図5

3で述べたように、恐れや不安には私たちが生きるために必要な役割がありますので、無くなったら困ります。

ただし、過剰な反応を引き起こしてしまうと、自分や自分の周りにいる人にとっても、困った状況となってしまいます。

筆者が支援している技能五輪の選手でも、4Fが過剰になってしまうケースは散見されます。

図6はそうしたケースを示したものです。

1つのミスを「重大で取り返しがつかないもの」と考えてしまい、慎重になりすぎたり、もうだめだと諦めたり、ミスをした自分を必要以上に責めたり、どうせ俺はこんなものと自己卑下してしまったりします。

図6
図6

こうしたケースでは、他の選手も似たようなミスをしていることも多く、もしそこで諦めずにいつもどおり進められていれば、違った結果になったということがままあります。

5.正しく恐れる・不安と付き合うとは?

ここまで恐れや不安の成り立ち、その重要な役割、それらが大きすぎた場合の影響について述べてきました。

そして、恐れや不安には私たちの安全や安心を確保するための行動を発動させるという役割があること、脅威がとても大きいと感じた場合、そうした行動が過剰になってしまい問題となることについて解説をしてきました。

これらを踏まえ、筆者は「正しく恐れる・不安と付き合う」とは、以下の図のようなマインドセットを持つことだと考えています。

図7
図7

私たちはいま、経験したことのない脅威とともに生活しています。

半年前と比べて多くのことが科学的に明らかとなっていますし、そこから示される客観的な脅威も以前よりははっきりしています。

その一方で、いまだにその全貌はつかめませんし、この状況がいつどのように収束するのかの見通しも立っていません。

こういう状況では、それをどう受け止めるかかという主観的な脅威の感じ方に、個人差が大きくなりがちです。

何が正しく恐れ不安と付き合うことなのかも個人差があって当然です。

恐れと不安の役割を考えると、それは恐れや不安の存在を否定せず、脅威を過剰に排除しようとせず、いま自分にできることをコントロールし、コントロールできないことは出来るだけ手放し、完璧ではなく程よい安心感や安全を目指して日々を過ごす、という生活のあり方かもしれません。

言い換えるなら、新しい安心、安全の形を模索する取り組みとも言えるのではないでしょうか。

※1:技能五輪とは、おおむね22歳以下の若年技能者が国家技能検定1級以上に相当する競技課題によりその技を競う競技会で、毎年開催される技能五輪全国大会や隔年開催で世界一を競う技能五輪国際大会(World Skills Competition)。

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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