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「眉をひそめないで!めんどくさいを気持ちの面で和らげる心理学的アプローチ」

羽田野健技能五輪選手強化心理アドバイザー/公認心理師/合同会社ネス
(写真:アフロ)

これから年度末にむけて、例えば、確定申告書の作成のような、年に一度しかやらない書類仕事などに追われる人も多いのではないでしょうか。これらの仕事はごくたまにしかやらないためやり方を忘れがちで、毎年「めんどくさい」「どうやるんだっけ?」と悩む人も多いものです。また、仕事で難解な書類に毎日むき合っている人も同じような感じかもしれません。

これらの書類仕事は避けられないものですが、「めんどくさい」感じを和らげる方法があると、少し気が楽になります。そこで、この記事では、「身体性認知流暢性」という心理学の概念を応用する方法に注目して、以下のことを紹介します。

  1. 「身体性認知流暢性」とは何か、わかりやすく解説します。
  2. 実際、「眉をひそめる」と物事を難しく感じることが研究で明らかになっています。その研究結果をグラフを使って説明します。
  3. 眉をひそめないことで、「めんどくさい」感じを和らげる方法についても話します。

この記事を読むことで、「めんどくさい」感じを少しでも軽減する方法のヒントを得ることができます。顔の筋肉を少し変えるだけで、難しい作業が、ほんの少し楽に感じるかもしれません。

1.身体性認知流暢性とは何?

身体性認知流暢性とは、私たちが自分の表情や体の動きを通じて自分の感情を理解する仕組みです。例えば、泣いている時は「悲しい」と感じたり、笑っている時は「楽しい」と感じたりすることがこれにあたります。このように、自分の身体の変化を感じ取り、それに基づいて感情を把握することを「自己受容的な身体的フィードバック」と言います。そして、この自己受容的なフィードバックを通して、今おこなっている作業が「簡単だ」とか「わかりやすい」と感じることを、「身体性認知流暢性」と呼びます。

研究によると、身体性認知流暢性を含む認知流暢性は、作業の難易度が変わらなくても、その提示方法や取り組み方によって変わることがわかっています。例えば、同じ作業をしていても、それが見慣れたものかどうかや、文字の見やすさ、取り組むときの表情などによって、「難しい」と感じたり、「簡単」と感じたりする可能性があるのです。

2.眉をひそめると余計に難しくなる?

身体性認知流暢性の効果を示す研究があります(参考文献:Oppenheimer et al, 2007)。この研究では、ハーバード大学の学生150人がクイズに挑戦しました。参加者は無作為に二つのグループに分けられ、一つのグループは眉をひそめる表情(以下、眉ひそめグループ)を、もう一つのグループは頬をふくらませる表情(以下、頬ふくらませグループ)をそれぞれ維持するよう指示されました。研究の目的は、これらの表情がクイズに対する自信と回答の正確性にどのような影響を与えるかを調べることでした。

参考文献より筆者作成
参考文献より筆者作成

上の棒グラフは、その実験結果を示すもので、眉ひそめグループ(左)と頬ふくらませグループ(右)の参加者が、クイズにどの程度自信があったか(オレンジの棒グラフ、0-100%)と、実際のクイズの正解率(赤の棒グラフ、0-100%)を表したものです。眉ひそめグループは平均自信度が52%、頬ふくらませグループは平均自信度が65%で、統計的な分析の結果、眉ひそめグループの方が自信が有意に低いことが示されました。

その一方で、赤の棒グラフが示すクイズの正解率は、両グループで統計的に有意な差はありませんでした。これらの結果は、「眉」や「頬」といった表情の違いが自信度に影響する可能性があることを示唆する一方で、クイズの正解率には影響しないことも示しています。つまり、眉をひそめても頬をふくらませても結果に違いはないのに、気持ちの面では違いが生まれるということです。

3.表情で「めんどくさい」をコントロール

年に一度の書類仕事などで「めんどくさい」と感じるとき、私たちは自然と眉をひそめている可能性があります。書類自体がもつめんどくさい要素(量が多い、書式や体裁がわかりにくい、手続きが複雑などの認知負荷)に加え、締切や仕事としての責任などの社会的状況がそうさせる面が大きいと思われますが、さらに眉をひそめることで、めんどくささが倍加しているかもしれません。眉をひそめる表情は「認知的な努力を要する」ことを示唆するため、やることの難易度をより高く感じさせ、「できそうにない」と諦める気持ちや、でもやらなければいけないという強迫感、嫌悪感などが副次的に生まれてしまうと考えられます。

そんなとき、例えば、ほんの少しだけ、深呼吸するふりして頬をふくらませてみるのはどうでしょうか。これならば周りに人がいる職場環境などでもできそうですし、身体性認知流暢性が高まり、「めんどくさい」が和らぎ、「できそうかも」と自信が湧いてくるかもしれません。

参考文献

Alter, A. L., Oppenheimer, D. M., Epley, N., & Eyre, R. N. (2007). Overcoming intuition: metacognitive difficulty activates analytic reasoning. Journal of experimental psychology: General, 136(4), 569.

※本文で紹介した実験は、論文中の実験3の予備実験です。実験3の結果から、思い込みで偏った判断をしやすい文章を眉をひそめて読むと、思い込みが減って客観的にものごとを捉えることができる点が示唆されています。眉をひそめる方が良い場合もあるようです。

技能五輪選手強化心理アドバイザー/公認心理師/合同会社ネス

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