言葉に耳を傾けてもらうための説得の心理学。事実やデータを使った論理的な説明が逆効果となるケースも。
「どうすれば私たちの言葉に耳を傾けてもらえるか?」この問いは、教育やコミュニケーションに携わる多くの人にとって重要なテーマです。
特に研修のような多人数を対象にした場では、情報の伝達が希薄になる傾向があります。また、受講者の中には、意図的ではないのかもしれませんが「聞く意志がない」と受け取られるような非言語的サイン(表情や座り方、視線など)を示す人もいます。講師としては、「どうすれば私たちの言葉に耳を傾けてもらえるか?内容の重要性をどう伝えるか?」という問題がより明確になります。
心理学では、情報を伝え、聞き手がその情報をもとに考え方や行動、態度を変えるプロセスを「説得」と呼びます。説得に影響を与える要因は4つあります。伝え手の特徴、メッセージの内容とその提示方法、聞き手の特徴、そして説得の状況です。伝え手である自分も聞き手である相手もすぐには変えられないため、これらの中で最もコントロール可能な要素は「メッセージの内容とその提示方法」と言えます。本記事では、これらを「情報」と言い換えた上で、ターリ・シャーロット著「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」(以下、参考図書)を参考にしながら、説得を妨げる情報の要因と、説得を促す情報の要因、それらを踏まえて避けるべき点、取り入れるべき点について考えていきます。
説得を妨げる情報とは?
参考図書で提示される、説得を妨げる情報の要因をまとめると以下の3つとなります。
- 攻撃性のある情報:聞き手の信念に反するデータが示されると、情報が攻撃と解釈されるもの
- 非共感的な情報:意欲や恐怖、希望など、聞き手の感情を無視して論理や情報を優先したもの
- 扇動的な情報:「これをやらないと大変なことになりますよ」などの不確かな未来の回避を訴える情報
これらの要因は、情報が受け手の心理的防御を高める可能性があるという点で共通しています。攻撃されたと感じれば守る、共感されないと距離を取る、不安だが不確かな未来については考えない、といった反応は、伝え手にとって望ましくなくても、一般的で理解可能な人の心理的反応です。
これらの要因を考慮せずにメッセージを伝えると、伝わらないばかりか、聞き手の態度をかえって硬化させてしまうリスクがあります。例えば説得に関する研究では、データを使って説得するとき、その情報が聞き手がその時持っている信念や意見と矛盾するものだと、聞き手は情報を拒否して元々持っていた信念をさらに強く信じるようになることが示されています。このように、説得しようとすればするほど聞き手が反発したり態度を硬化させたりする現象をブーメラン効果と言いますが、聞き手は情報を攻撃的、非共感的、扇動的と捉え、自分の大切にしていることを守る態勢に入るのかもしれません。
そう考えると、特に聞き手が自分の考え方や信念を強く持っている場合、客観的で論理的な情報を伝えるのみでは、聞き手への攻撃などと解釈されるリスクが高まり、説得の面で逆効果となります。
説得を促す情報とは?
では反対に、どのような情報が説得に効果的なのでしょうか。説得を妨げる情報の要因と同じく参考図書から整理すると、以下のようになります。
- 目的の共通性:事前の信念に反論せず、共通の目的に訴える
- 即時効果:すぐわかる、得られる良い結果を強調する
- プロセス性:他人の選択とその結果についての事例
3つの要因に共通する点は、「聞き手にとっての意味」の明示です。例えば、教育・指導方法を伝える際、まずは社員の成長という共通の目的に訴えた上で具体的な方法を提示します。「あなたと講師は、同じ目的を持っています。その実現方法を一緒に考えましょう」というスタンスです。これは明示される機会が少ないかもしれませんが、研修の冒頭でこのスタンスを明確にすることで、どちらが正しいかという議論を避けることができます。
即時性も、聞き手の興味を引き出す点で重要です。伝えられたことが今日や明日から実践できるレベルのもので、かつポジティブな効果が期待できるのであれば、受け入れられやすくなります。これは、ポジティブな結果に接しようとし、ネガティブな結果を避ける人の傾向(接近と回避の法則)を利用しています。
プロセス性は、聞き手の「なぜ?」に答える役割があると考えられます。上でも他人が予想以上に成功している状況を目の当たりにした時、人の脳内の線条体にあるドーパミンニューロンはあまり発火しませんが、逆に他人が失敗すると活発に発火し、それが報酬として機能することがあります。これは、他人の失敗から学ぶという進化的なメカニズムの一部であると考えられます。
何を避けるべき、取り入れるべき?
ここまで、説得を妨げる情報の要因と、説得を促す情報の要因について見てきました。これらを「避けるべきこと」と「取り入れるべきこと」にまとめると、以下のようになります。
避けるべきこと:
- 目的の共通性を事前に明示しない
- 聞き手の感情に配慮せずデータで客観的な正しさを全面に押し出す
- あなたは間違っているとか、将来大変なことになるなどと訴え、漠然とした不安を煽る
- すぐに実践できることや、ポジティブな結果を示さない
- 成功事例や失敗事例の判断プロセスを示さない
取り入れるべきこと:
- 事前に共通の目的をもっていることを明示する
- データや客観的事実だけではなく、聞き手が持つ苦しみや希望についても言及する
- 将来の大変なことだけではなく、そのために今からできることやその結果も言及する
- 成功事例や失敗事例を提示する際に、結果だけではなく判断や意思決定のプロセスも共有する
「どうすればこちらの言葉に耳を傾けてもらえるか?」という問いについて、説得におけるメッセージや内容に役立つ知恵を得るべく、参考図書の情報を整理してきました。特に「その人なりの考え方や信念がある聞き手」は、客観的で論理的な情報を伝えるのみでは、聞き手への攻撃などと解釈されるリスクが高まり、説得の面で逆効果となる可能性があります。一方、伝え手が目的の共通性を明示し、聞き手の感情に共感を示すことで、「あなたのそばで、あなたと共通の目的を持ち、一緒に問題を解決しようとしている」という関係性をつくることが可能です。つまり、対立関係ではなく、共闘関係となるのです。説得の要因は4つでしたが、こうした「関係性」の要因も、「こちらの言葉に耳を傾けてもらう」ことの重要な要因と言えそうです。
参考文献
- ターリ・シャーロット著, 上原直子訳. 事実はなぜ人の意見を変えられないのか. 白揚社.
- 子安 増生, 丹野 義彦, 箱田 裕司監修. 現代心理学辞典. 有斐閣.